Case1「運命の出会い」-5
ラスベガスの表通りは人通りが多く、昼も夜も人が絶えず行き交っている。ただ昼の方が夜よりは酔って絡んでくるような輩が少ないのでトラブルにそう巻き込まれることは無い。
バスを降り、余興に興じる人々とすれ違いながら本来昨日過ごすはずだったホテルの前に辿り着くと目を引く人物が一人いた。
赤いドレスにややつり目の女性だ。学校に一人はいそうなキツめの美人と言えばいいだろうか。その人物は私達を見るとこちらに歩いてきた。
「遅かったわね、アイ・オープナー。しかもカジノを調べるのに私を呼ばないとはいい度胸じゃない」
彼女はそう言って私には目もくれず、アイ・オープナーに詰め寄るが当の本人は飄々としている。
「呼ばなくても来る人をわざわざ呼びつける必要は無いだろう?店に監視カメラと盗聴器を勝手につけてることくらいバレているんだからな」
「あれはカーディナルがつけて欲しいって言ったから私が代わりにつけただけよ!無論対価としてそれなりの情報は貰ってるけど……」
「情報貰ってるのも設置してるのもどちらにせよオーナーが黙認してるから俺やナイトキャップも何も言わないだけで犯罪なんだが……」
つり目が更に吊り上がるが、分が悪いのか語調は下がっていく。
それと、今とても不穏なワードが聞こえた気がしたのだが気の所為だろうか。恐らく店と言っているあたり関係者なのだろうということは分かるものの、二人の関係性が読めない。
カーディナルはカクテルの名前だから別のエージェントの人なのだろうが、彼女もそうなのか、あるいはまた別なのか……。
二人の顔を見比べているとアイ・オープナーが困ったように笑みを浮かべつつ教えてくれた。
「ああ、ごめんね。彼女のコードネームはブラッディ・メアリー。職業は元産業スパイの現賭博師だよ」
思った以上に普通ではない職業が出てきて更に困惑してしまう。ラスベガスだからそういう方法でお金を儲けている人がいるのはわかるが、産業スパイなんて本当に存在するものだと思ってもみなかった。
「……元の仕事に関して教える意味ある?聞いても困るだけでしょ……はぁ、まあいいわ。
今回の依頼人は貴女?この男に酷いことされたり弄ばれたりしてない?大丈夫?」
アイ・オープナーから目を離し、ようやく彼女は私の方を見た。私が困惑したのを察されたからか、先程とは違い優しげに心配するような目をしている。アイ・オープナーに対する当たりは強いが、見かけによらずいい人そうに思える。
「だ、大丈夫です。お二人はどういうご関係で……?」
恐る恐る聞けばあまり聞かれたくは無いのか、少し顔を顰めながらブラッディ・メアリーは答えてくれた。
「関係というほど仲は良くないわね。私とXYZの関係もそう簡単なものじゃないし。
でもこうやってなんだかんだ生きられてるのはアイツのお陰って言えば確かにそうだから感謝してるし、その代わりに協力してるって感じ?」
「スパイバレして追い詰められてるとこを助けてもらった後にまた安定もしない仕事をしてるのはどうかと思うけど」
「うるさいわね!これでも賭博に関してはそれなりに運も実力もあるしいいのよ。
それより、調べてることがあるんでしょ。手伝ってあげるわ」
仲がいいのか悪いのかはともかく、今回の件はわざわざ手伝いを申し出るほどのことでもないだろうと少し思うものの、どう言葉を返すか一瞬悩んだ。恩返しで協力してると言うにしては随分人が良すぎる気もしなくもない。今回金銭は発生していないのにいいのか、と素直に聞けば彼女は首を横に振ってこう答えた。
「私も別にお金に困ってないし、対価は今回は必要ないわ。次また私の力が必要な時に支払って貰えばいいもの。
そういう売り込みは他のエージェントもやってるし、サービスの一環だと思ってくれればいいわよ」
アイ・オープナーにどうしようと目線を投げかければ、彼は少し考えてから了承の意を示した。
「実際彼女は人から情報を得ることが上手いから、ここは素直に甘えておこう。俺達だけでは教えて貰えないことも彼女がいれば話してくれる人もいるはずだ」
その言葉に頷き、改めて事情を説明すると訝しむように右手を頬に当てつつ言葉を紡いだ。
「ここのカジノには何度か出入りしたことはあるけどそんなディーラーは覚えがないわね。新しく入ったなら別だけど。
とりあえずそれならディーラーに私が聞き込みをしましょう」
「彼女は借りるから、アイ・オープナーはその間お客さん達に聞いておいてね」
ブラッディ・メアリーの提案に2人して驚き、アイ・オープナーは食い下がる。私は意図が読めずブラッディ・メアリーの顔を見たが冗談を言っているような様子はない。
「は?いや俺は護衛も兼ねて……」
「そんな距離を取るわけじゃないし、女同士の話ってもんがあるの。それに私も多少ならあんたほどじゃないけど戦えるし、何かあったらすぐに呼ぶから。分かった?」
「……ジョディがそれでいいなら」
逡巡した後、アイ・オープナーはそう言った。正直あまり距離は取りたくない。が、店に盗聴器があってそれを聞いているというなら彼女が私と彼を離す理由が分からないが意図があるのなら従ってみる価値はある。私が構わないと言うとアイ・オープナーは不安げな顔をしたものの、ブラッディ・メアリーは「決まりね」と微笑んでカジノの方へ向かった。
そのままついて行こうとするとアイ・オープナーに呼び止められる。
「何かあったらすぐに俺の名前を……コードネームのままじゃ呼びづらいか。本名はNGだしアイクと呼んでくれ。それならバレないだろうから」
「分かったわ。何かあったら必ず呼ぶし安心して」
私の言葉に少し安堵したのか、頷いてアイ・オープナーは離れていった。まるで小さな子どもみたいな扱いを受けているようにも思うが昨晩のことを思えば仕方ないのかもしれない。