16話 モトル
ミノタウロスが街中で暴れた事件から1週間が過ぎた。
破壊された町も少しずつ復興の兆しを見せ始め、離れた冒険者たちも少しずつではあるが戻り始めていた。
ミノタウロスとの戦闘で最も活躍したウェンディとロッティは、事件の全容を保安官や自警団に冒険者ギルドが調査を終えた収束から5日後、冒険者ギルドからはランクの昇格、保安官事務所や行政からは賞金とと、それとは別に何か用意するということだった。
「まさか私までBランクに成れるなんてね~。」
「ロッティも保安官たちを守って魔術行使してたし、私たちからすれば安定行使できる魔術でも、ロッティの|炎障壁≪フレイム・ウォール≫も、私の爆裂弾もどれも3階級魔術、中級魔術に分類されるの。魔術が使えない人からしたらそれだけで十分すごいんだよ。」
「確かにそうだよね~。私は安定行使できるのが3階級でも、やろうと思えば4階級くらいは使えるし、ウェンディも安定行使は5階級まで使えるもんね~。しかも上級魔術に分類される6階級と7階級も安定しなくても行使できるし、冒険者なら2階級か1階級しか使えない人多いもんね~。」
「まぁランクが上がる分にはいいんじゃない?あって困るものでもないし、何より依頼を受けてもらえる報酬も増えるし。」
いつもの宿屋で雑談している2人の部屋の扉を誰かが叩く。
ロッティが扉の方に近づくと、外から保安官たちの声が聞こえる。
「ウェンディとロッティ、保安官事務所まで来てもらえるか?俺たちのボスが話があるそうなんだ。」
「ギリーさんが?わかりました。すぐ向かいます。」
「わざわざ呼び出すなんて何があったんだろうね。いつもなら自分からこっちに来るのに。」
保安官たちが立ち去っていくのが聞こえてから、上着を着て刀と銃を腰につけて部屋を出る。
煙管の煙を吐き出しながら町を歩くウェンディと、その横を歩くロッティ。
保安官事務所までの道の途中には、自警団の拠点があったのだが、前を通りかかったとき、封鎖されているのが目についた。
「あれ?自警団は?」
「あぁ。この前の事件の時、ほとんどが殺された影響で組織としての体制を保てなくなって解散したんだよ。でもまぁ保安官も今少ないし、政府がどうにかするんじゃない?」
自警団の拠点があった場所から少し歩いたところに、保安官事務所はあった。
4階建ての建物で、1階は受付では保安官助手たちが立っている。
人口の多い町なだけあって保安官の数も多く、2階の半分と3階は保安官たちの待機所になっている。
建物の4階に登って街道側の大きな部屋に入る。
部屋に入ると、スキンヘッドの男がデスクに座っている。ニューモクムの保安官のボス、ギリーだ。
「ギリーさん、来ましたよ。」
「おおウェンディにロッティ!待っていたぞ!」
ギリーに案内されて、部屋の真ん中に置かれたソファに腰かる。
出されたコーヒーをすすると、反対側にギリーが座る。
「さて。ウェンディ・ラプラス、シャーロット・スチュワート。改めて、今回の事件は助かった。どれだけ感謝しても、君たちには感謝しきれない。事件の真相だが、あのギャング達が魔物の子供を欧州のアホな貴族どもに売り飛ばそうとしていた。そしてその魔物の親とその群れでこの町を襲ったというのが真相だった。」
(なるほど。じゃぁギャングが連れてきたのは別に成体ではなかったのね。あの拠点の地下にいた幼体たちはギャングの商品だったのか。)
「ならあそこで幼体を殺してしまった私に、何か罪を負わなければならない責務があるということ?」
「いや、ウェンディは冒険者であり、魔物を殺してはいけないという法律も存在しない。今回君たちを呼んだのは、褒美として渡すべきものが用意できたからだ。これで、君たちを我々が引き留める理由はない。ウェンディはガリア、シャーロットはブリタニアから来たんだ。こんなところで引き留めることはできない。」
ソファを立ち会がり、机の中から紐が結ばれた鍵を2本手渡してくる。
非常に簡素な鍵を1本ずつ受け取ると、ギリーは扉を開けて2人を呼ぶ。
「用意するのは大変だったが、君たちへのお礼と考えれば安いものだ。軍の到着を待っていれば、このニューモクムはミノタウロスにつぶされていた。保安官だけでは間違いなく勝てなかったからな。」
ギリーに連れられて事務所の1階に降りて裏口から出ると、シートを掛けられたものが2つおいてある。
シートの隣に立ったギリーは、かけられたシートをとる。シートの下には、タイヤが2つ付いてエンジンやタンクが付いた、ウェンディは前世で何度も見た物がおいてあった。
「ライアンで少し前から起業した企業であるネイティブという会社が作ったモトルという乗り物だ。魔力を凝縮して液状化したものである魔力水を真ん中のタンクに入れてそれをエネルギーにエンジンをまわし、走行するというものだ。馬よりも早く長距離を走れる。君たちの旅の足になるだろう。」
「いいの?確かモトルってまだかなり高額じゃなかったっけ。」
「いいんだ。この町の住人を救ってくれてさらにはギャングの壊滅もしてくれた。シャーロットも保安官や住人たちの安全を守り、さらには保安官の傷まで癒してくれた。これでも足りないくらいだ。役に立ててくれ。」
「わかった。」
「ありがたく使わせていただきます!」
数日間、2人はモトルの運転になれるために乗り回す。
ウェンディも前世で同じようなものを知っていたとは言えど、乗ったことはなかったため、ロッティと同じくなれるためにずいぶんと運転の練習をした。
「ウェンディ~。これ結構難しいけど乗れれば馬より楽かもね。」
「揺れも馬より小刻みだから疲れは少なさそうだね。」
結局1週間が過ぎたころ、食料の買い付けなども含めてようやく旅に出る支度が整った。
そうして旅立ちの日の早朝、誰にも伝えないで2人は宿屋の部屋に手紙とお金をおいて出ると、誰にも見つからないように町はずれに行き、荷物の確認をしてから乗り込む。
タンクの蓋を開け、中に魔力水が入っているのを確認してからキックを踏み込んでエンジンを掛ける。
「大丈夫そうだね。」
「うん。ここのとこずっとこれの乗り方を練習してたから大丈夫だよ。」
「じゃぁそろそろ行こうか。」
霧が立ち込めるニューモスクのはずれで、ドコドコと音を立てているモトルに跨る2人に、後ろから声がかけられた。
「水臭いじゃないか。声もかけてくれないなんて。」
振り返ると、宿屋のママや旦那さんに商店の親父さん、さらに町でよく話した人や武器屋の親父に保安官たちも立っていた。
ぞろぞろと近づいてくる人たちに、2人は顔を合わせてあちゃ~という顔をする。
「見つかっちゃったかぁ。」
「バレない様に出発しようと思ったんだけどね~。」
モトルを降りようとすると、2人の肩に手を置いた。
静かに首を横に振ると、2人の所から少し離れる。
「せめて、見送りだけはさせて頂戴。あなたたちに救ってもらった命だもの。この命が、ちゃんとあるのよと見せたかったの。」
「ウェンディにロッティ、またこの町に来てくれ。次来るときは、このニューモクムはもっと大きな町になってるはずだ。」
「はい!絶対また来ます!」
「この旅の中で、またこの国に来ることがあれば、この町にまた来ます。」
挨拶をして、ハンドル右側のクラッチレバーを握って、左の足元のペダルを踏み込み、ハンドル左側のスロットルをまわしながらクラッチを離して走り始める。
約1か月ニューモクムに滞在してから、2人は新大陸の旅を再開した。