29話 魔獣討伐
草原に立ち並ぶ人影。
ウェンディ達のパーティとゴールドランクのパーティにギルド職員たちだ。
そこから後ろ、町とのちょうど中間の位置にはブロンズ以下の冒険者たちが立っている。最後の防衛ラインとでもいえるような存在で、本人たちが希望してきている。あの人込みの中には、カルノーやシエラの姿もある。
「…来た。」
ウェンディの探知魔術に、グリズリーたちの魔力が引っかかる。
しかし、探知魔術にかかった魔力反応は、どうにもブレイズ・グリズリーのものだけには思えない。
「これは…。餓狼もいるね。」
「餓狼?じゃぁ大規模魔術で一気に行って、撃ち漏らした魔獣を個々に撃破していこうか。リリー、いける?」
「私は闇系統しか使えないけど、それでいい?」
「人間でも闇系統が使える人はいるから大丈夫だよ。」
ワイワイ最前線で3人が話してる姿を後ろから見ながら、リアム達のパーティメンバーやギルド職員たちが、少し疑いの目を向けていることにウェンディが気づいた。
探知魔術は、近い距離であれば音声も拾えるのが災いし、リアム達の声がしっかりとウェンディの耳には届いていた。
「…あの子供たち、本当にミスリルランクなのか?ほかのギルドや、冒険者ギルドのプロパガンダとか、もしくは政治というやつか。俺は、あの2人が本当にミスリルほどの実力者のようには思えない。」
「しかし彼女たちの雰囲気や殺気は、明らかに普通の子供ではない。」
「一応、ギルドの記録では、ウェンディにはクレイジーラビットの撃破、ファスティトカロンの単独撃破やライアンギャングのブレイクニューモクム支部の壊滅。ロッティにはニューモクムでのミノタウロスの集団討伐記録。あとは共同戦果として、欧州の大規模誘拐グループである『レイテ』の輸送グループと襲撃グループの壊滅と奴隷の解放、ブラックドラゴンの共同撃退、レッサードラゴンの共同集団討伐などが報告されていますし、本当だとは思いますが…。」
「記録なんてものはいくらでも作れる。本当にあの2人が本物なのかは、戦闘をみればわかる。」
ずいぶんと好き勝手に言っている。
少し戦う理由がわからなくなったウェンディだが、それと同時にこれが終わったらさっさと町を出ようと心に誓った。
少し嫌な気持ちになっているのがロッティに気付かれ、そして多分なんでそうなったのかも気づかれたのか、おもむろに頭を撫でられる。
「…別に機嫌が悪いわけじゃないよ。」
「でも嫌な気持ちになったような気がした。」
少しむすっとしているウェンディに微笑みかけるロッティ。
お互いの顔を見て吹き出していると、後ろから叫び声が聞こえてきた。
「来たぞー!!」
おそらくギルド職員の声だろう。
森の方を見ると、大きな土煙と同時に木々をなぎ倒しながら熊と狼が走ってくる。
土煙と魔獣たちの群れにひるむリアム達や、他のブラスランクメンバーたちだが、一番先頭にいるウェンディ達は、静かに等間隔に横並びになっている。
「さ~て。あいつらはなんでこんなところまで来たんだろうね。」
「食料が無かったんじゃない?あの数の魔獣だし、養うには相当な量の食べ物が必要だったけど、足りなかったとか?」
「そうだとしたらちょっと申し訳ないね。倒した魔獣の素材は、しっかりと使ってあげなきゃね。」
「あ~ならごめんだね。私の魔術、すべてを焼き尽くしちゃうかも。」
「あ、私の魔術、すべてを消し去っちゃうかな。」
ウェンディの右に立ったロッティが両腕を左右に広げて魔術を唱え始める。
「≪火系統・城壁≫!」
ロッティが展開した城壁の名を持つ火系統の上級魔術は、森から出てきた魔獣たちを囲い、森を焼きながらしっかりと円を描いた。
大きく広げていた両腕をゆっくりと前に閉じていくと、張られた城壁が小さく縮み始め、最後は一気に小さくなって中心地で一気に破裂した。
巨大な火柱を立てると同時に周辺に強力な熱波を発し、2列目にいるリアム達をはじめギルド職員や、さらにその後ろにいるブロンズ以下の冒険者たち、他の方面に展開していた冒険者たちも熱波に飛ばされそうになり、リアム達に至ってはその場でうずくまっている。
「すごいねロッティ!この前の焦熱球もそうだけど、7階級魔術を発動させるなんて!」
「これでも成長してるんだよ~!流石に安定展開はできないけど、威力を絞らなければ発動だけならできるんだ~!」
「じゃぁ次は私かな!」
炎が燃え盛る爆音の中で、お互いに叫び合いながらリリーが右腕を前に突き出して詠唱を始める。
「ロッティの魔術、少し利用させてもらうよ!≪闇属性・黒爆≫!」
リリーの手のひらから発生した小さな黒い球は、ロッティの魔術の爆心地にスーっと音もなく飛んで行き、いまだに炎が上がるその場所で、城壁と融合する。
少しして、火柱がゆっくりと消えて爆炎が収まり始めると同時に、今度は黒い爆炎が上がり、さらに広範囲を爆炎で包んだ。
「ぐっ……!なんだ、これ……!」
「お、お前らー!飛ばされるな~!!」
冒険者たちが叫ぶ声がはるか遠くで聞こえる気がするが、3人は一切気に留めない。
少しして爆炎が落ち着き炎がなくなると、それまで草原だったはずの場所が、ほんの数分で焼け野原に変わってしまった。
2人が腕をおろし、真ん中のウェンディの方を見る。
「さーて。2人が減らしてくれたからには、私も何か貢献しなきゃね。」
銃のシリンダーを外して握り魔力を込めていく。
「≪無系統・硬化≫≪火系統・炎螺旋≫。」
手を開くと、シリンダーに赤い術式が浮かび上がっていた。
ウェンディはそれまでの経験から、一発ずつ魔術を付与するよりも、まとめてシリンダーに付与した方が魔力の節約になることが分かっていた。
シリンダーを優に銃に組み付けていると、森から熊と狼の魔獣が数匹出てくる。
「じゃぁ、あいつらくらいは私が相手をしようかな。」
銃をしまい、両手で刀2本を抜いて少し構える。
「≪火系統・火炎剣≫。≪風系統・神速≫。」
ウェンディの刀に炎が纏い、走り始めたウェンディが一気に加速する。
魔獣の横の通過と同時に横向きに切りつけると、炎がグリズリーや餓狼の身体が焼斬れ、真っ二つになる。
「さすがに速いね~ウェンディ。」
「ウェンディの加速魔術は多分人類の中でも上位に入るんじゃないかな。単純な魔術ならロッティよりも発動速度は速いし。」
ウェンディが刀を振り下ろし一息ついたときには、周囲には餓狼もブレイズ・グリズリーもいなくなっていた。
懐から懐紙を取り出して刀身を拭きながらロッティ達の所に戻ってくる。
両手の刀をしまうころにはちょうどロッティ達の所に到着した。
「お帰りウェンディ、さすがにこれくらいの魔獣相手なら苦にならないね。」
「まぁ苦戦するような相手ではないよね。」
3人で並んで2列目に待機していたリアム達の所に向かうが、最初にいたよりも数メートル後ろでうずくまっていた。
近寄ってみると、ゆっくり腕で体を支えて起き上がってきた。
「…何が、起きたんだ。」
「おいお前ら、大丈夫か…?」
「おい誰かポーションもってこい!」
ウェンディ達の起こした爆風や衝撃波は、思ったよりも冒険者たちにダメージを与えていた。
周りのギルド職員の中を歩み寄ってくるギルド長が目に留まるとともに、遠くの方でシエラに手を貸すカルノーの姿や、左翼にでうずくまるヴォルフの姿もちらっと見える。
「…ウェンディにロッティ、それにリリー。まさか本当にすべての魔獣を殲滅してしまうとはな。」
「報酬は期待しとくよ。」
「それより、ポーションが足りないの?」
ウェンディ達の旅において、ともに旅をしているロッティが治癒魔術を使えるうえ、ウェンディの煙管は魔力と体力、つまりはスタミナ的なものの回復効果がある。そのおかげで、旅をしているウェンディ達はポーションを買わずに済んでいる。
ポーションとは下から下級・中級・上級と続き、そこまでなら魔術師でも魔力を込めて調製することが出来る、傷や体力を回復する薬の事だ。
さらに上に存在するハイポーションやエリクサーといった、いわゆる霊薬と呼ばれる薬があるが、調製には錬金術師特有の魔術が必要とされ、現在市場にはほとんど流通することが無く、錬金術師も実際にどれほどの人数がいるのか不明とされている。
冒険者たちが飲んだり傷にかけたりしている。
「お前たち、一体何者だ…?」
ギルド長がウェンディ達の前に立って、どこかおびえているような目で睨んでくる。
「森から出てくる魔物を退治しろと言って草原一帯を焼野原に変えたり、闇系統の魔術を使って魔獣を消滅させたり、剣に炎をまとわせて一撃で魔獣を切り裂いたり。何者なんだ。」
「何者と言われても…。私たちは、ただ欧州から旅をしてきたただの少女だ。ロッティはブリタニア出身。私はガリア出身。リリーはこのライアン出身だ。」
「騎士の国ガリアに、魔術の国ブリタニア…。とはいえ君たちのような子供が……。」
ギルド長の話を無視しながらウェンディが町の方に戻っていく後ろをロッティ達が付いていく。
「私たちの仕事は終わった。戻らせてもらう。」
クインシーの町に来てからずっと機嫌のよくないウェンディをロッティ達が心配しながら後ろをついてくる。
まっすぐ町に向けて歩き、後方で待機していたブロンズ以下の冒険者たちの方に歩いていく。
自分たちに向かって歩いてくるウェンディ達を黙って避けていく冒険者たちに目もくれず、町に向かって歩く。
ブロンズ以下の冒険者たちを通過してすぐ、ウェンディが立ち止まった。
「ウェンディ?どうしたの?」
「……。」
顔を右に向けて遠くの森を睨みつける。
視線の先は、特になんの変哲もないただの草原とその先の森があるだけで特に何もない。
「…はぁ。今日はもうやりたくないなぁ。」
ウェンディは大きく伸びてから草原に寝転んだ。
とりあえずウェンディの隣に座るロッティとリリーに、ウェンディが小さく話しかける。
「あっちの森から、ブレイズ・グリズリーが向かってくる。さっきほど多くはないけど、たぶん20匹は最低でもいるんじゃないかな。」
「20匹かぁ。じゃぁここの冒険者たちでも倒せるかな。」
「どうだろうなぁ。厳しい気がするけど、私たちだけで報酬を総取りってのも良くないかなぁって。」
「う~ん。あ、じゃぁさウェンディ、あいつにやらせてみない?」
ロッティが指をさす方を見ると、そこには小太りな剣を腰に差した男と、小柄な旅僧侶がいた。
カルノーとシエラだ。
2人はこの後どうなるのかと話しているのが分かる。
「あぁ。確かにそれはいいかも。あいつ、多分それくらいの熊なら倒せるくらいの術師のはずだし。」
ウェンディは勢いよく起き上がると、カルノー達の方に歩み寄っていく。
近寄ってきたウェンディ達に気付き、2人も近寄ってくる。
「カルノー、ちょっといいかい?」
「ウェンディ、どうした?もう討伐は終わったんじゃなかったのか?」
「ちょっとね。そのままじっとしてて。」
そういうと、ウェンディはカルノーの周りをぐるぐるはじめ、持ち物をジロジロと見始めた。
「ウ、ウェンディ?どうした?」
カルノーはウェンディが何をしているのかわからずちょっと困惑気味だ。
横でそれを見ているシエラも同じような感じで、何が起きているのかわからずにいる。
「ウェンディ、その剣じゃない?」
後ろで見ていたロッティが、カルノーの腰に差した剣を指さした。
ウェンディがカルノーの前に戻って、腰の剣を見つめた。
少なくとも神聖魔術を使えないウェンディには何も感じないが、おそらく神聖魔術の使えるロッティには何か見えるものがあるんだろう。
「カルノー動かないでね。」
一言添えてから、勢いよく腰の剣を引き抜いた。
「なっ、ウェンディ何するんだ!」
引き抜くと同時に左手で制止された。
「ロッティこれ?」
「うん。地面に刺して。」
地面に剣を突き立てると、ロッティが剣に手を置く。
その剣に向けてロッティが魔力を込めながら、詠唱を行う。
「≪神聖・解析≫。」
剣に魔力を注ぎながら、あふれて周りに出てくる魔力が白い粒のように空中を舞うが、ロッティの呼吸に呼応するようにして剣が周りの魔力を吸収し始める。
周りに浮遊していたすべての魔力が剣に吸い込まれると、突然剣の刀身に黒い紋章が浮かび上がってきた。
「…やっぱり、これが呪物だったみたいだね。こいつの記憶を見る感じ、どこかのダンジョンで眠ってたみたい。でそこにカルノー、いや本当は違う名前かな。本当は『アルベール』。」
「なるほど。アルベールのパーティがそのダンジョンで剣の封印の解除かもしくは呪いの発動条件に触れてしまったと。」
「そういうこと。んじゃまぁ解呪しちゃいますか。ちょっと離れててね。魔術に巻き込まれちゃうから。」
ロッティの軽い口調とは裏腹に、ロッティが操っている魔力の量はさっきの城壁と同じくらいの大量の魔力がうごめいている。
ウェンディとリリーだけでなく、近くにいた冒険者たちも少しずつ離れていく。
「≪神聖・解呪≫。」
シンプルな名前だが大規模な魔術が展開され、ロッティを中心にして白い術式が現れる。
現れた術式に込められた魔力は、ロッティが息を吸い込んだと同時に手の置かれた剣に集まる。周りからは、術式が剣に吸い込まれるように見えた。
すべての術式が剣に収束した瞬間、剣はひとりでに崩壊する。
かけらには先ほどの黒い紋章が見えない。
ウェンディ達には、呪いが解かれたように映った。
「…うん。解呪は成功したよ。すぐに、アルベールの中に残った呪いも解かれる。」
ロッティの言葉とほぼ同時に、ウェンディの横に立っていたカルノーがうろたえ始める。
うめき声を出しながら、黒い霧のようなものを発し、おぼつかない足から力が抜けたかのように、そのまま膝から崩れ落ちる。
「カルノーさん!」
横に立っていたシエラがカルノーに触れようとする。
「…触ってはいけない。」
ウェンディがすぐにシエラの腕をつかみ、触ろうとするのを止める。
明らかに呪いが表面上に出てきているのに、そんなものにさわれば触ったものにも呪いが移る可能性は十分ある。
うめき声をあげているカルノーから出ている黒い霧が落ち着いてきたところに、ロッティが近寄って魔術を唱える。
「≪神聖・浄化≫。」
浄化の効果からか、そのままカルノーの様子は落ち着き始めた。
「大丈夫?アルベール。」
近寄ってきたウェンディが優しくといかける。
「……俺は、仲間を……。」
「仲間を、見捨てたの?」
「……。」
アルベールは静かにうなずいた。
「…助けられなかった。俺があの剣に触れなければ、もっとやりようはあったのに……。戦えれば、俺があいつらを助けられたのに……。」
「助けるだけが仲間なのか?アルベール。」
「魔獣が、大量に襲ってきたんだ。あいつら、俺が戦えないのを知って何もしてこなかった……。」
アルベールの目から涙がこぼれている。
地面にうずくまったまま、アルベールはごめんと言い続けている。
「…立てアルベール!お前には仕事がある!」
ウェンディが無理やりアルベールを引き上げると、涙と鼻水でひどい顔になっているアルベールがウェンディの顔を見つめる。
「今お前が戦わなければ、ここにいる奴ら全員死ぬんだ!わかるか!」
ウェンディが言ってることが理解できているのは、ロッティとリリーだけだった。
胸ぐらをつかまれて、子供に怒鳴られている自身が何を言われているのかわからないアルベールは、力なくウェンディの腕力に全体重をかけている。
刀を両手に握って全力で振るい、銃を片手で発砲するウェンディにとってみれば、アルベール一人くらいの体重はどうってことなかった。
周りの誰もが、ウェンディがおかしくなったと思っていた。もちろんアルベールもその一人だ。
しかし、徐々に響き始めていた地響きに気付き始めた冒険者たちは、逆にウェンディ達だけが気づいていたのだとわかった。
左翼側の森から大量の熊の魔獣が飛び出した。
「ブレイズ・グリズリーだー!!」
「まだ残ってるぞー!!」
左翼に展開していた冒険者パーティたちは、その数にひるんで敗走を始めてしまう。
アルベールが体重を預けたままその光景を見ていたところで、ウェンディがいきなり手を放し、アルベールの身体は地面にたたきつけられる。
「…リリーは魔力切れ、ロッティは連続で大規模魔術を発動しているせいで魔術を発動できるほどの気力は残っていない。あの数は私の魔術では一気に倒す事はできず力不足。アルベール、お前がどんな魔術を使えるかはわからないが、おそらくあの魔獣からクインシーと冒険者たちを守るに足る力だと思うが、違うか?」
何も言葉を発しないまま、ただ黙ってそのまま立ち上がる。
冒険者たちの間を縫いながら一番先頭に出ると、アルベールが両腕を広げた。
「…≪闇系統・|傀儡回し≪くぐつまわし≫!…起き上がり戦え!|骸≪むくろ≫ども!」
魔術の発動と同時に、地面がボコボコと盛り上がり始め、地面から剣や武器を持ち防具をまとった白骨死体や腐りかけの遺体が現れ、ブレイズ・グリズリーに向けて行進を始める。
「ぎゃぁぁぁああああああ!」
「なんだこいつらぁぁあああ!」
逃げてきた冒険者たちがその場で崩れるが、それを素通りして魔獣に向けて進軍していく。
|傀儡≪くぐつ≫の集団はどんどんと魔獣にとびかかり、襲いながらもゆっくりと確実に討伐を進めていく。
「やっぱり、|屍術師≪しじゅつし≫…。いやネクロマンサーだったのか。」
「…ウェンディ~。私も支えて~。」
大魔術を連続使用した後のロッティは、ウェンディに寄りかかってくる。流石に魔力が大幅に失われたんだろう。




