28話 依頼
「ウェンディ!来なさい!」
「はい!」
草原に立ったウェンディとエルザ。少し離れたところに立った二振りの刀を抱きしめるロッティ。
正面を向き合って立ったウェンディとエルザは、微動だにせず腰の銃の近くに手を固定したかのようにその場で固まっている。
どちらが先に動くか、ウェンディはエルザの手の動きを凝視し、エルザはウェンディが銃を抜いてハンマーを下げ始めるときの音に聞き耳を立てている。
2人とも一切動かずに草原に立ち尽くしている。
かれこれ10分近く向き合い続けていた。
沈黙を破って、最初に動いたのはウェンディだった。
腰の銃を抜くと同時にコッキングして銃口をエルザに向けると、エルザもウェンディがコッキングをする音に反応して銃口を向け、ほとんど同時に草原に銃声が響いた。
ロッティにはほとんど同時に見えた勝負も、両方の手元を見ればどちらがこの勝負を制したかわかる。
銃声は、ほんの少しだがウェンディの方が早く、エルザの放った弾丸はウェンディの首筋を掠め、ウェンディの放った弾丸はエルザの銃を弾き飛ばしていた。
「…ウェンディ、ほんの数日でクイックドローを身に着けるとは、戦闘における才能はとびぬけているな。合格だ。私から君に教えることは、もう何もない。」
「ありがとうございます。」
「次、ロッティ。君の腕を見せて見なさい。もちろん魔術を使っても構わない。」
「はい!」
木の陰に座っていたロッティが立ち上がってウェンディの方に近づいてくる。ウェンディはロッティのいたところに歩いていき、すれ違いざまに拳を当てる。
「がんばれ。」
「もちろん。」
木の陰に座り、鞄の中から掃除用具を取り出すと、銃身やシリンダーを外して撃ったチャンバーと銃身を掃除し、火薬と銃弾を装填する。エルザの勧めから、火薬はパウダータイプの物から油を軽くしみ込ませた紙で包まれたタイプに変更した。
草原では、ロッティとエルザが向き合っている。エルザはシリンダーに一発装填してホルスターに入れ、構えている。
自身の出番が終わり、2人を見つめていたウェンディには、ロッティの手の中で小さく発動していた赤色の術式がしっかりと写っていた。
(ロッティ、もう魔術を発動してる。あれは、火系統?ロッティの得意系統で勝負か…。)
かなりの間向き合っていたウェンディとエルザの時とは違い、ロッティとエルザの戦いはすぐに始まった。
ロッティが左手で銃を抜き銃弾を放つが、そこの速度でエルザに勝つ事は到底できない。
身体を右に倒しながら左腕で銃を握ったため、エルザの銃弾はギリギリを掠めて飛び去る。
「…≪火系統・火炎弾≫!」
右手で抜いたもう1丁で2発撃ち出した弾丸は、エルザの左右に着弾して小さな炎を上げる。
目が見えないエルザには、左右から感じる炎の熱と小さな爆音でロッティの動きが読めなくなって両腕を顔の前で防御するために構えている。
「くっ…!ロッティどこに…。ハッ…。」
気づいたときには、ロッティの気配は目の前に感じる。
「エルザ先生、少しでも動けば私の銃弾が頭を貫きますよ。」
左手の銃は額に、右手の銃は胸元に向けられている。
あきらめた表情を浮かべたエルザは、手に持っていた銃を手放して捨てて、両手を上げる。
「降参だ。ロッティも強くなった。たった数日で私を追い詰めるのだから、すさまじい才能だ。君たちの才能が、私にもあったらよかったのだがな。」
「ありがとうございます。短い間でしたけど、いろいろ学びました。」
「ウェンディにロッティ。いや、シャーロット。君たちが私から学べるであろうことは、おそらくもうないだろう。ここからは、君たち自身が応用する段階だ。頑張ってくれ。」
「「はい!!」」
3人で町に戻ると、銃砲店でリリーが待っていた。
リリーによると、冒険者ギルドから至急来てほしいという連絡が来ていたらしい。
エルザとケントに別れを告げ、3人は冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルドに入ると、ピリピリとして雰囲気と張りつめたような空気感がギルド内に漂っている。
「ウェンディさんとロッティさん!」
受付嬢が2人で駆け寄ってくる。
ウェンディ達の前まで来ると、他の冒険者たちの注目も一気に集まってきた。
どうやら、冒険者ギルドのこの雰囲気は魔獣かなにかのようだ。
「急いで上の会議室に行ってください!」
「ギルド長達がお待ちです!」
言われるがままに、階段を登っていくと、扉の前でギルド職員が立っていて、すぐにどの部屋かわかった。
部屋の扉を開けると、奥にギルド長が椅子に座って待っており、それ以外には大人数の冒険者たちが立っていた。中には、ヴォルフ達のパーティもいる。
「招集に応じてくれて感謝する。ガンフェンサーにガンズウィッチ。」
「その名で呼ぶのはやめろ。他人が勝手につけた名前だ。」
正直に、ウェンディもロッティもリリーもこの町のギルドがあまり好きではない。所属している冒険者の管理もできない冒険者ギルドに、半ば呆れている。
「…本題に入ろう。どうやら魔獣たちはこの町周辺に何かうまそうなものでも見つけたのだろう。グリズリーが移動中という情報を得た。種別はブレイズ・グリズリー。数は不明だが、この前のレッサードラゴンよりは多いだろう。」
ギルド長が話を進めるが、いまいちブレイズ・グリズリーが何なのかわからないウェンディとロッティ。
「ねぇ。ブレイズ・グリズリーってなに?」
「わかんない。ブレイズなグリズリーって事?グリズリーって何のことだろうね。」
「前にグリズリーってこの国の商人が言ってたけど、確かベアって意味じゃなかったっけ。」
「じゃぁブレイズって何?」
「わかんない。」
結局何もわからないままギルド長からの説明は続いていく。
どうやら今ここにいるのはゴールドランクとシルバーランクのパーティが1組ずつ、ブラスランクのパーティが3組いるらしく、ウェンディ達を入れると全部で6組のパーティがいることになる。
ブラスランクは2組で組み、もう1組はシルバーランクのパーティと組む。川を背にして正面の東側には、一番多く魔獣が来ることが想定されるため、ギルドの職員とゴールドランクパーティ。
「ミスリルランクの2人とその同行者の3人で、正面の撃破を頼みたい。ゴールドランクのリアム達は彼女たちが撃ち漏らした魔獣の討伐だ。」
「了解した。任せろ。」
リアムと呼ばれた鎧をつけたいかついおじさんとその周りにいたパーティメンバーが気合の入った声で返事をする。
その後の割り当てで、ヴァイス達はシルバーランクのパーティと組むことになった。
「ではこれより防衛に入る。各員、位置につけ。」
ギルド長の言葉で、すぐに冒険者たちは動き出した。
ウェンディ達もそそくさと部屋を出ようとするが、そこにギルド長が近づいてくる。
「ウェンディにロッティ、2人は最初の方いなかったから聞いていないだろうが、報酬についてだ。」
ギルド長室に行くと、依頼書を手渡される。
依頼書に書かれた条件は、ブレイズ・グリズリーの討伐であり、1体討伐ごとに6000Cが支払われる。
この世界の通貨は、欧州やライアンは共通だが東洋などの国は違う通貨が使われ、欧州やライアンの通貨であるCの下にPがあり、100Pで1Cになる。
元の世界とは違い、大きさが違うだけの硬貨のみで構成され、紙幣は存在していない。1P硬貨の上に10P硬貨があり、その上は1C硬貨、その上に10C硬貨、100C硬貨、1000C硬貨と、計6種類の硬貨で構成されている。
「報酬に異論はないか?君たちほどのランクの冒険者をこの額で使うことは、本来できないのだが。」
「問題ない。こちらとしたら路銀が稼げれば問題ない。」
ミスリスランクやアダマンタイトランク向けの高難易度クエストなんてものはほとんど存在しないが、そのうちの一つである『ファスティトカロンの集団討伐依頼』という、ウェンディがブリタニア海峡で討伐した巨大魚の群れを討伐する依頼は、その報酬は討伐数にもよるが最低5000万Cという高額になる。
もちろん常時出されている依頼ではなく、緊急時にのみ周辺国が連名で依頼を出し、今まではプラチナランクの複数パーティで討伐が行われていた。
依頼書を受け取り、ギルド長室を出て1階の酒場に降りると、さっきまで会議室で話を聞いていたパーティのメンバーが皆酒を飲んだり料理を楽しんでいる。
ウェンディ達は特に興味もなく、そのまま去ろうとすると、鎧を来た体格のいい男が話しかけてくる。
「待ちな!ミスリル!」
振り向くと、リアムと呼ばれたおっさん冒険者がこっちに向かって歩いてくる。後ろを見ると、他の冒険者たちもちらちらとこっちを見ている。
「お前たちも、食事をしていかないか?依頼の前に英気を養うという気持ちで集まってるんだ。」
「そうなんだね。でも、私たちは遠慮をさせていただくよ。」
「…言い方を変えよう。これはな、俺たちからすれば、最後の晩餐でもあるんだ。ブレイズ・グリズリーの群れは、俺たちからすると強敵で、確実に帰れないものが出てくる。あんたら程の実力者なら、死なないで済むのかもしれんが、俺らからすれば死地に行くようなもんだ。」
「…なるほど。それは大変だ。」
少し考えて、ウェンディはロッティとリリーの方を見る。
2人とも視線が合ったら、静かにうなずく。
「ならば、君たちは今回は死なずに戻れるだろうね。すべての熊を、私たちが殲滅すればいい。」
その一言に、唖然とするリアムとその周りで聞き耳を立てていた冒険者たちも、3人が発する殺気とも形容される気配を感じ、3人がギルドから出ていくのを黙って見守った。
「……あれが、ミスリルランク。」
誰かがボソッと言った言葉は、ギルド内に響いた。




