Case1「運命の出会い」-2
「うーん、やっぱり昨日飲ませ過ぎたんじゃないか?あるいはまあ、あの襲撃犯が使った薬品が原因とか……」
「そうは言っても、こういう時はお酒に酔いたいこともあるでしょうから。まあ薬が体質的に効きすぎている可能性はありますが、命に別状はないと先程言われていたでしょう。
それより、ちゃんと始末はしたんですよね?」
「そうかなぁ.......。そちらは勿論、って言いたいとこだけど話を聞く前に向こうから始末されたのが正しいかな。バッジの模様が見えたから確定なのは確定だけど」
誰かの話し声が聞こえる。
二日酔いの鈍い痛みにぐらつく頭と重い瞼を開けばそこには昨晩のバーテンダーともう1人、褐色肌のイケメンがいた。見覚えのない部屋だが、どことなくバーの雰囲気と似ていることから恐らく個室か何かなのかもしれない。
彼らは私が起きたことに気付き、話を止めてこちらを向いた。
「おや、お目覚めみたいですね。ご気分は如何ですか?
一応見える範囲では確認したのですが、どこか体調におかしなところや怪我などはされてませんか?」
差し出された水とバーテンダーのその言葉に昨晩のことを思い出す。
悪い夢か何かかと思っていたかったが今ここにいる時点でその可能性はないのだろうというのは嫌でも分かる。しかし、状況が状況なだけあって疑問の方が大きい。
あのまま気を失ったなら襲撃してきた相手が目の前にいる2人ということになりそうだが、彼らの態度や現状拘束などをされていない点から違うような気がする。警戒はするに越したことはないものの、そもそも彼らが襲撃者なら酒で酔い潰して仕舞えば良いしわざわざ帰るように促す理由もない。
水に手をつけず、質問にも答えない私の様子を見兼ねたのか、褐色肌のイケメンの方が口を開いた。
「言っとくけど君を誘拐しようとしたのは俺達じゃないし、むしろたまたまシフト交代の為に来た俺が襲われてる君を見つけて助けたっていうか……。信用出来ないかもしれないけど放っておく訳に行かないからさ。そう警戒しないでほしいな。ほら、この部屋に鍵もかかってないし」
そう言って扉を開いてみせる。その先は昨晩いたバーに繋がっており、考察は間違っていなかったのだと内心少し嬉しくなった。
「別に疑っていると言うより、情報が多すぎて頭を整理してただけよ。確かに貴方達を疑っているのは無いわけじゃないけどそれにしては回りくど過ぎるからないと思っているし。むしろ、助けてくれてありがとう。
怪我や体調も二日酔い以外はおかしい所があるわけじゃないし、大丈夫だと思うわ」
「それなら良かった。いやまさか依頼人が目の前で誘拐されるなんて初めてだから驚いたよ。君を襲った奴はまあ……もういないから安心して欲しい」
一瞬最後だけ表情が曇った気がしたが、恐らく細やかに聞いたところで彼が困るだけだろう。そう判断して話題を切り替える。
「そう。ところで、話の内容からして貴方もここの……バーテンダーなの?」
「ここのバーテンダーというよりは手伝いしてるだけ、かな。シフトがない時は別の仕事してるよ。
ああ、まあ合言葉で動くエージェントの1人でもあるけど」
確かにバーテンダーというよりはカフェの店員でもやっていそうな雰囲気ではある。納得し頷くと昨晩のバーテンダー……ナイトキャップと名乗っていた彼が補足するように話してくれた。
「彼はアイ・オープナーというエージェントで、オーナーや私が店に出られない時に助っ人として来てくれるんです。私と交代で仕事してる時点でほぼ正規の店員みたいなものですがね」
「まあオーナーが納得できるだけの人員がなかなかいないみたいだからそこらは仕方ないと思ってるよ。それはそうとして、一応確認なんだけど襲われたことに関して心当たりってないよね?何かの組織に追われてる、とか……」
改めてそう言われて考え直すものの、思い当たることなんてない。むしろこちらが何故襲われたのか聞きたいくらいでもある。
首を横に振るとアイ・オープナーはナイトキャップと顔を見合わせ、少し考え込んでから「そう」と言って更に何かを告げようとして迷うように口を閉じた。
「あの、何か気になることでも……?」
思わず聞いてしまったが、2人の表情はどこか重苦しい。先に口を開いたのはナイトキャップだった。
「いえ、その……この件に関してはオーナーがもうすぐ戻ってきますし、そのタイミングで話します。ただ、貴方の思っている以上に大きなことに関わってしまっている可能性を考慮しておいた方がいいかもしれません」
「えっ?は、はぁ……」
思わず間抜けな声が出てしまったがそれ以上に疑問が膨れ上がる。一体なんだと言うのだろうか。
訳の分からなさと居心地の悪さから逃げたくて水に口をつけながらスマホを見ると時刻はもう昼の13時を指している。ホテルに帰るにも一人で帰るのは昨晩襲われているし、流石に気が引けるし土地勘もない分下手にここから動くのは不味い。またケイティから連絡は入っておらず、彼女は彼女で昨日の男と仲良くしてるのだろうと判断し、まだ連絡はしないでおこうと鞄にしまった。
それとほぼ同時にカランカラン、と軽やかなドアベルの音が鳴り響き一人の人物が入ってきた。
「すまない、待たせてしまったかな」
そう言って入ってきたのは40代、もしくは50代くらいの男性だ。ロマンスグレーの髪で、柔げな雰囲気はあるのにサングラスをかけているため、何を考えているのかよく分からないがその口元は常に微笑みを湛えている。
優しそうなのにそれでいて威圧のような何かを感じるのは気の所為ではなさそうだ。
それとは別になぜか見覚えがあるような気もするがさっぱり思い出せない。
「おかえりなさい、オーナー。ちょうどいいくらいですよ。こちらが昨日伝えた通りの方です」
その人物に対してナイトキャップが微笑む。軽く頭を下げると、彼は頷いてから穏やかな口調で話しかけてきた。
「初めまして、君がジョディさんだね。私はこの店のオーナーで、……まあ呼び方としては皆オーナーと呼んでくれるけど、エージェントとしてはXYZと呼ばれてるかな。
この店とエージェント達を取り纏めてる責任者であるということだけ覚えてくれていればいいよ」
「なるほど。ではオーナーさんと呼んだ方が良さそうですね。流石にXYZさんと呼ぶのは不便ですから」
「うん。実際XYZなんて呼び方してくるのは余程古い知り合いかからかい半分みたいなのが大半だから私自身その方が助かるよ。
さて、うちの店もこのサービスも初めて使うお客様だから一応確認しておくんだけど、ここのことに関して、どこまでのことを聞いてるか教えて貰ってもいいかな」
口調は変わらず穏やかだが見定められているかのような目をサングラス越しに感じる。本名を名乗らなかったのも何か引っかかるものの、聞き出す勇気はない。
「ええと……あくまで私が知ってるのは合言葉を言えば大抵の事は対価を払えば叶えてくれるってことくらいですけど。カジノのディーラーやってる人に教えて貰って……」
「OK、じゃあ改めて1から説明しよう。長いかもしれないけど、頼み事をこちらが受理すれば対価が発生する以上適当なことはできないからね」
彼のその言葉に改めて何の為にここに来たのかを再度思い出せた。誘拐未遂だのなんだのあったが、元はと言えばここに来たのはそれが目的だ。静かに頷き、彼の言葉に耳を傾けることにした。