26話 思い出
レッサードラゴンの集団討伐。
実はクインシーのギルドから近々緊急クエストとして公開される予定だったらしく、ギルド内ではレッサードラゴンに対して警戒情報が出されていた。
クエストランクはシルバーランク。
ギルドに報告されていたレッサードラゴンは全部で10体前後で、それなら町にいるブラスクラスの冒険者たちが協力すれば対応しきれるはずだった。
しかし、ウェンディとロッティが報告したレッサードラゴンの生息数は全部で28体。
想定されていた数の倍以上が生息していた事が分かり、ギルドとしても対応しなければいけない事態になった。
「…受付の者の勘違いかと思っていたが、まさか本当にこの町にガンフェンサーとガンズウィッチが来るとは思わなかった。」
冒険者ギルドのギルド長室で、ウェンディ達3人はソファに座っていた。
ソファで煙管を咥えているウェンディとカップでコーヒーを飲んでいるロッティと興味なさそうなリリー。
「えっと、ウェンディとロッティかな?2人は登録されているが君は登録されてない。冒険者なのか?」
「彼女は私たちの旅の同行者。目的地が私たちの旅の途中にあるから一緒にいるだけよ。」
ギルド長の言葉に、ウェンディが冷たく返す。
少し困りながら、ギルド長は話をつづけた。
「すまない。私はギルバートだ。この町の冒険者ギルドでギルド長をしている。君たちのギルドカードは確認できた。魔力の照合やネックレスのプレートも照合して、間違いなく君たちがガンフェンサーとガンズウィッチなのが確認できた。本題に行こうか。」
一通りの確認事項を伝え終わると、ギルバートは何枚かの書類をウェンディ達の前の机に置く。
おかれた書類は依頼書やギルドの冒険者登録証などだった。
「君たちは、冒険者のヴォルフについて調べていたようだが、何か事情があったのか?」
「別に。偶然知り合った人がしていた話が引っかかって調べていたのよ。初心者冒険者の指導をしながらクエストをこなす。確かに腕はある程度立っていたけど初心者を教えるんなら最低でもシルバーはないとギルドとして問題なのではと思ってね。」
「…その指摘はもっともだ。経験と実力が不足している状態ということに変わりはないからな。君たちが何か思惑があって動いているとかいうわけでなければ、それでいいんだ。君たちにはこの依頼書記載の報酬に討伐報酬を上乗せして支払おう。もともと複数パーティを招集して行う予定だったクエストだが、支払予定の報酬をそっくりそのまま君たちに渡すことで帳尻があう。」
テーブルに置いた書類をまとめると、ギルバートはお金の入った袋を机に置いて頭を下げてくる。
「正直に言おう。この件、君たちがいなければおそらくは町は壊滅状態になっていただろう。ありがとう。この町を救ってくれて。」
ギルバートにお礼を言われて、ギルド長室を出ようとする。
「…ヴォルフは、問題行動が報告されていた。初心者冒険者に近寄って、女性冒険者に手を出す。中には集団で暴行を行った事例も報告されていた。他の町でそういうことを行い、捕まる前に別の町に逃げる。今回もそれを狙っていたんだろ。証拠はないが、略奪の疑いや盗賊との関係もうわさされている。」
ロッティとリリーが部屋を出てから、ギルバートはウェンディに向かってか話始めた。
ウェンディはその話を聞いても、特に何も言わない。
無言のまま扉のノブにウェンディが手を掛けると、ボソッと口を開いた。
「私の仲間のロッティは、人を殺したことが1回しかない。リリーは殺したことがない。」
「冒険者なら、人を殺すこともあるだろう。…だが、私は好きにはなれんがな。」
「私が好きなのは、剣の技術を磨く事。人を殺す事は、好きじゃない。」
一言残してからギルド長室を出て、そのまま1階の酒場に降りる。
がやがやと騒がしかった酒場は、ウェンディ達が降りてきたとたん一気に静まり返った。
ギルドとの交渉で、ウェンディ達の事を冒険者たちに公表しないことを条件にしばらくこの町に残ることになったが、あの時の冒険者たちが広めたんだろう。
後ろを見ると、リリーは特に何も感じていないような顔だ。そりゃもちろん基本戦闘には参加してないし会話すらもしてなかったから、話題に上がることはまずない。
しかし、ロッティの方は心底面倒臭いかのような表情を浮かべている。話題に上がっているのは、冒険者として登録しているウェンディとロッティの2人だ。歳とランクを考えれば目立つのも仕方がない。
酒場に降りても、テーブルにつくことなくそのままギルドの出口に向かう。
こんな状態でゆっくり話なんてできないし、そもそも3人とも人が多い環境は好きじゃないのが一番の理由だった。
ギルドから出て商店街を歩いていると、銃を掲げた店が目に入った。
「あ。ウェンディ、リリー。ちょっと寄っていい?」
「ん?珍しいねロッティ。銃弾がもうないの?」
「いやそうじゃないんだけど、私普通に魔術を展開することもあるけど、銃弾に付与して魔術を発動させたり、術式を弾丸に刻印して撃ちだすことが多いじゃない。銃1丁だと6発撃ちだすことしかできないから、もう1丁持ちたいなぁって思って。」
「あ~そういうことね。じゃぁ寄ってみようか。」
銃砲店の中に入ると、ニューモクムにあった店とは雰囲気がずいぶん違い、店の中は明るく店員も壮年の眼鏡をかけた気弱そうな男性と、ホワイトブロンドの髪を縛った灰眼の女性だった。
ニューモクムの銃砲店とは違い、壁には銃を飾られておらずカウンターの中に置かれ、店の壁にはライアンの国旗やクインシーの旗が掲げられ、絵なども飾られている。
「おやいらっしゃい。かわいいお客さんだね。何を買いに来たのかな?」
男がカウンター越しに声をかけてきた。
店の中を見渡しながらカウンターに近づくと、カウンターにいた男の後ろで銃を磨いていた灰眼の女性が、2人の腰を見ると、向き直って男をどけて話しかけてくる。
「…何をしに来た?」
最初は見えなかったが、向き直って右手を腰に持っていったところで、腰に銃を下げていることに気付く。
「銃を買いに来た。あと銃弾とか火薬とか。諸々。」
「…腰のもの、見せてくれない?」
ウェンディがゆっくりと話すと、女性が腰の銃から手を放しながらも目線はウェンディの腰から目を離さない。
ウェンディとロッティがお互いに目を合わせてから、腰の銃と刀をカウンターに置き、一歩ずつ離れた。
女性はカウンターに置かれた2人の銃を1丁ずつ手に取って確認していく。
一通り銃の動作を見てから、ウェンディの刀を少しだけ抜いて刀身を見る。
「……疑ってすまなかった。近頃は盗賊も出るというから、声は幼かったが雰囲気や感じる気配が子供っぽくなかったのでな。」
「…エルザさん。この娘たちは3人とも子供ですよ。」
「何?それはすまない。3人いるのはわかったのだが、2人からは硝煙の匂いと魔力、刀を持っていた君からは血の匂いを感じたものでな。もう1人は、少し異質なものを感じるな。」
「あの、おねぇさん目が見えないんですか?」
「あぁ。以前魔獣につぶされてしまってね。視力を失ってしまった。」
「エルザさん、視力をなくす前は冒険者をしていたんですよ。魔術も何もなしで銃だけでゴールドランクまで上り詰めたんですから。」
「昔の話だよ。」
目が見えないと言ったエルザという女性は、少し照れ顔になりながら頭を触っている。
男性に比べても遜色のない身長にごつごつとした手にすらっとした体形から、銃使いなのがよくわかる。白いシャツや薄い緑のズボンの下は、格闘家のような鍛え上げられた肉体とは違う、筋肉が程よくついた身体なのだろう。
「さて、君たちの銃だが、こっちのセカンドネイビー・ポケットはいい感じに当たりが付いてきている感じだね。手になじんて来たところかな。こっちの、ドラグーンか。いいねぇとても使い込まれている。私も同じ銃を使っているんだ。もっとも、これよりは新しいが。」
ロッティの銃を少し撫でてから、ウェンディの銃をしっかりとさり、自分のホルスターから銃を出してカウンターに置いた。
「わぁほんとだ。エルザさんの銃と同じですね。でもところどころ違うような…。」
「あぁ。この娘の持っているドラグーンはドラグーン初期型、私のドラグーンは最終生産型だからね。その間13年間。ずいぶんと改良が入ったし、これでいて結構軽くなったんだ。よく初期型なんて重い銃を使うね。疲れないかい?」
「あ~これ母の形見なんです。刀も。母が昔戦争で使っていたものらしいのですが。」
「へ~。そういえば、以前故郷の戦争で敵にドラグーンと刀を持っていた女性がいたな。名も知らない人だが、とても美しかったのを覚えている。深いブラウン。ほとんど黒といっても差支えのないほどの、ブルネットというのかな。まっすぐな長髪を翻して銃と刀を握る姿が今でも、脳裏に残っている。」
ウェンディの銃を握ったまま、ずいぶんと懐かしそうな顔を浮かべている。
「もう10年は優に過ぎているだろうな。戦争の中、崖の上でその人と銃だけで撃ちあった。雨だった。雨で雷管が湿気ないか、火薬がダメにならないかとかを考えながら戦場に向かい、たった1人のガリア兵に、私の部隊を全滅させられ、私も深手を負わされてしまった。」
話を聞きながら、エルザの語るガリア兵というのに思い当たる人物がいる2人は、お互いに顔を見合わせた。
「最初こそ、刀を右手に左手に銃を持っていた彼女だったが、私の銃弾で刀を落としてしまってね。そこからは銃だけで戦った。何発も撃ちあって、私には彼女の弾丸が当たるのに、私の弾丸は、何発撃っても掠めることすらなかった。そうして、気が付いたころには雨も上がって残りの弾丸が心細くなってきて、私も満身創痍になっていた。間違いなく格上の相手だった。膝をつき、銃を落としたところで、彼女も銃をホルスターにしまって、落ちていた刀を鞘にしまってしまった。」
「エルザさん、そこで命拾いしたといつも言ってますよね。」
「ああ。実際、あの時彼女が引いてくれたから生き延びることが出来たんだ。そうして、立ち去る彼女が吸っていた、独特な匂いの煙草の匂い、あれがあの戦争で一番印象深い情景だ。人生初めての敗北と、殺せたはずなのに相手は殺すことをせずに銃をしまって煙草を吸いながら立ち去ったんだからな。最初こそ、殺す価値もないのかと思ったが、あとから思うと、彼女の弾丸や太刀筋にはどれも『殺したくない。』『すまない。』という感情がこもっていた。彼女がまだ生きているのならば、また会いたいものだ。」
語り終えたかのような彼女は、語るつもりはなかったのか少し照れたような表情で謝りながら銃をカウンターに置いた。
話を一通り聞いて、ウェンディは懐から煙管を取り出して葉を詰めると、マッチを取り出した。
「ん?この匂い…。」
マッチで火をつけて煙を吸って吐き出すと、男性は何も気にしないかのような表情だったが、エルザは驚いたような顔をする。
「……この匂い、あの時の…。じゃぁ、君が?」
「おそらく、エルザさんが戦い、そして負けたというのは、私の母親。名前はソフィ・ラプラス。元ガリア帝国近衛親衛隊総隊長で、ゲルマニアとの戦争に参加して、終戦後に16歳で亡くなった。」
「そうかソフィか…。やはりガリア帝国人だったんだな。しかしもう亡くなっているとは残念だ。では君もガリア人?」
「出身はガリア。育ちはゲルマニア。」
「そうか。こんなところで、彼女の娘と出会えるとは思わなかった……。ケント、彼女は、どんな見た目をしている?」
名前を呼ばれた男は、ウェンディをまじまじと見てから、エルザの方を向き直って、まっすぐと彼女の目を見ながら話す。
「…髪は、多分エルザさんの言ったソフィって人と同じような暗めのブルネットで腰下まであるストレート。目は若干釣り目の黒よりのブラウン。欧州出身の人とは少し顔だちが違うかな。まだ子供だけど、他の2人に比べると少し童顔っぽいかな。」
そこまでケントが言い終えると、エルザの瞳から涙がこぼれた。
指を添えて涙をぬぐい、ウェンディの方を見る。
「記憶の中の彼女の特徴によく似ているね…。歳は、取りたくないものだ。」
なつかしさの涙が収まってから、エルザはウェンディの銃を手に取り、ハンマーを起こしてトリガーを引いてゆっくりハンマーを戻す動作を数回繰り返す。
「…君たちの、というよりもこのドラグーンだが、ずいぶん長い間手入れをされていないようだ。どこの動きも渋い。ずいぶんとガタが来ているようだ。オーバーホールさせてもらってもいいかな。」
「あ、そうでした!すみませんこの銃と同じものをもう1丁欲しいんですけど。」
「え?セカンドネイビー・ポケットかい?在庫にあったかなぁ。」
「ケント、裏の在庫棚の2番目の棚に確か1丁だけあったはずだ。すまないね。セカンドネイビーは使い勝手がいいから売れんるんだが、ポケットはあまり売れなくてね。こんな町では銃身の短い銃は用途が限られてしまって。」
ケントが奥から埃のかぶった木箱を持ってきてカウンターに置き、ふたを開ける。
木箱の中は、赤い布と短銃身の銃が収まっている。ロッティのセカンドネイビー・ポケットと同じ銃が取り出され、木箱はどかされ、銃だけになった。
「あ、2丁用のホルスターってあります?それもください!」
元気なロッティに押され気味に、ケントがハイハイとホルスターも持ってくる。
「前までのホルスターを加工しよう。その方がサイズもあってるだろう。」
倉庫にしまい込んでいたこともあり、新しい銃もほかの銃と一緒に整備してからもらうことになったため、丸一日預けることになった。ドラグーンやニューモクムで買ったセカンドネイビーも同様にオーバーホールを頼んだ。
銃砲店を出て商店街を見渡し、サンドウィッチを買って宿に戻る。
今日一日、3人はもうクエストを受ける気が一切なかった。




