15話 ミノタウロス
二本の川に挟まれたニューモクムは、川の対岸の町も含めて6万人弱の人間が生活している。それは一般市民も自警団も保安官も冒険者もギャングもすべてひっくるめてだ。
住民たちは自分の家に引きこもり、自警団や保安官たちは町の中で魔物と戦っている。冒険者たちはもともと流れ者だったこともあってすでに町から逃げ出したようで、冒険者ギルドも扉を閉め切って誰もいない。
「クソッ!冒険者どもはどうしたんだ!」
「もう町の外だ!誰も残っちゃいない!」
「軍はどうした!俺たちだけじゃこんな奴やどうにもできないぞ!」
持ち込まれた魔物は、いわゆるミノタウロス。牛の頭に人間の身体。強力な筋力で振るわれる拳の攻撃と、最大2階級相当の魔法を繰り出してくる、ベテラン冒険者でも苦戦する魔物だ。
ウェンディやロッティは旅をして移動し続けている、冒険者ギルドから提供されるクエストをこなしていないため、冒険者ランクは最低のEランクなのだが、ミノタウロスとはBランク程度の冒険者パーティで挑む魔物であり、もちろんのことながら、自警団や保安官は対人間の取り締まり機関であるため、そう言った相手には冒険者や軍が対応する。
「ぐああぁぁぁ!」
少数がライフルを装備しているとはいえ、どれも軍の払い下げのマスケット。金属実包を使用する現行のヘンリー・レバーとは違い連発速度が非常に遅いために1発撃って再装填中に襲われてします。
「おいしっかりしろ!町に残ってる冒険者はいないのか!」
「さっき保安官が1人残ってそうな冒険者2人を探しに行った!そいつらが残っててくれれば対処できるはずだ!」
そんな中でも、保安官や自警団のメンバーは次々と倒されていく。中には即死の人間もいる。にもかかわらずミノタウロスは1体も減っていない。
拳銃も金属薬莢に対応していないパーカッションリボルバーであるセカンドネイビーがほとんどのせいで、撃ち尽くせばまたも再装填に時間がかかる。
保安官も残りが数人になってきたところで、ミノタウロスの拳が保安官の1人をとらえた。
「う、うわぁぁぁあああ!!」
防御のために腕を目の前でクロスさせた瞬間、ミノタウロスが炎の壁に包まれた。
「≪火系統・炎障壁≫!」
周囲のミノタウロスが一気に炎の中に飲み込まれ、焼き尽くされていく。
「≪火系統・付与爆裂弾≫」
炎の障壁で焼き尽くせなかったミノタウロスに、魔術を付与された弾丸を撃ち込まれ、爆発四散する。
保安官や自警団の人間は、何が起こっているのか理解できずにいると、保安官を1人担いだ独特な東洋の服の少女と、メイド服姿の少女が歩いてくる。
「ずいぶん大量にミノタウロスがいるみたいですね。あ、これはさっき私たちを呼びに来た保安官です。戻る途中でミノタウロスにやられていたので連れてきました。」
「皆さんご無事ですか?炎障壁で一応このあたりのミノタウロスは殲滅で来ていると思いますが、まだどこかに隠れている可能性があるので気を付けてください。」
「う、ウェンディとロッティ、なのか?」
「た、助かったのか…。」
安堵したかのような表情を浮かべている保安官たちを無視して、ウェンディは担いでいた保安官をおろしてロッティに話しかける。
「ここ任せてもいい?保安官や自警団には生き残っていてもらわないと困るから。」
「いいけど、ウェンディはどこへ行くの?」
「う~ん。とりあえずミノタウロスの殲滅かな。もしくはギャングの居場所を探し出してつぶすとか?」
「まぁ、気を付けてね。一応治癒魔術は使えるけど、あんまりひどいけがは治せないからね。」
「もちろん。とりあえずミノタウロスは殲滅してくるから。」
そういって振り向くと、燃え上がる炎の障壁の目の前を歩いて立ち去る。
倒れている保安官や自警団のメンバーを保安官事務所に運び込んでいる保安官たちを見てから、ロッティは魔術を解除する。
さっきまで大量にいたミノタウロスも、炎によって消え去っていた。燃えカスも特に残らないほどの高火力は、地面を焦がしながらも周囲の建物には熱のエネルギーを放っていないのか燃えた様子はなかった。
「……さて、とりあえず保安官の人たちの傷でも見ようかな。」
町中のミノタウロスを1体1体殲滅してから、明らかに保安官でも自警団でも冒険者でもない風貌の人々が扉の影からちらちらと外の様子を見ている建物を見つけたウェンディは、煙管を手に持ち、建物の屋根からまっすぐとその扉を見つめていた。
「……≪火系統・付与爆裂弾≫。」
魔術を付与した弾丸を扉に向かって撃ち込み、扉とその近くに潜んでいたギャングを壁ごと吹き飛ばす。
銃をホルスターにしまい、両手に刀を持って建物の中に入る。
「なんだ!何者だ貴様!」
「おいウォリアーども呼んで来い!」
ギャングが叫ぶと、ライフルや両手に拳銃を持った男たちが奥から出てくる。
叫んでいるギャングの前に出たウォリアーと呼ばれた人々が銃を構えている前で、ウェンディは両手に持った刀を握りなおし、男たちを睨む。
「…先に言っておく。この距離は、私の間合いだ。私の間合いの中で、銃を撃つ時間があるなんて思わないことだ。」
(久しぶりに、本気で剣を振れることに、感謝します…。)
一瞬の思考と同時に、男たちとの間合いを詰め、特に魔術も何も使わずにどんどんウォリアーを殺していく。
そんな調子で斬っていればすぐに前に出ていたウォリアーは全滅し、後ろにいるギャング達にも刃が及ぶ。
音に気付いて出てきたほかのギャングも銃を抜くより先に切り裂き、階段を駆け上がる。
ゲルマニアを出てからちゃんと剣だけで行った戦闘はガリアに入った直後の戦闘だけで、こうして握り慣れたバランスの刀で人を斬る機会というのは、前の世界では確実になかった機会だ。
1階から3階までにいたギャングは一瞬で切り裂かれ、すぐに4階の広い部屋につく。
部屋に入ると、ソファに座った男が1人座っている。
「ん?子供か?なんだあの野郎ども、ガキなんかにやられて死んだのかよ…。」
ソファから立ち上がると、壁に掛けてあったサーベルを手取り、鞘から抜く。
「だが、銃で武装してたはずのウォリアーどもを全滅させたんだ。ガキとは言え侮れないな。」
長髪に乗馬用のブーツを履き青いズボンに青いジャケットの軍服のような服を着た男は、振り向きながらもう一度口を開く。
「俺は、ライアンギャング『ブレイク』のアンダーボス。ジョセフ・ウィリアムズだ。元ライアン陸軍大尉。お前、名前は?」
「…ウェンディ。ウェンディ・ラプラス。旅人兼冒険者。」
「ウェンディか。分かった。…ん?ラプラス?お前、ソフィ・ラプラスの親族か?」
「ソフィ・ラプラスは、私の母親。」
「英雄の娘か…。なら、手を抜くわけにはいかないな。さぁ、行こうか!」
ジョセフの剣は確かに早かった。繰り出される剣はどれも並みの剣士ならさばけないだろう。
しかし、武道の領域でウェンディの目にとらえられないほどの人間など、そうそう存在しない。
剣道というものは、日本古来からある剣術とは違うもの。
剣道というものは、スポーツであり精神力を鍛えることを目的とする。ウェンディは、前世で剣道の試合においてよくほかの選手がしないような咄嗟に片手で竹刀を振り下ろしたり独特の構えをしたりするなど、周囲からは『勝ちにこだわる剣』などと呼ばれることがあった。
前世のウェンディの剣は、評論家たちに言わせれば剣道ではなく、剣術だった。そして、それは前世のウェンディもそう思い、剣道を習った記憶など一切なかった。
ジョセフの剣術は確かに優れ、優れた剣士であるということは認められる。
しかし、繰り出される技をすべて躱され、一撃一撃重い攻撃を打ち込んでくる少女に、ジョセフの焦りは加速している。
自分より年下で、体格も腕力も劣っているはずの少女に勝てないどころか、押され始め息も上がり始めていることに気づくまいと、必死に剣を振るった。
「…もうやめない?このままいけば、私はあなたを殺しちゃうよ。」
「ハァ…ハァ……。…ギャングの、アンダーボスとして、負けるわけにはいかねぇよ……。それに、元陸軍軍人がそうやすやすと負けてたまるか……!」
「そう。じゃぁ、すぐにでも部下たちの所に送ってあげる。」
一歩目を踏み込むと、右手に握った長刀をジョセフの首筋に振るう。ジョセフは、ウェンディが動くまではとらえられたが、振るわれた刀の切っ先まではとらえきることができず、のど元に刃が当たる。
(あ、間に合わねぇ…!)
ジョセフの思考が手に取るようにわかるが、刀を止める気のないウェンディは、そのままジョセフの首を斬り飛ばす。
床に倒れるジョセフの胴体と頭を見下ろしながら、正直ウェンディはがっかりしていた。
「……もう少し、楽しませてくれると思ったのに。」
両手の刀を鞘にしまうと、向き直って部屋を出る。
建物に入ってから一度も魔術を使ってこなかったが、ここで初めて索敵のために魔術を唱えた。
「≪無系統・探知魔術≫。」
魔術に反応して、地下の方から反応が返ってくる。
階段を一段ずつ降りて地下に降りると、牢屋にとらわれたミノタウロスの幼体を見つけた。
鎖でつながれたミノタウロスの幼体たちは、ウェンディを睨みつけている。
「…なんてベタなことを。まぁ、殺しておいた方が、良さそうだ。」
腰の拳銃を抜くと、魔術の付与をする。
「≪火系統・付与拡散弾≫。」
放たれた弾丸は、分裂して牢屋の中に着弾する。
強烈な閃光と破裂音が地下室に響いて、爆発で発生した風によってウェンディの髪や裾がなびいた。
「……バカなやつらがいなければ、君たちもこんなところで死ぬことはなかったのにな………。」