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18話 アパラチア山脈

 ゲルマニアを出て1年と4か月。

 ライアン大陸東側の山道を走る2台のモトル。

 ウェンディとロッティだ。

 ニューモクムを出て数週間経ち、アパラチア山脈を越えようとしていた。山麓の町で聞いたところ、どうやらさらに西側への開拓が進みずらい要因がこの山脈らしい。

 なだらかな山道を登りながら、少しずつ標高が上がってきていることに、エンジンの調子が悪くなってきたところで気が付いた。

 すでに1000メートル近くまで登ってきた2人は、少し早い段階で休憩を入れるために旅人の道から逸れてモトルを停めた。

「う~ん!疲れた~!!」

「そうだね。馬より速くて進める距離は長いけどどうしても疲れるのも早いね。」

「今日はここで休む?ちょうど近くに川もありそうだし、道からも割と逸れたから人も来ないと思うけど。」

「そうしよう。今日は朝から山に入って疲れたよ。」

 積んであった荷物からテントをおろして森の中の開けたスペースに建てる。

 ロッティが焚火の支度や食事の支度をしている間に、ウェンディが川で水を汲んで戻る途中、野生のシカが目に入る。

 ゆっくりと腰の拳銃を抜いて、シカの頭に照準を合わせて引き金を引き絞ると、発射された弾丸はシカの頭を貫いた。

 テントにシカを持ち帰ると、ロッティが駆け寄ってくる。

「銃声がしたから驚いたよぉ!それ狩ってたんだね。」

「うん。今日のご飯でこれ食べよ。」

 シカをさばき、肉を鍋で水や塩と煮込んでいるロッティの横で、ウェンディはシカの解体を進める。

 適当にシカ鍋を煮込んでいると、森の方から物音が聞こえてきた。

 ガサガサッと動物でも動いているのかというような音だ。

「…ウェンディ。」

「うん。なんだろうね。」

 折り畳みの椅子に座ってた2人は立ち上がって腰から拳銃を抜く。

 ハンマーを起こして2人して音がした方に銃を向けながら森の方にゆっくりと歩き出す。

 木の陰から音が聞こえたため、左右に分かれて木の裏に同時に銃を向ける。

「…えっと、人?」

「…人だね。……人なの?これ。人間というか、角生えてるんだけど。」

「どうしよう。この人。」

「まぁとりあえずテントの方に運ぼう。流石に放置はできないでしょ。怪我もしてるし。」

「そうだよね。じゃぁ運ぼうか。私が傷の手当をするからウェンディ料理の続きお願いできる?」

「いいよ。じゃぁテントに運ぼう。」

 森に倒れていた傷ついた裸の少女を担ぎ上げてテントに担ぎ込むと、ロッティが中で治癒魔術を使って怪我だけは治していく。

 外でウェンディが周りを警戒しながら鍋を煮詰めていると、山道の方からわめき声と一緒に男が数人早歩きで近づいてきた。

 テントの真横に立った男たちは、苛立った様子で銃を片手に怒鳴り込んで来た。

「おい貴様!ここいらで魔人のガキを見なかったか!」

 とっさにフードをかぶったウェンディは、顔を隠しながら返答をする。

「魔人?いや私たちは夕方からここにいるけど、そんな人は見てないかなぁ。その子供はどうしたんだい?」

「ふん!俺たちの|商品≪・・≫が逃げたんだ。魔人のガキは珍しいから高く売れるんだ。まぁいい。他にも人間のガキは大勢いる。」

「そうなんだね。まぁそんなこと私たちには関係のないことだ。用が終わったのならさっさと立ち去ることだね。」

「なんだと!このクソガキ…。」

「やめろ!!アイツの脇を見ろ…。」

「ああ!?」

 声を荒げていた男は、隣に立っていた仲間らしき男に言われてウェンディの脇に視線を落とす。

 ついさっきまで左手は左ひざの上に置かれていたのに、今は右腰に下げていた拳銃をこちらに向けてハンマーを起こしていた。

「……!?」

「もう一度言おう。用が終わったのなら、さっさとここを立ち去ることだ。私の機嫌が悪くなる前にね。」

 焦りを見せながらも、男たちは走ってキャンプのもとを立ち去った。

 探知魔術で周囲から男たちが消えたことを確認してから、ウェンディはテントの方に声をかけた。

「ロッティ、具合はどう?」

 声をかけてから少しして、テントからロッティが出てきた。

「うん。体の怪我は一通り治療できたよ。意識を失ってるのは、極度の栄養不足、まぁごはん食べてなかったんだね。」

「そっか。…ちょっとここお願いしていい?少し出かけてくる。」

「どこ行くの?」

「…私の機嫌を悪くした人たちに、憂さ晴らしの相手になってもらいに行ってくる。」


――――――――――――

「うぅ…。」

 目が覚めると、毛布にくるまれてテントの中にいるようだった。

 毛布から腕を伸ばしてテントの天張りに向けてみるが、先ほどまで感じていた痛みはすっかりなくなっている。それどころか、とても体の調子がいい。

 ふとテントの外に意識を向けると、少し騒がしいことに気が付く。

 毛布で体を隠しながら、恐る恐るテントの外を見ると、ぼろ布を来た子供たちがカップでスープを飲んでいる。

「…どこなの?ここ……。」

「目が覚めたようだね。」

 突然かけられた声に、咄嗟に焚火の方を見ると、東洋の服を着た少女とメイド服の少女が焚火の前でスープを飲んでいる。彼女たちからは、火薬が焼けた匂いと、強力で研ぎ澄まされた魔力を感じる。

「あなたもスープを飲んで。おいしいよ。」

「安心して。変なものは混ぜてないから。しいて言えば山麓の村で買った調味料かな。見たことなかったけどおいしいよ。変なものも入ってなかったし。」

 差し出されたカップを受け取って恐る恐る口をつける。

 スープを口に浸けた瞬間、口の中に薄い塩味だけなのに優しい甘さも広がった。一緒に入っていた肉はさっぱりと淡泊ながらも、優しい味のスープと絡むとスッと身体が温まった。

 ふと2人の方を見ると、にやにやとこちらを見ていた。

「そんなに照れなくてもいい。君たちを運んでいた盗賊はすでに捕縛済みだよ。」

「捕縛…?」

「ああ。君を見つけてすぐに男たちが君を探しに来たんだ。で、彼らの話し方に苛立った私たち2人で彼らを強襲して子供たちの救出と彼らの捕縛もできたんだ。まぁ何人かは殺さざる負えなかったけどね。」

「最初はウェンディ1人で行くって言ってたんだけどね~。私も行きたかったからついて行っちゃった。」

 この2人が何を言っているのかわからなかった。

 火薬のにおいをさせて、人間を殺して来たというのに、なぜこんなにもにこやかに笑っていられるのか。まるで散歩にでも行くかのように盗賊団を討伐する。この2人のこの雰囲気が全く理解できなかった。

 気が付くと、手に持っていたスープが空になっていることに気づいた。

「そろそろ眠るといい。君たちはみんなどこから連れてこられたかわからないんだ。明日一度山を下りて山麓の村で連邦保安官と冒険者ギルドに連絡を取ってもらおう。今日はもう寝るといい。」

 少女の言葉通り、子供たちは毛布にくるまって眠りについている。テントの中で眠っている間に彼女たちの手によって助け出される過程で、かなり彼女たちを信頼することがあったんだろう。

 助け出された子供たちの中でも、怪我のひどかった子供は彼女たちが治療してからテントで眠りについていた。

「…でもまさかここまで登ってまた降りるとはね。」

「仕方ないよ。あの数の子供を連れて山越えは無理だし。それに捕まえた盗賊たちもいるんだから。盗賊を連れて山を越えてもライアンの軍も駐屯出来てない地域に突っ込むだけなんだから。」

「自分たちで首を突っ込んだんだし、仕方ない話だね。山ならまた一から登ればいいんだし。」

 焚火の方から、さっきの少女たちの話し声が聞こえてきた。

 彼女たちに興味がわいたのか、盗賊の荷物にあった適当な服を着てから、テントを出た。


――――――――――――

 焚火の前でスープの残りをロッティと一緒に分けて飲んでいると、テントの方から布がこすれる音がして振り向くと、さっきの魔人の少女がテントから出てきていた。

「おや、起こしちゃったかな。ゆっくり寝るといい。見張りは私たちでやるから問題ないよ。」

「…聞きたいことがあるの。なんであなたたちは、見ず知らずの私たちにここまでしてくれるの?荷物を見る限り旅人でしょ?こんなところにいるんだから山を越えて向こうの開拓地、フロンティアを目指してるはず。一刻も早く行きたいでしょうに、なんで私たちを助けようと思ったの?」

 畳かけるように、だが冷静な声音で問いかけてきた。

 聞かれてすぐに返答したのは、ロッティだった。

「ああいう人たちが嫌いだからかな。それに、私たちの旅は急ぐものじゃないからね。」

 それを聞いて、ウェンディはそれ以上の答えを出せなかった。

「そうだね。私たちの旅は、急ぐものでも、戻るべき場所があるわけでもないから。」

 その言葉と同時に、胸がズキッと痛む感覚がした。

 痛みと同時に、頭の中ではガリアで世話になったメリッサやブリタニアの師匠。何よりも、ゲルマニアでウェンディの帰りを待っているディアの顔を思い出した。

 ディアの顔を思い出し、自分の言葉の重みを打ち消すかのように、ウェンディは煙管に火をつけて煙を吸った。

「……。」

 何かに気が付いたような顔のロッティは、何も言わずに魔人の少女の方を向きなおした。

「どうかな。私たちの答えはこれくらいなんだけど、納得した?」

「なんとなく。でも自由を求めてるのはなんとなくわかった。」

「もう寝るといい。明日は朝から山を下ろう。」

「わかった。おやすみなさい。」

 魔人の少女は、そのままテントの中に戻っていった。

 翌朝、ウェンディ達は盗賊の馬車を回収すると、ロッティのモトルと子供たちを馬車に乗せて、盗賊たちは歩かせながらウェンデイがモトルで横を走りながら山を下った。

 山麓の村に到着するころには、馬車の子供たちとロッティはすっかり仲良くなって、ウェンディは盗賊たちから恐れれらていた。

 村の村長に頼んで政府やギルドに連絡を取り、冒険者ギルドの担当者が到着までに3日、連邦保安官たちが到着するのに4日かかり、そこから調査や取り調べなどが行われ最終的にウェンディ達が再度アパラチア山脈に向けて出発できたのは、2週間後だった。

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