Case1「運命の出会い」-7
「言ってなかったこと、ですか?」
ブラッディ・メアリーの顔を見ると笑みもなく、ただ真剣な表情で淡々と話を続ける。
「ええ。エージェント達に関しての注意.......というより警告ね。貴方の性格上必要ないとか、お試しだからまだ言わないで良いと判断されたのかもしれないけど」
そう言われてしまうと気になる。
教えて欲しいというと周囲を確認してから少し声を潜め、教えてくれた。
「じゃあ言うけど、私も含め信頼はしても信用は決してしないで頂戴。相手がどのようなことを言ったとしても、よ」
「エージェント達は半分人外みたいなのもいるけどそれ抜きでも事情がある人間が大半よ。それに協力してる目的も多種多様だから良い奴とは限らないわ」
「それこそ殺しを生業にしている奴や、人から逸脱した思考をする奴だっているの。今回関わらなくてもまたいずれ頼らざるを得ないことがあるかもしれないから、忘れないでいてね」
そう言って一瞬目を逸らしてから少し離れ、「じゃあ行きましょうか」と微笑まれたので慌てて頷いた。言われる前からそうしなければならないとは思っていたが改めて言われるとアイ・オープナー相手に気が抜けているように見えたのかもしれない。小さく「ありがとうございます」と返しながら足を進めた。
スロットに向かえばそこには顔色が少し良くない、悪く言えば気弱そうな男がいた。
「貴方がダン?」
声をかけられるとビクリとしてから、直ぐに営業的な笑みを取り繕い応対してくれた。
「はい、その通りでございます。……ええと、もしかしてお客様方もあのディーラーに関してお調べになっているんですか?」
「ええ。でも貴方のその様子じゃ喋りたくないって感じね」
一瞬の沈黙の後、彼はなんとか笑みを維持しながらこう返してきた。
「否定はしません。もう何度も話しましたが、誰にも信じて貰えなかったので……ですが、私の前で笑わない、馬鹿にしないという約束をしていただけるのでしたらお話します」
「いいわ。どのような内容でも笑ったりしないから話して頂戴」
彼は頷き、話し始めたがあまりに長かった為なるべく要約するとこうだ。
まず、最初は他の辞めてしまった従業員達と正体の分からないディーラーに関して調べている時に、カジノ以外では4階での目撃情報が多いようだということに気が付いたらしい。
私も部屋に荷物を置いた際に確認したが、4階の壁には肖像画が多く飾られており、有名なもののレプリカから無名の作家のものまで様々置いてあるようだった。この階の清掃や見回り担当になれば毎日嫌でも目にすることになり、人の目線を浴び続けているようで従業員の中にも苦手に感じる者も多い階層らしい。
知らない従業員が居てもすれ違ったとして足早に歩いたり、肖像画と目が合わないよう下を見ていたりしたことでこれまで見落とされて来たのではないかと彼らは結論づけた。
だから4階でシフトの空き時間に交代しながら見張りをしようという話になったのだという。
調べ始めた当初は集まったメンバーでとりあえず4階のどこにいるかまでは分からないので巡回見回りのように歩き回っていたが、全く見つからずただの集団幻覚ではないかなどと話していれば1人の従業員がそこに顔を真っ青にしながら慌てて走ってきて「420号室から人がでてきた」などと言い出した。
このホテルの4階には413号室と420号室はない。他のホテルと同様にそういった数字は避けて作られている。なので412号室の次は414号室で、419号室の次は421号室だ。
その為他のメンバーは疲れているんじゃないかと言ったものの、あまりにも怯えていたのでそこにいた全員で見に行くことになった。
結論から言えば420号室は見に行った時には存在していなかった。しかし幻覚でも見たのだろうと笑いながら全員が背を向けた際、扉の開く音が聞こえたらしい。数人が客に頭は下げた方がいいだろうと振り向くとそこに居たのは客ではなく、見覚えのない男の従業員と420号室の札のかかった扉であった。
悲鳴を上げた従業員がいたことで振り返らなかった者も気付き、何故か酷い恐怖に駆られその時は全員がその場から逃げ出した。逃げた先にいた何も知らない他の従業員に話をしたりもしたが信じて貰えず、その日は集団幻覚騒ぎとして事は収束した。
問題が起きたのはその後で、420号室と男を見た従業員達が軒並み「420号室がある」「男を見た」などと口走るようになった。何かに取り憑かれたかのように4階層に行ってはそんな話を他の者にする為、解雇された者もいれば徐々に塞ぎ込んで辞めた者もいたのだとか。
「……そうして私以外のその時調べ回っていた従業員は辞めてしまいました。
ただ、私は幻覚等は見ていませんし、自分から4階に行ったりはしていません。私だけが何故か無事でここにいるのです。いつか彼らと同じようになるかも分からないので周囲からもあまりいい目は向けられていません……」
首を横に振りながら、彼はそう話を締め括った。
「……話してくれてありがとう。これ以上貴方から何かを聞いたりはしないわ。噂も近いうちに消えることになるでしょうし貴方のその恐怖の原因も無くなるわよ」
「え、あ、はあ……」
ブラッディ・メアリーは何か確信を得たようにそう言って私に目配せし、彼に頭を下げてからカジノから出た。
「怪談に見せかけてるけど内実はそうでも無いわね」
「そっちもそういう見解になったか」
出ると同時にそう彼女が言うと壁に寄りかかっていたアイ・オープナーが不機嫌そうにこちらを見ていた。
「あら、そんな顔をしないでよ。とりあえず彼女にもわかるようにお互い分かったことのすり合わせからしていきましょう」
「仕方ないな」
笑顔のブラッディ・メアリーと顰め面のアイ・オープナーに挟まれながら私は何も分からないのでこくこくと頷く他なかった。