Case1「運命の出会い」-1
自分の人生は極めて普遍的なものだと思う。
しかしここ最近に関してはただただ不運、いや運が悪いと言うより向こうが悪いとしか言いようがない。
「あのクソ会社、リストラでも何でもなく突然クビだって言いやがったのよ!しかも説明もなく!別に業績が落ちてるわけでもないし、特に大きなミスが私にあった訳でも、何も無かったのに……!」
叫んでからグラスの中身を呷る。何杯目かはもう数えていない。数える余裕もない。そうして過ごしているのには理由があった。
先日、突然会社をクビになった。
理由を聞いても濁され、頭は下げられたが到底受け入れられるものではなかった。
正直信じたくないし私自身事実を受け止めきれていない。
不当解雇として訴えることは出来るだろうが、いい弁護士や相談できるほどの伝手が思い当たらなかった。
次の仕事先を決めるにもいきなりの解雇であった為気持ちを切り替えきれない上、時期も時期でなかなか見つからない。
むしゃくしゃした私は親友であるケイティにその愚痴を言ったところ、伝手などの協力は出来ないが気分転換の付き合いは出来る。貯金も無いわけじゃないなら休暇を貰ったつもりで傷心旅行でも行こう、と誘ってくれたのであった。
ラスベガスを選んだのは折角なら初めての場所で友人とパーッと遊んでみるのもいいかもしれない、という軽い気持ちだった。知り合いがいれば人の目がある分、無駄に金を使う前に自制することもできるだろうとも思っていたのだ。
まさかその友人がカジノで自分よりちょっと歳上であろう美形のディーラーにベタ惚れして「ごめんジョディ、1人で暫く遊んでて!」なんて言うものだから見知らぬ旅行先で一人虚しく過ごすことになった。
普段はそのようなことはしないどころか割と身持ちの堅い友人だからこそ驚いたものの、どうこう言う前にそのディーラーと遊びに行ってしまった。
無論多少は一人で軽くディーラーと遊びはしたがあまり深みに嵌りたい訳では無い。最初は賭け金が小さくとも、徐々に上がるレートに対し期待より恐怖の方が勝るタイプなのだ。元々ギャンブルに強いこともないし、金を無闇矢鱈に消費してうっかり今後の生活に困っては元も子もない。
だからこそ、旅行先での少しばかりのヤケ酒も許されると思っている。
いや、許されて然るべきだ。
「まあ、何かしら別の理由があったのかもしれませんよ。それがないというなら訴えられて然るべきでしょうし、他にも似たような解雇者がいるならトラブルが起きてるでしょうから」
たまたまこのバーがあることを教えて貰えたのは不幸中の幸いかもしれない。他に客も居らず、バーテンダーも文句を言わずに話を聞いてくれる。銀髪赤目の妖艶な雰囲気を纏っているやたら顔のいい男だ。
「それはそうだけど!いやでも聞く前に追い出されたというか妙な感じだったというか……。うーん、解雇されたのは私一人だけだと思うのよね」
「そもそもそれだけじゃなく、傷心旅行でラスベガスに来ようって言ったケイティもケイティよ!あの子が誘ったのに、私を放って男にベタベタして.......!」
思わず叩きつけるようにグラスを置いてしまい、水滴が飛び散る。しかし私はそんなことに構っていられるほどの心の余裕も正気もなかった。
「ご友人の方のことでしょうか……ふふ、そうですね。まあ馴染みの無い場所では何でも魅力的に見えることもございますから。一時の気の迷い、かもしれませんしね。
にしても、観光でうちの店に来られるとはなかなか珍しいですね」
「カジノでちょっとだけポーカーに勝ったら教えてくれる奴がいたのよ。フン、でも不当解雇についても、ケイティのことも頼むほどのことでもないし引き受けてくれないでしょ?奇跡だかなんだか謳ってるくらいだし?」
そう挑戦的に見上げれば、彼は艶然と微笑んでいた。酒が入って調子に乗っている自覚はあるが、何となく面白がられているような気がする。こういった酔っ払いは見慣れているのだろう。何となく少し腹が立つ。
「いいえ、如何なることでも合言葉さえ仰っていただければお話を伺いますよ」
「何でも?なら『XYZに雄鶏の尾羽を添えて』、解雇の原因とケイティのベタ惚れしたあのディーラーに関して調べてよ」
その言葉にニィ、と口角を上げてバーテンダーは笑う。一瞬やけに尖った犬歯が見えた気がしたが目の錯覚だろう。酔っているし、軽い幻覚のようなものでも見たのかもしれない。
「畏まりました。ただ、現在オーナーが不在かつ、貴方様も正確な判断が出来る状態ではないでしょうから書類や正式な契約は一旦置いておきましょう」
「あら、今請け負ってくれるわけじゃないの?」
「今のお客様の状態を見るに、報酬面や契約に関してのお話をするのは宜しくないかと思いまして。また、急ぎの案件という訳ではないので冷静な時にそういった事はお話した方がいいでしょう。
幸い、ご相談だけでしたらお代は頂かない決まりとなっておりますので他に人も今は居りませんし詳しい話をお聞かせ願えますか?」
なるほど、彼の言い分にも一理ある。その言葉に頷き、私はこれまでの経緯を語った。ただ酒も入っているので自分でも何を言っているのか分からないことも交じっていたような気もする。
話を聞いた彼は少し考えるような素振りをした後、頷き
「解雇の件はその手の専門のエージェントを呼ぶので時間がかかるとして、ご友人の方は明日にでも調査に取り掛かることが出来るでしょう。
今日はもう遅いですし、一度お休みになってからまたお越しになって下さい。我々に依頼をするお客様なら店の開いていない時間でも来ていただいて大丈夫ですので合言葉を言う際に私……ナイトキャップの名を指名して下さい」
と言われ、ふと時計を確認すると日付を越す数分前だった。流石にホテルに戻らないと不味いだろう。
礼を言ってから酒の代金を置いて出て、数歩歩きふと違和感を感じた。
睨めつけるような視線がどこかから向いているような気がして、少し寒気すらする。
ただ周囲を見回しても人がいるわけでもなく、首を傾げ再び歩き出そうとしたその瞬間。
背後から強く手を引かれ、口元に何かが当たる。内心は焦っていても体は恐怖で動かない。酔いは一瞬にして醒めたはずなのに意識が薄れゆくのを感じる。
自分の後ろの存在が何事かを囁くが聞き取れない。ただ、完全に目を閉じる前、遠目に誰かの姿と自分を呼ぶ声が見えた気がして、手を伸ばそうとした。が、届くことは無く「ああ、本当にツイてないな」なんて思いながらそのまま気を失った。