54話 天国の外のヒマワリ畑
無数のひまわりの中、2人の人影が走り抜けた。
一人の手には木剣が握られ、もう一人は何も持たない。
素手の相手に駆け寄って木剣を振りかざした女剣士は、木剣を振り下ろした右腕をつかまれて投げ飛ばされるが、両足を先に地面につけて衝撃を逃がし、左手で右腕をつかんでいる腕をつかんであえて自分の体勢を崩すことで相手の体勢も崩させ、地面に相手が倒れた瞬間そのまま女剣士は相手の上に乗り、衝撃で相手が手を離した隙に木剣を相手の顔すれすれに突き刺した。
「…強くなったね、ウェンディ。」
「これが、お母さんの言ってた汚いやり方?」
ウェンディが立ち会がり、ソフィに手を貸す。
服についた土汚れを払いながら、またソフィは話し始めた。
「ウェンディの戦い方は、今まで剣なら剣。体術なら体術。メリハリのはっきりした戦い方で、おそらく今まで剣術相手には剣術しか使わず体術相手なら体術しか使ってこなかったんだろう。」
そこでウェンディは、前世の記憶を思い出した。前世での剣術は体術と折り合わせた殺し合いの技術だった。とはいえ実際に殺し合いをした人が師匠なわけでもなく、自分自身もそれを実戦で使うこともない。出ていた大会は剣道や格闘技のばかりでそれも試合。演舞としての側面が強い、純粋な殺し合いではなかった。
「それが、汚いやり方?」
「戦っていれば時には卑怯に映る戦い方をする奴らも多い。そんな中で、ウェンディの戦い方は奇麗すぎるんだ。こぎれいにまとめられているせいで相手がある程度の熟練者であれば最初をつかめばあとは流れが見えてしまう。及第点だ。」
「これで及第点ね。お母さんのいう本質は、戦いに使えるものなら何でも使う。ってことでしょ?今までは葉っぱや石から土まで、木剣以外はなんだって使ってた。」
武道を長く修めてから改めてみると、無茶苦茶な戦い方だ。
「剣術も体術も射撃も、私は実戦で戦って鍛えただけで修練を積んできたわけじゃない。だから剣術だけや体術で縛って戦えば私はウェンディにかなわない。でも、きれいにまとめて戦うウェンディは枠から外れた戦い方にはめっぽう弱くなる。とはいえ元の技術が高いからある程度の相手にはそのまま勝ててしまう。」
その言葉を聞いてから、ウェンディはソフィに向かって深々と頭を下げた。
「学ばせていただきました。これで私は、まだ強くなれるとわかりました。」
「…さっきも言った通り、及第点だ。このままウェンディを帰してもいいんだけど、それではまたここに来ることになってしまう。現世のウェンディの体には、人間ではないものが巣繕っている。排除することは不可能だが、交錯することはできる。」
「…交錯?」
「要は受け入れ、解け合い、混ざり合う。受け入れ服従させる。最終的には巣繕っているものを理解してそれを自分の力として取り込む。」
簡単に言うソフィは、亜空間収納に手を突っ込んで何かを探している。
しばらくして亜空間収納から刀を二振り取り出しウェンディの方に投げた。
「何でもない無銘の刀だけど、木剣よりはなんぼかマシなはずよ。」
受け取った打刀と脇差を腰に差すと、ソフィの方を向く。
そこからソフィはじっとウェンディの方を見つめてきていたが、突然背後から気配を感じて振り向いた。
振り向いた視線の先には、黄色いひまわり畑の中に、異様な雰囲気をまとった人型の〈何か〉がたっている。
何なのかはわからなかったが、あれが普通のものではないことはすぐにわかる。
「ウェンディの中にいたモノを具現化して顕現させた。強さで言えば刀と銃を持った私よりは弱いくらいだと思う。刀を持ったウェンディなら、多分勝てると思うぞ。」
「勝てると思うって、あれと戦って勝てってこと?」
「服従させればウェンディに害を及ぼすことはなくなるはずだよ。体内で暴れてた頃はウェンディには対抗する手段がなかったから好き勝手出来たけど、今は目の前に実体として存在している。さっさと倒してしまうことをお勧めするよ。この感じならこの世界を侵食する可能性もありそうだ。」
まぁ最悪はソフィが倒すんだろうけど、それじゃなんの解決にならないし何より、自分をあそこまで追い詰めた相手が正面に立ってどれほどの強さなのか、気になる自分がいる。
幸い、今の自分の腰には銘も何も入っていないなんの特別性もないただの刀が二振り。銃や銘の入った刀ではなく、切れ味もわからず重さや長さも自分にあってるかわからない何もわからない刀があるだけ。
そう考えていると、ワクワクしている自分に気づき、それに気づいたときにはすでに鞘から刀を両方抜き始めていた。
時々思うが、私は戦闘狂な一面があるのかもしれない。
ゆっくりと〈何か〉に向かって歩きながら、手にした刀に意識を向ける。脇差はこれでいい。少し軽いかもとは思うが、これくらいなら問題ない。打刀は、少し長すぎるかな。重心が少し切っ先寄りにあるため少し重く感じるが、重さ自体はそこまで問題ない。この長さがどこに影響するか…。
自分の間合いに入るように少しずつ近づいていくと、どうやら先に相手の間合いに入ったようで相手は攻撃モーションにうつるのが分かった。
とはいえどんな攻撃で来るのかわからないとりあえず姿勢を低くしながら歩みを進めると、体をしならせながら何かを投げるようなフォームを取り、振りかぶって投球するであろう瞬間に、右腕を伸ばしてきた。
なるほどそういうタイプかぁと思いながら、ウェンディは強く地面を蹴って走り出した。
軽く体をひねりながら伸びる腕をよけつつ手が横を通りぬけたと同時に体を翻して右手の刀ふ振り上げて腕を斬りつけた。
もともと一撃だけ加えて本体のほうに向かおうと思っていたウェンディは、そのまま本体の方を向いたが、斬った瞬間のあまりの感触のなさにおどろっき一瞬振り向いた。
斬られた腕はまるで煙のように実体なく斬られた先が霧散したと同時に残った方でまた手の形を形成し始めていた。
なるほど、実体はないのか。
背後で腕が迫ってくるっ感覚はあるが、本体に到達する方が速い。
横から薙ぐようにして右手の刀を振るうが、本体に残る左腕で刀振り払う。刀が払われ軌道がずれた瞬間、ウェンディは左手に握った脇差を本体に突き刺した。
脇差が突き刺せると、本体と腕を含めてすべての動きが止まった。
遠目で見たときはただの化け物だったが、近づけば黒い靄がかかってるだけで中は普通の人の顔をしている。それどころか、この顔はウェンディの記憶の中にはっきりと残っている。
「…あの時の、鬼女の顔。あいつの血を取り込んで死んだんだし、異物がその顔をしてても不思議はないけども…。随分と悪趣味だ。」
突き立てられた脇差を握り、ふとウェンディは違和感を覚えた。
自分自身の体を蝕み、最後には死に追いやった相手が、こんなにも簡単に勝てるものか?
思い返せば、鬼女に負けた時、確かに数回切りつけることができたとはいえ、背中を大きく切り裂かれ、最後には腕で腹部を突き刺されて気を失った。
…気を失った?
あの時、自分の刀はどこを向いていた?
そう考えたとき、化け物の左腕が動くのが見えて、反射的にウェンディは体をはねのけて脇差を抜きながら飛びのいた。
「なるほど、状況がかぶればあいつと同じ動きをするのか。でも、結局のところ……。」
振りかぶり攻撃してくる腕にと同時にどこからか現れた靄からも腕が数本攻撃してくる。
地面を蹴って腕の攻撃をよけながら前進する。
腕は攻撃しても意味がないから攻撃せず進むが、腕が一本に集まって薙ぎ払うようにして横から攻撃してきた。
高さはヒマワリの高さよりも少し高いくらいで、ウェンディの頭部より少し低い位だ。
とっさに前に飛んで腕をよけると、そのまま低い姿勢で駆け出し長刀を鞘にいったん戻すと、ヒマワリを一本手に取り脇差で花の先端のみを切り取ると、少し走ってから化け物に向けてヒマワリを投げつける。
そのまま今までとは反対方向に走り出し、姿勢を低くしたまま化け物の方へ弧を描くようにして走り出す。
ヒマワリの花が飛んでくるのに気付いた化け物は腕を伸ばして花を空中で迎撃し、飛んできた方向に顔を向けているようだ。
顔の部分はよく見えないが、首が動いてそちらに向いたのだけはわかった。
完全にウェンディから意識が外れたのを見計らい、長刀を鞘から抜いて方向を変えてまっすぐ化け物の方へと地面をける。
タイミングを見計らいながら完全に化け物が背を向けたタイミングで地面から飛び上がり化け物に切りかかった。
黒い靄のようなもので形成されていた腕と違い、本体は刃でダメージが入るようで、切り裂いた身体から真っ黒いものが吹き出し、黄色いヒマワリが黒く染まった。
魔物とも違う叫び声が響き、同時に腕を伸ばし攻撃してきた。
ウェンディは地面に足をつけたと同時に攻撃が入り、吹き飛ばされた。
切りつけたときは靄のようになって霧散したのに、ウェンディに攻撃が入った瞬間は鈍い打撃として骨に響く攻撃が入った。
鈍い音と同時に口から声が漏れ、衝撃で脇差から手を放してしまいながら、地面に転がりそのまままたヒマワリの中にまぎれる。
攻撃を受けた左腕と肩に痛みが残り、左手が震えていた。
「…クソっ。」
止まっていてもいつかは見つかる。
本能がその場を去れと告げていた。
地面を蹴って今度はより静かに近づき、ウェンディを見失っているタイミングを探るが、おそらく今は大体の位置が分かっているはずだ。
とはいえ、もうそこまで時間があるわけではなかった。左腕がかなり痛む。この世界において骨が折れるという概念があるかはわからないが、左腕の自由は効かなかった。
意を決して正面に向けて地面を蹴って化け物に向かってかけ始めた。本能は隠れろと告げていたが、経験と感覚から相手も手負いであることと明らかに動きが悪いのを見て、いけると判断した。
ほぼ化け物の正面で体を捻り化け物と目が合うのを感じながら、地面に刃を突き刺し自由の利かない左腕を柄に乗せ切っ先で地面の土を化け物の顔に向けてはじいた。
化け物の顔は土に覆われ、そのまま手で土を払うようにして顔をこすった。
視界が奪われている隙に、ウェンディは化け物の喉元めがけて長刀を突き刺した。
声ではない、まるで獣の咆哮のような叫びをあげながら化け物は後ろに倒れ始めると同時に、化け物は体を振りまわり始め、ウェンディは長刀を握ったまま振り回され、長刀の刃が負荷で折れると同時にウェンディが吹き飛ばされた。
今度はうまく受け身をとると化け物は呻きながら地面に倒れた。
右手に握った長刀は刃が折れてもう使えそうにない。
長刀を放り投げて立ち上がると、視界の端に光る物が見えて顔を向けると、さっき手放した脇差が1メートルほどの所に刺さっていた。
手を伸ばして脇差を抜くと、化け物の方に歩み寄り化け物の顔を見た。
倒れた化け物の横に立つと、ゆがんだ顔でウェンディを睨んでいるのが分かるが、ウェンディにはもう憎しみや恨みはなかった。
母さんの倒せと言う言葉を思い出し、少し悩んでから脇差を化け物の頭めがけて突き刺した。
喉を攻撃され声が出ないままの化け物は、最後に嗚咽のようなうめき声を上げながら動かなくなった。もう戦闘は終わった。
ウェンディは振り向いてソフィに声を掛けようとすると、背中からの衝撃で一瞬倒れかけ足を数歩前に出した。何が起きたかわからず、前を見ると、自分の身体から刃が飛び出している。飛び出た波紋は、ウェンディに見覚えのあるものだった。
「よくやった。よくアイツを倒せたな。ほめてあげよう。」
「な、なんで……。」
背後からソフィの声が聞こえ、自分の口から血が噴き出し刃を使って血が垂れている。
後ろのソフィはウェンディの背面を蹴り刃を引き抜くと地面に倒れたウェンディを見下ろした。
「死後の世界と現実世界は表裏一体だ。条件はいくつかあるが、大まかに言えば死後の世界から現世に戻るには一度こっちで死ぬ必要がある。現世の遺体が残っていればそれで生き返ることが出来る。ウェンディの呪いは無理やりこっちの世界へ連れてきて対処できた。現世の身体にはもう呪いはのこっていないだろう。」
意識が遠ざかる。おぼろげな視界の中で自分の血が付いた刀を握るソフィはどこかさみしそうにウェンディを見下ろしていた。
「またなウェンディ。もうこっちには来るなよ?」
ソフィの言葉で覚えていたのは、それが最後だった。
外が騒がしかった。
静かに畳の部屋に座りながら、外の音を静かに聞いていた。
「……。」
彼女がいなくなった今、自分は何をすればいいのかわからなかった。
ただ、彼女についてきただけ。世界を見たいと言い世界を旅する彼女がちょうどいいと思いついてきた。最初はそれだけだった。
だが、気が付けば彼女はただの旅の仲間以上の存在だった。
今目の前の布団で死装束を身にまとい横たわる少女は、ただ静かに眠っているように穏やかな顔で横たわっている。今にも動き出しそうなほどだった。
(急げ!かがり火をもっともってこい!)
外から聞こえる声はさらに大きくなっていた。
「…私、行ってくるよ。ウェンディなら、手を貸してただろうしね。」
立ち上がると、枕元に置かれた刀と銃を見て、銃のホルスターを手に取って腰に巻き付けた。
重い。自分のセカンドネイビーよりも断然重いそれを抜き、弾丸が装填されているかを確認した。よく手入れされ、スムーズに回るシリンダーを見ると6発の弾丸に雷管もついていた。
ハンマーを戻してホルスターに入れると、ふすまを開けて通りかかった巫女に話しかけた。
「ロッティさん…。」
「私も行くよ。魔獣討伐…!」
それが、ロッティ初の単独での魔獣討伐だった。




