第二話 キノ
翌朝、目覚めるとすぐにハンニバルに連れられて知り合いがいるという都市に出発した。
その都市の名前はウェスタリカというらしく森の中を歩いて二日ほどかかるらしい。
それでハンニバルについて行っているのだが……
「はぁ……はぁ……」
「ほれほれ頑張れ若いの」
ハンニバルという爺さんがとんでもないペースで進んで行くので全くついていけない。
というかあのペースで歩き続けているのにまったく疲れた様子がないんだがあの爺さん何者なんだ?
「爺さん…早いよ」
「お主が遅いんじゃ。儂だけなら半日もかからずたどり着けるぞ」
化け物か。というかこの爺さん、よく見ると全身がガチガチの筋肉で覆われているじゃないか。どうやったらあんな体になるんだ?
「なんじゃ儂の体をそんなにじろじろ見て。まさか…儂に気があるのか?」
「気持ち悪いこというなよ」
「はっはっはっ!冗談じゃ冗談」
この爺さん昨日はあんなに神妙な顔してたのにこんなに陽気だったとは。
俺に害がないと分かったのかよく話しかけてくるようになった。
ついていくのに必死な俺にはその話を聞く余裕はあんまりないから遠慮してほしいのだが。
もしかしたら俺を気遣ってくれてるのかもしれないけどね。
「昨日話した儂の知り合いというのがそれはもう堅物でのう、儂が何かしたらすぐ怒鳴るんじゃ。あいつとはよく喧嘩したもんじゃ。そのせいで冒険中に何度死にかけたか」
ハンニバルはかつて冒険者という職?だったそうだ。昔を思い出しながら楽しそうにうれしそうに愚痴を話している。まるで子供のようだった。でも話している最中、たまに曇った目をするのが気になる。気のせいかもしれないけど。
「いい仲間だね」
「…ああ」
「いまは冒険してないの?」
「………ちょっと複雑な事情があっての。最近はしとらんのう」
ハンニバルの事情とやらは気になるが聞かないほうがいいだろう。
「そっか………ハンニバルの冒険してきた話を聞かせてよ」
「お、聞きたいか?では話してやろう。まず巨大なドラゴンを倒したときの……」
ハンニバルはそういうと今まで体験してきた数々の冒険譚を楽しそうに俺に話してくれた。
どれも心踊るようなものばかりで聴いているこっちまで楽しくなるような話だった。
こんな調子でなんとか今日一日を歩き切った。
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「今日はここで休むかの」
ハンニバルがそう言った瞬間に地面にへたり込んでしまった。
「もう動けない…」
「情けないのう」
「こっちは病み上がりなんだよ。ちょっとくらい労わってくれてもいいんじゃない?」
「それは無理な話じゃな」
まったくこの爺さんは…
昼にハンニバルが話してくれた冒険の話を聞く限り、この爺さんはいくつもの修羅場を潜り抜けてきた中々の強者らしい。そりゃあんな体にもなるなと勝手に納得した。ハンニバルはあれだけ動いたのに疲れた様子も全くなく普通に飯を用意してくれている。
「ほれ、できたぞ」
「ありがと」
貰ったスープをすする。味は薄味だが疲れた体にはよく沁みた。
~~
俺はハンニバルの話を思い出していた。それはもうキラキラした目で自分の仲間や冒険について語っていた。俺が冒険者になったらあんな感じになるかなとつい想像してしまった。
仲間か…
記憶を失う前の俺にもいたのだろうか……。
「のう、主」
「…ん、何?」
「お主…これから名前がないといろいろと不便じゃないかのう?」
確かに。名前が無いとさぞ生活しづらいだろう。
「んーー……じゃあハンニバルがつけてよ」
「儂がつけていいのか?」
「いいよ。自分の名前が分かるまでの仮の名前だし」
「そうか。それじゃ……」
ハンニバルは辺りを見渡してそばに生えていたキノコを手に取ってこう言った。
「お主は…“キノ”じゃ!」
キノコのキノを取ってキノか……。
っていや、かなり安直だな。
「どうじゃ?」
「まぁ、いいんじゃない(どうせ仮の名前だし)」
「よし、決まりじゃ!では改めてよろしくのう、キノ」
「うん、よろしくハンニバル」
こんな感じで適当に俺の名前は決まってしまった。
そんな感じで会話をしていると背後から何かの気配を感じた。恐る恐る振り返ってみると全身に毛の生えた四足の大きな魔物がこっちを見ていた。
「ハンニバル!」
「おお、でたか」
「こいつは…?」
「こやつはグリズリーといってな。この辺ではよく出るんじゃがかなり気性が荒くてのう」
グリズリーという魔物……爺さんの五倍はありそうな巨体に鋭い爪や牙を持っている。鼻息を荒くしながらこっちにゆっくり近づき隙を伺っている。目を離したらすぐにでも襲い掛かってくるだろう。
(…どうする?)
緊迫した空気が流れる。
「まあお主はそこに座っておれ」
ハンニバルはそう言うと平然とグリズリーの方へ歩いていく。
(……⁉…何をするんだ?)
ハンニバルがグリズリーの元へすたすたと歩いていくとグリズリーが「グアアァ!!」と大きな声を上げてハンニバルの頭上から鋭い爪を振り下ろした。
「あぶな…!」
次の瞬間、俺が声を発するよりも早くハンニバルはグリズリーの攻撃を避けて胸に拳を打ち込んでいた。そしてグリズリーは巨体を地面に叩きつけて動かなくなった。
「怪我はないかの?」
この爺さん……強そうとは思っていたがここまでとは…。
「……ハンニバルが冒険者だった頃もこんな魔物と戦ったの?」
「んん……そうじゃな。こんなやつもおったのう」
冒険者という人たちはみんなこんな強さをしているのか?それともこの爺さんが強すぎるのか…
「…ありがとう助かったよ」
「なーに、礼なんていらんぞ。それより肉じゃ肉!」
なんだか不思議な人だ。これだけ強いのにそれを感じさせない人柄や優しさも持っていて、なんだかハンニバルのことをもっと知りたくなってしまった。
「…ハンニバル…冒険者のこともっと教えてよ」
「おお!知りたいか!そうじゃな…これは儂がタコに足を掴まれておぼれかけた時の話なんじゃが……」
そうして冒険者の話を聞いているうちに眠ってしまった。
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さらに翌朝、ハンニバルに起こされるとあくびする暇もなくまた連れていかれた。
「ほれもう少しじゃ」
そう言われしばらく歩いて森を抜けると城壁が見えてきた。
「あれがウェスタリカ?」
「そうじゃ。あそこに儂の知り合いがおるから面倒みてもらえ」
「分かった。………それでハンニバルの知り合いの名前はなんて言うの?」
「おお、まだ言っとらんかったな。えーと…二コラ・トーマスじゃ。それと…ほれ」
何やら手紙のようなものを渡された。その紙には俺の知らない文字が書かれていた。俺はどうやら文字も忘れているらしい。
「これは?」
「あいつへの手紙じゃよ。これをあいつに見せれば大体の事情は分かるじゃろう」
「この紙に書いてある文字が読めないんだけど」
「お主宛てに書いたわけじゃないし大丈夫じゃろ。文字もあいつに頼めば教えてくれるじゃろうし…まぁ何かあったらあいつを頼ればいいわい」
どうやら二コラ・トーマスという人物ととても仲がいいらしい。まぁかつての冒険者仲間らしいし当然か。
「そろそろお別れじゃな」
「お別れ?街まで送ってくれないの?」
「儂はあんまりウェスタリカに近づけんのじゃ。それに儂…あいつの顔見たくないからのう。むかつくし」
前言撤回。仲は悪いらしい。
「そ、そうなんだ。……じゃあここでお別れか…」
「そうか、そうか。儂と離れるのがそんなに寂しいか」
「そんなこと一言も言ってないんだけど」
短い間だったし道中にハプニングもあったけどハンニバルとの旅は楽しかったし別れるのは確かに少し寂しかった。
「じゃあ行くね」
「うむ。いつでもとは言えんがまた会いに来てくれ」
「うん。ありがとうハンニバル」
「またな、キノ」
こうしてハンニバルとの旅を終え、キノはウェスタリカに向かった。
読んでくださりありがとうございます。
今週は忙しくなりそうなので次話は来週になりそうです。できるだけ早く投稿できるように頑張ります。
あと伏線みたいなのを張ってますがハンニバルの過去は出すか悩んでます。いや、出します。。。多分