42話 何もなかった
しばらくの間、自分が今どこにいるのかがわからなかった。自分の意識の中にいるのか何をしているのか。一切わからなかった。
そうして目を開けると、そこはシスコのウェンディ達が借りている宿の天井だ。何度も見た天井だ。
少し首を横に向けると、椅子に座って眠りに落ちているロッティがいた。
声を掛けようと思ったが、ロッティの服や手先から、自分の看病で着替えてすらいないことに気付いて、話しかけることをやめて眠りについた。
次に目が覚めた時、ロッティは本を読んでいた。ウェンディの私物の本のうちのひとつだ。いつも読んでいたところを見ていて、興味が出たのかもしれない。
「……ロッティ。」
「ん?……!ウェンディ!起きたの!?」
「うん。どれくらい眠ってた?」
「…大体3日くらいかな。驚いたよウェンディが負けるなんて。何があったの?」
ロッティが心配そうな顔をしている。
ウェンディはその顔を見てから窓の外に目を向けて少し考えてから、ロッティの問いに答えるように口を開いた。
「…何もなかった。ただ、私の鍛錬不足だっただけ。」
「……そっか。話は変わるけど、政府の方が今回の件に関してお礼をしてきたよ。報酬は何がいいかと聞かれたんだけど、何がいいかな。」
「西への連絡船の乗船許可、かな。」
「そういうと思ってたからもうそう伝えてあるよ。ウェンディの回復次第すぐに乗れるように言ってあるから。」
「ありがとうロッティ。なら早く治さないとね。」
数日後、ウェンディの怪我はロッティの治癒魔術のおかげで完治することが出来た。
傷が治り、刀が触れて銃も撃てるようになったころ、シスコ議会から招待状が届いた。それはウェンディ達が助けた姫たちの無事を祝うパーティらしく、それを助けてくれたウェンディ達を招待するのは当然の流れだった。
しかし、2人ともそのパーティを断って2人静かにバーで酒を飲んでいた。
ウェンディがパーティを断るのを見て、ロッティもウェンディの気持ちを考えて参加を断っていた。
「…これが最後のライアンウィスキーになるのかな。」
ウェンディの声はどこかさみしげだった。
その横でロッティは静かにハイボールを飲んでいた。
「やっぱりここにいたんですね、ウェンディにロッティ。」
話しかけられて後ろを振り向くと、アンリエッタが立っていた。
ロッティの隣に座ると、アンリエッタは特に悩むことなくマスターに注文を出した。
「ラムをロックで。」
その注文に、2人とも少し驚く。
すると、今度はウェンディの隣に別の少女がこしかけた。
最初はアンリエッタのメイドであるジャンヌかと思ったが、髪の色からして違った。
「私はホットワインお願いします。」
「「…誰?」」
ウェンディ達は口を合わせて聞いた。
「そちらの方は、ライアン政府の大統領であるオリバー・アダムズの娘であるオリビア・アダムズ。この国で3番目に位の高い人間よ。」
それを聞いて、ウェンディ達はゆっくりとアンリエッタの方を向いた。そんな2人に目もくれず、アンリエッタは出されたラム酒の入ったグラスを傾けていた。
「お2人には、感謝の気持ちを伝えるためにもパーティに来ていただきたかったのに、何かあったのですか?」
オリビアがホットワインのグラスを持ちながら間に挟まれた2人に語り掛けた。
「いや、何もなかった。単にそんな気分になれなかっただけ。」
ウェンディは静かにグラスを傾け、ロッティもハイボールの入ったグラスに口をつけた。
それ以上何も話そうとしないウェンディ達に、オリビアは2つの箱を差し出した。見た目はそこまでの細工のされてない単純な木の箱だが、中を開けるときれいな懐中時計が入っていた。
文字盤の紋章にはBostonと書かれていて、大き目なケースに裏蓋にはそれぞれの名前が書かれた後に、オリビア・アダムズより贈ると書かれていた。
「欧州から旅をしてここまで来られたと聞きました。これからもあなたたちの旅のお供になることを祈っております。」
諦めが早いのか、オリビアはそれだけ渡してホットワインを飲み干すと、お代をおいて立ち去った。それに続いて、アンリエッタも、グラスをおいてお代を置くと席を立った。
「私のお礼は、次に会う時まで取っておかせていただきます。今のお2人は、そんな気分ではないでしょうし。」
2人がずいぶん沈んでいるのを見て、オリビアもアンリエッタもそうそうに立ち去った。
翌日早朝、ウェンディ達は連邦政府の連絡船の甲板にいた。ライアンを離れて、西の島国に行くためだ。
船がロープを解いて外輪船の外輪が回り始める。推進力を得て船が前に進み始めると、港にオリビアとアンリエッタの2人が立っているのが見えた。
どこかさみし気なオリビアたちの表情を見て、ウェンディ達はすこし考えてから笑顔で手を振った。
「またどこかで会お~!」
「絶対またライアン来るからね~!」
その姿を見て、オリビアたちも安心したのか、笑顔で手を振ってくれた。
おそらくアンリエッタと会うためには、ガリアに行けばもしかしたら会えるかもしれない。しかしオリビアともう一度会うためにはこのライアンに来なければならない。
「…少し、2人にはひどいことをしちゃったかも。」
「何が?」
「あの2人は、私たちにお礼を従ってたのに、その気持ちを受け止めることなくこの国を出てしまう。次会うときには、必ずこのお詫びをしなきゃだめだね。」
「そうだね。今度会ったときは、絶対あんな顔させちゃだめだね。」
少し遠ざかるオリビアたちに向かい、ウェンディ達は並んで思いっきり息を吸い込んだ。
何を叫ぶかは、話し合わなくてももうわかっている。
「「またねー!!!」」
子供らしく、単純な言葉だが、相手も大して歳の変わらない少女だ。
ウェンディ達が最後に見たのは、笑顔の中にも涙を流すオリビアたちだった。感謝の涙に、ウェンディ達の胸はぽかぽかと温かかった。
「ウェンディ、この国は何か嫌な事あった?」
「いいや、何もなかったよ。いい旅だった!」




