19話 ブラッグドラゴン
ゲルマニアを出て1年と4か月半。
2000メートル近い山頂に2台のモトルが停まった。
「いや~やっと着いたね!山頂!!」
「空気が澄んでる!流石にここまで登ると気持ちがいいね!」
エンジンの音が静かな山頂に響く中、2人の元気な声が響いた。
魔物がいる山道を超えて、山道を登ってきたせいか疲れが出たらしく、伸びをしながらウェンディは振り向いて後ろに乗る同乗者の方を見た。
「どう?故郷はこんな感じだったの?リリー。」
モトルに跨るウェンディの後ろには、中腹で助けた魔人が乗っていた。
「私の故郷はこんな澄んだ空気じゃなかったよ!でも、ここの空気も気持ちいいね!」
盗賊と子供たちを連邦保安官と冒険者ギルドに引き渡し、ロッティの冒険者ランクが上がったことを通達される。
子供は総勢28人。
盗賊は14人いたらしく、盗賊団の一斉検挙に情報がつながるらしい。
あの場にいた事情やどのような状況で捕縛したのかなどの事情を記録されたのちに、ようやく旅が再開できるというときに、1人の少女が話しかけてきた。
「解放されたから故郷に帰りたいが、故郷がアパラチア山脈の向こう側で、簡単に超えられない。旅でアパラチア山脈を越えるのであれば、同行させてほしい。」
という内容だった。
少女は、頭部に小さい角が生えたいわゆる魔人の子供だった。年齢は、おそらくウェンディ達よりも年上だ。
2人は二つ返事でOKを出し、モトルの後ろに乗って山越えをすることになった。
「少し休憩をしたら山を下ろう。まだ日は高いし、日が暮れるまでには山麓まで降りれると思うから。」
「じゃぁ少しお茶でも淹れようか。ちょっと待ってね。」
ロッティが火系統の魔術でお湯を作り、お茶を淹れた。カップに入れて2人に手渡し、自分のカップにも入れてお茶を飲んで景色を眺める。
お茶を飲んでいると、ウェンディが山の尾根を見つめる。
カップをおいて立ち上がると、腰の刀を抜いてただまっすぐ尾根の向こうを睨む。
「ウェンディ?どうしたの?」
「魔物でも出たの?」
「……何か来る。」
ウェンディに言われ、2人も目線の方を見るが、特に何も見えない。
何がいるのかもわからない2人は、ゆっくりウェンディの方を見ると、さっきよりも厳しい顔になったウェンディが、刀身に炎をまとわせている。
その表情で、ウェンディと同格かそれ以上の強敵なことを悟る。
「…ねぇ、確かさ、このアパラチア山脈が開拓を阻んでいる理由の一つに、魔物の存在があるとかって言ってたけど、その魔物じゃないよね。」
ロッティが少しおびえるように言うと、ウェンディは何かに気づいたのか、目線を上空に向ける。
「上!」
ウェンディの叫び声で2人も上を向くと、黒いうろこに覆われた大きなドラゴンがその翼を羽ばたかせて、真上から飛来する。
「何こいつ!」
「これは、ブラックドラゴン!」
「≪風系統・浮遊≫!」
暴風と同時に浮かび上がったウェンディは刀で斬りかかり、ロッティは腰の銃を抜いて構える。
「はぁぁぁぁぁあああああ!!!」
振り下ろされた刀は、ドラゴンのうろこにはじかれ、傷もつかない。
「…固っ!」
「≪火系統・付与爆炎弾≫!」
ロッティが撃ちだす弾丸も、当たって爆炎を発生させてヒビが入るくらいだ。
「何これめっちゃ固い!」
ウェンディは左手でもう一振りの刀を抜いて同じく魔術を付与して、同時に何回も切りかかり、ようやくうろこが一枚砕けた。
砕けたと同時に翼で地面に向かって叩き落される。
地面に降りた瞬間、ウェンディはスッと血の気が引いて膝をつく。
「ウェンディ!」
なぜか急に呼吸が苦しくなった。
ロッティの叫び声と銃声が聞こえながら、少し落ち着いて呼吸を整えてから、もう一度立ち上がる。
「ウェンディ、大丈夫?」
「だ、大丈夫……。…あいつ、堕とす……!」
リリーが駆け寄ってきて心配そうな顔をしながら顔を覗き込んできたが、ドラゴンへの怒りから殺気だった顔を見てリリーはたじろぐ。
少し離れたリリーに目をくれず、ウェンディは魔術の詠唱を始めた。
「≪無系統・筋力強化≫≪無系統・思考加速≫≪無系統・痛覚遮断≫≪土系統・千里眼≫≪雷系統・高周波ブレード≫≪雷系統・加速補助≫≪火系統・雷系統・付与雷炎剣≫!」
複数魔術を同時に展開して、両手に握った刀に炎と雷をまとう。
ロッティがけん制のために銃でドラゴンを撃ち続けているが、どれも効果が薄い。
「≪風系統・浮遊≫!」
加速補助がかかっているおかげで、とんでもない加速で空に上がる。
ドラゴンの目の前に飛び上がった瞬間にドラゴンと目があった瞬間、ウェンディは再度魔術を唱える。
「≪風系統・超加速≫!」
大気をけってドラゴンに向けて飛び込むようにして加速するウェンディを、ドラゴンは前足で攻撃しようとするが、ウェンディの両手に握られて刀の刃によって切り裂かれた。
固く刃が通らなかったドラゴンのうろこを切り裂いて腕が吹き飛んだ瞬間、ドラゴン痛覚に気づかなかったのか、少し固まってから叫び声をあげる。
山頂で見上げていた2人は耳をふさぐが、ウェンディは痛覚を感じることなく切りかかる。
視線で追っていたウェンディを、体勢を変えながら尻尾で殴りかかる。
しっぽの一撃が直撃したウェンディは、吹き飛ばされるように少し下った岩場に叩き落とされる。
「「ウェンディ!!!」」
ロッティとリリーが駆け寄ろうとすると、ドラゴンが尾根に降り立った。
威嚇に吠えるドラゴンに、ロッティが拳銃のシリンダーを付け替えてリロードしていると、リリーが前に立った。
「リリー!危ないよ!!」
ドラゴンの目の前に立ったリリーを見つめて、ドラゴンは少し動きが止まって見えた。
ロッティが銃弾に魔術を付与して構えると、リリーが手を挙げて制止する。
⦅……私を誰と心得る。立ち去れ!⦆
ロッティには、リリーが何を言ったのかわからなかったが、リリーの身体から放出されるオーラや魔力から威嚇か何かをしたのだけはわかった。
威嚇に委縮したドラゴンは、翼を羽ばたき空に飛び立つと、そのまま飛び去って行った。
「…リリー。あなた、何をしたの?」
「……そんなことより、ウェンディを助けなきゃ!」
坂を駆け下りて、岩場で倒れているウェンディを助け上げると、山頂のに置いていたモトルや荷物を少し下った森の陰に移してテントを張った。
テントの中に毛布や布を敷いてウェンディを寝かせると、ロッティは傷の手当を始める。
ドラゴンのしっぽが直撃したウェンディは、右腕に左足、肋骨が折れていた。
折れた個所を固定して、ダメージの入った背骨などの骨を保護しながら治癒魔術を施していく。
「ロッティ、ウェンディの武器見つけたよ。」
そういって、リリーは周りに落ちていたウェンディの刀を集めて戻ってきた。
帰ってきたリリーに目もくれず、ロッティは治癒を進めていく。
かれこれ2時間近くの時間が流れたころ、テントからロッティが出てきた。
外で焚火をしてスープを作っていたリリーが、ロッティに気が付いて駆け寄る。
「ロッティ!ウェンディは!?」
「一応一通りの怪我は治したけど、多分衝撃波が内蔵にもダメージを与えてる。しばらくは安静かなぁ。とりあえず今日はここで安静にしてよ。」
「そっか…。スープを作ったんだけど、食べよ。」
「うん。ずっと魔術を使ってたからおなか減っちゃった。」
2人は黙ってスープをすすった。
しばらくすすってから、ロッティがリリーに切り出した。
「…ねぇリリー。リリーって何者なの?魔人というのはわかってるんだけど、あのブラックドラゴンを追い払った時のオーラ、あれって何なの?」
「……そうだなぁ。まぁいうなれば、魔人としての力なのかな。私ね、少しいい位の親をもつから、生まれながらにそれなりの力があるんだ。だから、本当ならあれくらいのドラゴン倒せはしないまでも、追い払うくらいはできるの。魔人は気迫を使って威嚇することができるから。」
「なんだ。そんなこともっと早く言ってよぉ。私もウェンディも魔人とかそういうのは気にしないよ?それに強いんならウェンディもこんな怪我をしなくても済んだのに。」
「2人にはあんまり知られたくなかったの。2人とも強いから、私が持ってる力を知られたら、殺されるかもしれないって。だから言い出せなかったの。…でも、2人ともそういう人じゃないって、こうして数日一緒にいるだけでもわかった。」
「ちゃんと、起きたらウェンディにも言ってあげてね。」
そのあとは、リリーが食器を片付けてロッティがウェンディの様子を見に来た。
テントの中に入ったロッティは、眠っているウェンディの傷を見始める。
しばらく怪我を見てから、ウェンディの服にしまわれてた持ち物を見ていく。
刀や銃に予備のシリンダーと弾丸に火薬、それに布の包。いつもウェンディが吸ってる煙管だ。
布を開けて中を見ると、銀の雁首に吹口と竹の羅宇の煙管と、厚紙の箱にマッチ箱が入っていた。
「へ~ウェンディの煙管まじまじ見るの初めてだなぁ。」
「……吸ってみる?母親の形見でよければ。」
「うわぁ!ウェンディ起きてたの!?」
「うん。どうにか帰ってこれたよ。ありがとうね、ロッティ。」
「も~心配したんだよ?でも生きててよかった。何か食べる?」
「ちょっと厳しいかなぁ。起き上がれそうにないし。」
「そりゃそうだよ。骨も折れてるし全身打撲で治癒したとはいえ内臓にもダメージが入ってるんだし、しばらくここで休んでいこう。」
テントからロッティが出ていき、ウェンディはそのままもう一度眠りについた。
ウェンディ達は、そのまま3日間山頂近くで野営をした。




