2.なりたいわたし
それから三カ月後。
そろそろ書類審査の結果が届く頃かなと感じていた。
わたしはその日、図書館にいた。
「藍梨!ここ教えて!」
「んー?」
「私もー!」
いつの間にか、わたしは友人であるクラスメイトに勉強を教えるようになっていた。
「この問題!何回解いてもできなくて……」
「ここの式ちょっと違う。この公式で解いて……」
「……じゃあ、ここは?」
わたしの通う高校の図書館は、意外と大きい。さらに夜まで空いているため、ここで課題や予習・復習を終わらせてから帰るという人もいる。本の種類も多く、居心地もなかなか良いのだ。
そして、教員が曜日ごとに放課後学習サポート……という名の見張り役として来る。
ちなみに、この日の担当は佐倉先生だった。
「……そろそろ課題終わった?」
「まだ!」
「……じゃあ、先に提出してくるね。」
「え!直接提出するの?」
「すぐそこに担当教員がいるんだから、当たり前でしょ?」
課題のプリントを手に、佐倉先生のところへ行く。
「佐倉先生、課題提出します。」
「はいはい。」
「……では。」
「ちょっと待て。」
「……何ですか。」
「今日の課題は何だと説明したか?」
「……別にいいじゃないですか。単純な計算ミスでしたし。」
「いや。ダメだろ?」
また始まった……。最近、佐倉先生はわたしに細かいことで注意をするようになってきた。計算ミスに英語の発音まで注意された。
国立大学に現役で卒業して、ツンデレ要素のある、まあまあかっこいいエリート教師なんて言われているが、私はそう思わない。細かすぎるのだ。
わたしと佐倉先生はムムムと睨み合う。
……すると、止めるように友人たちが話しかける。
「藍梨は相変わらず先生にガルガルだね。」
「先生!課題終わったのでお願いしまーす!」
「はいはい。」
「……だって細っかいんだもん。」
「は?」
今日もいつも通り佐倉先生と口喧嘩した。
疲れて家に帰る。
「はあー……。」
玄関でポストを確認した。
……自分宛ての封筒が入っていた。
「……これって?」
送り主として書かれていたのは、バーチャルアイドルの事務所の名前だった。
「……あ!」
走って自室へ行き、封筒を開ける。
「……合格通知書!」
中には、一次審査の合格通知書、二次審査の会場案内、必要書類などが入っていた。
「……やったぁー!」
一次審査を突破した。
これがわたしの始まりの第一歩となった。
……その後も二次審査、三次審査は順調に進んでいった。
そして、最終審査の日がやってきた。
周りを見ると、かわいい子が多い。それに、みんなダンスの最終チェックや声の調子を整えていた。
「……本気だ。」
最初からみんな本気だ。それは分かっている。でも、ここまでオーディションっぽいとは思っていなかった。
いや、オーディションなんだ。これは一つのチャンスで、それと同時にきっかけになる。人生すらも変えるかもしれない。
「河内さん。こちらへお願いします。」
「あ、はい。」
緊張しながら案内される方へ向かった。
案内された場所は、不思議な部屋だった。
「では、これから最終審査を始めます。これを持ってバーチャルシステムへ入ってください。」
「……カード?」
「ホテルとかであるでしょう?これはバーチャルシステムに介入するための鍵。いわゆるカードキーです。」
「なるほど。」
渡されたのは一つのカードだった。それを言われた通りにガラスの置物にかざすと、浮遊感を感じた。
「さあ、システムに触れて。」
「……はい。」
ガラスの置物……バーチャルシステムの一つらしいそれに触れると水面のように広がる空間に飲まれる感覚がした。
「なりたい姿を想像して。そしたらあとは、あなたを試験会場は導いてくれるから。」
「え?」
「バーチャルではどんな自分になれる。だから、まずはなりたい姿を想像するの。」
なりたい自分……髪の毛サラサラで、ポニーテール。
星空をバックに歌ったりできたら……
そう……こんな感じかな……
なりたいイメージがはっきりした瞬間、わたしをまぶしい光が包み込んだ。
「……ふぇ?!」
たどり着いた先は、ステージの上だった。
「……ようこそオーディション会場へ!ふふふっ、素敵なアイドル候補さんね。」
ステージに立っていたのは、さらさらヘアーをまっすぐに結ったポニーテールが特徴的な、なりたいわたしだった。