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53話 天国の外

 ウェンディが目を覚ますと、そこは見覚えのない天井だった。

 瑞穂ノ国の建物でもライアンのものでも、はたまたゲルマニアの天井でもなかった。

「目が覚めたか?」

 聞き覚えのある声に、自分がベッドに横たわっていることに気づいて起き上がる。

 ウェンディが目を覚ましたのは木と石でできた小さな民家で、小さなキッチンに木の棚に本や木と鉄でできた農機具が並んでいた。窓の外には木々や花畑といった郊外のような風景が見える。

 そして、部屋の中に置かれた木の机と椅子に腰かけた人は、ウェンディが今までで一度も会ったことはないにも関わらず、話したことはある人物だった。

「…お母さん?」

 そこにいたのは、ウェンディの母であるソフィ・ラプラスその人だった。

「まったく、なんでこんな早く死んだんだ。親孝行ってやつを知らないのか?」

「いろいろあってね。それでここはどこ?天国ってやつ?」

「まぁ天国みたいなものだけど、正確には違う。私が普段から過ごしている場所で、天国に通ずる門の外にあたる場所だ。今のところ私以外この立場で居続けられる者を知らないが、女神や天使たちからは容認されてるしわざわざ天国に連れていく気もないらしい。本来ウェンディは天国の門で今までの人生を清算して天国に行くはずだったんだが、私が引き留めてここに連れてきた。」

 ソフィの話を聞きながら、ウェンディは自分のいる家を見渡した。

 とても生活感があり、使い込まれたような道具たちやキッチンを見ると、普段から人が生活拠点として使っているのがわかる内装をしていた。

「この家は?もともとこんな所があるとは思えないけど。」

「私が天国の外に住み着いたときに、女神が私の思い出の中から私の生家を創り出してくれたんだ。ここで生まれて親が死んで、戦争に参加してウェンディを身ごもって、最後の最後にウェンディをゲルマニアに送り出して私も死ぬ瞬間まで過ごした家だ。」

 ソフィがお茶をすすりながら話す中ベッドから起き上がり、ウェンディは部屋の中を見て回ったり、窓の外を眺めたりする。

 外には黄色い花の花畑が絨毯のように広がり、その終わりは見えない。

「…ここ、本当に天国の外側なの?」

「ああ、ここは間違いなく天国の外側、死者が天国に向かい、()()()()()()場所だ。だから、ここは割と好き勝手やっても問題ないのさ。というわけで、ここら一帯の景観は私が生まれた場所の景色になってるというわけだ。」

「じゃぁここは、本当にガリアなんだ。」

「そういうことだ。正確にはガリアの一地域を再現して創られた世界だな。」

 外を眺めながら、ふと自分の刀や銃がないことに気づき、もう一度部屋の中を見渡す。

 やっぱり見当たらない。

「武器を探してるんだろ?しばらくはなしだ。まぁもともとは私の武器だったんだがね。」

「しばらく?じゃぁしばらく私はこの天国の外側で農作業でもするの?」

「いや、ウェンディはこれから、私が稽古をつけてやる。期間は、私を倒せるまで。手始めに木剣で私に打ち込んでみろ。私は、素手でいい。」

 そういうと、ソフィは立てかけてあった木剣を持ち、扉を開けて外の花畑の中を歩いていく。

「…いいの?前に、私はお母さんを超えてるって自分で言ってたじゃない。」

 ウェンディは、花畑の中を歩いていくソフィの後を追いかけた。その時、ウェンディは自分の腰くらいの花畑が小柄なひまわりの畑だったとわかった。

 ソフィはウェンディが後ろからついてくる中、そのまま少し歩きふと立ち止まってウェンディの方を向きなおし先ほどのウェンディの問に答えた。

「純粋な剣技はな。口で言うよりも実際にやった方が早い。なんでもいいから打ち込んで来い。」

 そういうと、ソフィはウェンディの方に木剣を投げた。

 花畑の中に落ちた木剣を拾うと、軽く振ってから前に構え、ソフィをにらんだ。

「…いいの?」

「気にせず来るといい。」

 ウェンディが勢いよく地面を蹴り、ソフィの肩にめがけて木剣を振り下ろす。

 突っ込んでくるウェンディに向けて地面の土を蹴り上げ、そのままウェンディの顔に向かって飛んだ。

 驚いたウェンディはとっさに片手でガードをするが、あとから思えばソフィの思うつぼだった。

 視界を遮ったウェンディの脇腹にはソフィによって放たれた強烈な回し蹴りが炸裂し、そのまま吹き飛ばされた反動で花畑の中に転がった。

 地面に転がったウェンディは、痛む脇腹に手を置きながら空に向けて目を開いた。抜けるような青い空とその手前の鮮やかなひまわりの花たちが目に飛びこんでくる。

 口を開くこともできないくらいに体が痛む中、ソフィが近づいてきた。

「生きてる?生きてるね。私の娘だ。これくらいなら大丈夫だね?」

「……一撃しか受けてないのに体が動かない。汚いやり方というより、どんな馬鹿力してるの…?」

「ほら起きな。もう一度だ。私に一度でも切っ先があたるまでこれの繰り返しだ。この世界は私が望まない限り夜は来ない。」

 ソフィに起こされ、そのまま一本ソフィに切っ先を当てるだけという修業が続いた。

 何時間経っただろうかもわからないくらいにこの世界はずっと晴天だった。

 何度切り込んでも何度打ち込んでも、ソフィはウェンディの視界を奪ってからの一撃で確実に急所を突いてきた。

 数百回と打ち込んだ。

 ウェンディはボロボロの自分の体に気に掛ける余裕もなくソフィに打ち負かされる。

 膝を付き、木剣に体重をかけながら息を切らすウェンディにソフィが近寄ってくる。

「…そろそろ限界か。ウェンディは気づいてないかもしれないが、地上の時間ならもう丸一日以上の時間が過ぎてる。こんな長時間体を動かしてるんだ。とうに限界を超えてて当然だ。」

「……もう一回だけ、やらせて、下さい……!」

 木剣に体重をかけながら体を引き起こし、ふらつきながらソフィに方を睨む。

 ウェンディが立ち上がるのを見ながら後ろ足に下がり、ソフィはさっきまでと同じようにウェンディの方を見つめた。

(どこが違うんだ…。私とお母さんの技量にそこまでの差があるとは思えない。見ている場所が違うのか…。一体どこを見ているだ…。そうか、太刀筋も切っ先も見てないんだ。手、いや腕全体の動きかな。それとも体の動きか。骨盤の動きか。そこを見れば、私でもお母さんの動きがわかるのかな。)

 前世の学校で習った記憶の中から、ソフィのだいたいの骨格の形を想像してみる。とはいえ、ウェンディの知識の中では教科書に載っているような標準的な骨格しかちしきを持っていない。そこからだいたいの骨格の動きを思い描く。

 ソフィの視界から一瞬消えるようにひまわりの陰に隠れ、ひまわりの裏から木剣を勢いよく投げつけた。

 飛んでくる切っ先がソフィに届き、木剣を振り払ったと同時にウェンディのこぶしがソフィの腹部にめり込んだ。

「ぐっ…。」

 一瞬ソフィが体勢を崩した瞬間、ソフィの服をつかんで思いっきり投げた。

 投げた瞬間転がった木剣を拾い体を翻して膝をつくソフィの顔に切っ先を向けた。

「……これで、いい?」

「…お見事。ウェンディの勝ちだ。」

 その一言で、ウェンディの意識は糸を切ったように意識を失った。

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