10話 ブリタニア海峡
ガリアを出てから3週間。
ゲルマニアを出てから1か月半が経った。
ウェンディは、煙管で煙を吸いながら、荒れ狂う海を進む船の上にいた。
雨が降り、風が吹き、荒れた海を進む船の上では、水夫たちが忙しそうにロープを引き、走り回り怒号が飛び交っている。
雨に濡れながらそんなこと気にも留めずに走り回る水夫や叫ぶ船長をよそに、へりに腰かけて煙管を吸っている少女に、誰一人として目もくれない。
「そこはあぶねぇぞぉ。嬢ちゃん。」
話しかけられ後ろを振り向くと、髪を縛った男が経っている。
背中には大きい剣を背負っているが、旅人というよりも、どこかの弱小貴族といった感じだ。
「…ブリタニア人?」
「お、正解だ。俺はブリタニア出身でね。今はこの船の用心棒をしている。この辺は魔物もそれなりに出るからなぁ。お嬢ちゃんは、ガリア人かい?お母さんかお父さんと一緒か。悪いことは言わねぇから煙草はやめとけよ。」
「これ煙草じゃないですよ。それに、私は一人旅なんで。」
「嬢ちゃんみたいなのが一人旅?なんで旅なんか…。いや、旅人に旅の理由を聞くのはマナー違反だな。悪い悪い。」
男が謝ると、船に大きな衝撃が入る。
へりに腰かけていたウェンディも、たまらずにかがむと、用心棒だと言っていた男は叫び声を上げながらその場で倒れ込んだ。
衝撃のすぐ後に、海中から叫び声のようなものが聞こえてきた。
「なんだ!!」
船の横に現れた巨大な背びれのついた身体は、優に船の大きさを超えている。
水夫たちが慌てふためく中、さっきの男が張り裂けるように叫んだ。
「ファスティトカロンだ!!」
「ファスティトカロンだぁ!?ありゃ北海の怪物だろ!ここはブリタニア海峡だぞ!」
「だがそれ以外に何がいるってんだ!こんな怪物!」
おそらくこの船には、こいつをどうにかできる人間はいないのだろう。
…仕方ないか。ここで沈むのは嫌だし、何よりこんな海に落ちたら死んでしまう。
中の火薬が湿らないようにと閉じていたホルスターの覆いを取って拳銃を抜くと、魔術の詠唱を始める。
「≪無系統・付与魔術≫」
付与魔法を銃にかけ、弾丸に魔術の効果を乗せるための下地を作る。
「≪風系統・竜巻≫≪雷系統・稲妻≫」
銃を構えて、銃身から先に空気の道を創ることで、雨や風の影響の弾道変化をなくすと同時に、回転も加える。そこに稲妻を付与することによって、いわゆるレールガンのような役割を、空気の層で行う。
「≪火系統・火炎龍≫、エンチャント。」
ハンマーを起こし、弾丸に火魔法の付与を行うと、引き金を引ききった。
火薬の破裂音と同時に、銃口の先でさらに加速された弾丸は魚の胴めがけて飛んでいき、当たると同時に体の半分以上が炎に飲み込まれ、消え去る。
水夫や船長、用心棒の男が固まっているのをよそ眼に、体の半分が消し飛んだファスティトカロンが死んで浮かんでいるのを確認すると、そのまま甲板を離れようとする。
「ちょ、ちょっと待てお嬢ちゃん!お前、一体何者だ!名前くらいは教えてくれ!」
後ろから用心棒の男がウェンディの肩をつかむ。
「私はただの旅人です。また船を降りた後に会うことがあれば、その時はウェンディとお呼びください。」
肩をつかんでた男の腕を振り払い、船室の中に入る。
自分の部屋に向かいながら、廊下を歩いているウェンディは、雨で冷えたのか、くしゃみをする。