35話 天使
階段を登りきると、目の前に騎士のような服を着た白髪に白髭の老人のような見た目の悪魔が槍を片手に立っていた。
「…用があって我が王のもとに向かっているのだろうが、ここの守りを仰せつかった以上、わしは君たちを通すわけにはいかない。通りたくば、わしを倒すことだ。」
落ち着いた声の老騎士は、表情を変えることなく槍を握っている。
2人で顔を見合わせてから、ロッティは一歩引いた。
「相手が騎士なら私は不利だし、この広さなら私の魔術は当たる前に相手が間合いを詰められる。ウェンディ任せたよ。」
「いいよ。槍相手なら、剣の出番だよね。名乗っておこう。ウェンディ・ラプラス。お前を殺す、女の名前だ。」
「威勢はいいな童よ。わしの名はフルカス。騎士団を率いる、悪魔の騎士だ。さぁ、存分に楽しもうではないか!」
老騎士は槍を構え、ウェンディも刀を両方抜いて構える。
ウェンディの刀を見た老騎士は、美しく周りの風景や自分やウェンディが反射する刃を見つめる。
「ほう…。この辺りでは珍しいな。瑞穂刀とは。」
「知ってるのか?この刀を。」
「以前一人だけ同じ剣の使い手にあったことがある。君と同じ小柄な少女だった。相当な使い手で、あの少女も君と同じく両手に長さの違う刀を持って戦っていた。腰には銃を持ちながら、炎をまとわせた刀で我らの騎士団を殲滅しおった。もう10年以上前の出来事だ。」
「そうか。なら、私も同じ技で、今度は指揮官のお前を殺す。」
ウェンディの両手に握られた刀の刀身には、真っ赤に焼けた炎が纏う。
一言も話さないまま、お互いに刃を交えた。
ウェンディの経験上、刀の間合いと槍の間合いでは刀がどれだけ手数を振ろうと、槍手の身体までは届かない。手数を振ればいいというわけではない。的確に槍の手の中に刃を入れる必要がある。
刀を槍に当てながら攻撃をそらしていたウェンディだが、一瞬の認識のずれから、フルカスにはウェンディの刀が逸れて体勢が崩れたように見えた。
実際には一歩前に踏み出してフルカスの腕によってできた死角に飛び込んだだけであり、刀も死角に飛び込んだ時当たらない様に横にそらしただけなのだが、死角からフルカスの視線にはウェンディの下半身の動きが見えなかったため、フルカスは体勢を崩したウェンディに突きを繰り出すが、ウェンディはもともと間合いを詰める目的だったため、足の向きを変えて一気にフルカスの懐に入り込む。槍が床に刺さるのとほぼ同時だった。
間合いを詰めたと同時に刀を両方右側下段から振り上げることで、フルカスの身体を斬り裂いた。
炎で焼かれながら深く切り裂かれた身体を支えることが出来ないフルカスは手に握っていた槍を手放して後ろに倒れる。
「……強いな。わしが人に恐怖を感じたのは、2回目だ。そして、この恐怖とともにわしは死ぬだろう。恐怖したとき、引けばよかったのだな。」
「…恐怖は悪ではない。その恐怖が、お前を母から守ってくれたんだろう。」
「…母?…そうか。君は、あの時の剣士の娘だったのか…。……我が主は、さっさとエルフを本国に送っておけばよかったんだ。わざわざ自分の趣味のために残しておくから、こうして同胞を失うのだ……。」
フルカスの最後の言葉は、それだった。
刀をしまいながら、正面に見えた上に向かう階段に足を向けると、すぐ横にロッティが来る。
「それじゃぁ、上にいるらしい王とかいう悪魔に会いに行こうか。」
「王とかいうのの趣味はわからないけど、まぁレイたちも上にいるのは確実だろうし、行こう。」
ゆっくりと階段を登りきると、目の前は壁があり後ろを振り向くと、裸の女エルフたちが天井から鎖でつるされ、その向こうにはいやらしく笑う角の生えた悪魔がなめまわすようにエルフを見ていた。
外の戦闘も下での戦闘も、ウェンディ達が登ってきた音すら気づかないようだ。
「まぁ予想はしてたけど、なかなか危ない趣味だね。」
「私たちみたいな子供には興味ないのはありがたいけど、さすがに放置はできないね。」
2人は並んで銃を抜くと、それぞれ鎖に向けて連続で発砲する。
空間に響いた何発もの発砲音とともにエルフの身体が床に落ちる音と鎖が床に頃る金属音が響いた。
「な、なんだお前ら!何者だ!」
うろたえる悪魔は、急いで自身の机が置かれたサーベルを取って抜刀する。
「おいおい。下にいた悪魔の方が強そうだったぞ?何者だお前は。」
エルフたちの間を通って前に立ち、2人で並んで悪魔を睨みつける。
少し太った見た目の悪魔は、左手に鞘右手にサーベルを握っているが、手に持ったサーベルの切っ先は小刻みに震えている。
「…あとでフルカスの墓でも作ってやるか。こんな奴の手下にならなければ、あの騎士は気高き騎士でいられたのかもしれない。」
「そう?悪魔は悪魔じゃない?」
「それもそうか。ぐちぐち言っても仕方ないし、抵抗する気がないんなら、さっさと死んでもらうよ。名も知らぬ悪魔。」
2人そろって右手の銃を悪魔の方に向ける。
悪魔と呼ぶにはあまりにも態度の似合わない悪魔の男は、震える手でサーベルを握りながら、2人の事を睨みつける。
「…はぁ。もういいかい?」
返答のない悪魔相手にウェンディが引き金を引こうとすると、それよりも先にロッティが引き金を引き、悪魔の頭を撃ちぬいた。
驚いたウェンディがロッティの方を見ると、ロッティは今までに見たことないほど怖い顔をしていた。
「…ロッティ?どうしたの?」
「……ウェンディは、見なくていいよ。」
ロッティが何を言ってるのかわからなかったが、ウェンディは何かを察して部屋の中を見渡した。
真後ろにはおびえながらも2人の事を知っているはずのレイもほかのエルフたちも、横を見ながら涙を流していた。
不思議に思いレイたちが見ていた方向に顔を向けた。ちょうどロッティで見えない位置だったため、一歩下がって見る。
「ウェンディ!」
ロッティの怒鳴り声のような声をよそに、ウェンディの視線の先には、暗がりの中で倒れてる数人のエルフが見えた。
血だらけになりながら、白い精液まみれのエルフの中で、小さい何かが見える。ミュイや数人の精霊たちだ。
何が起きていたか理解が出来ないウェンディに、ロッティが優しく方に手を置いた。
「…ウェンディ、戦闘に魔力を使ってたから探知魔術使ってなかったんだね。あそこの中には、もう息をしてない人も結構いるね。さっき一緒に来たノウと同じくらいの女の子もいる。」
「……慰み者にされたのか。」
「ウェンディ。少なくとも、私たちにも責任があると思う。真剣に悪魔たちを相手にしないで手を抜いてたのは事実だし。私たちは、ここの悪魔たちと何も変わらない…。」
「……もっと、急げば助けられたかもしれない。」
ウェンディとロッティが銃を握る手に力が入る。
地面に座り込んでいたレイがゆっくり立ち上がると、ウェンディ達の前に立つ。
「…それは、違うんじゃないかな。」
「……え?」
「ウェンディ達は、そもそもここに来なかったかもしれない。私たちがあの場所に来なかったけど、何か用事があったんだって言ってそのまま旅立っていたかもしれない。過去のことを考えても、今からじゃ何もできないんだし、今はウェンディ達がここに助けに来てくれたっていう事実だけで、いいんじゃない?」
「その通りだ。うぬらは難しく考えすぎる。」
レイの言葉の直後に聞き覚えのない声が部屋の中に響いた。
全員が声のした方を向くと、机の上に腰かけた女性がウェンディ達を見つめていた。
「……誰?」
ウェンディが問いかけると、あぁ忘れていたよといったような顔で口を開いた。
「私はアズラーイース。神に仕える主天使だ。魂の監視者と呼ばれている。悪魔の動向については神から監視するように言われていたが、まさか我らが眷属を襲うとは…。悪魔たちと仲が悪いとは聞いていたのだが、よもや集落を襲い自らの欲求のはけ口にするとは思わなんだ。悪魔の中には天使から堕天した者もいるが、今回の件にはかかわっていないようだ。」
「えっと、とりあえずあんたは天使ということでいいのかな。」
ウェンディが混乱する頭で理解しようと質問をすると、アズラーイースは優しく返してきた。
「ああ。私は神の使いであり、天使と呼ばれる存在で間違いない。証拠を出した方がいいかな。地上だと目立つからあまりやりたくはないんだが…。」
瞳を閉じて両手を広げるアズラーイースの周りには、淡い光が発せられるとともに宙を舞う白い羽根のようなものがウェンディ達の瞳には映った。
アズラーイースが目を開けると同時に、頭に光る輪と背中に大きな白い翼が現れた。
「ふぅ…。これで信じてもらえたかな?さて、今日は神から私に与えられた仕事とともに、神からこの悪魔を監視するようにと命じられていたため、ここに現れた。ここに居合わせたのも、何かの偶然だろう。君たちの悲しみを、少しでも癒してあげるために、かの眷属たちは私が連れてゆこう。君たちにも、神の祝福を。」
アズラーイースは話し終えて片足をついて跪くと、祈りをささげる。
ウェンディ達のいた空間はスッと明るくなると同時に、温かいオレンジ色の光に包まれた。
周りを見渡してからアズラーイースの方を見たウェンディの目には、アズラーイースの後ろに立った数人の人影が見えた。
「……先ほども言った通り、彼女たちは私が連れて神のもとに帰ろう。天国の地にて救いを与える。残る君たちには、祝福を与えよう。大切な隣人を失った君たちの、魂に救いを。」
それはよく街頭や街中でやってるような宗教勧誘では得られないような感覚だった。
アズラーイースの言葉が終わると同時に心がスーッと軽くなり、見えていた人影の顔が見えてきた。
先ほど見たエルフや精霊だった。
最初は、まるで睨まれているような目で見られていたが、気が付いたときには優しく微笑むような表情に変わっていた。
不思議な体験だった。
今までの自責の念も何もかもが、ミュイたちの魂とともに天使に連れていかれたような、そんな感覚だった。




