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9話 母の墓

 宮殿での謁見を終えて、宮殿の部屋を与えられたウェンディは、数日宮殿内で過ごした。

「……これ、間違いなく日本刀だよね。」

 箱の中に収められていた母親の剣とは、ウェンディが前の世界でよく模範演武の際に握り、個人的に数本所有もしていた、日本刀だった。

 おそらく元の日本と似たような剣術を使う国があるため、こんな形の刀や柄に鞘があるんだろう。前に侍がいる国があるって言ってたし、おそらくその国の刀なんだろう。

「でもこれ、打刀だよね。それに多分新刀。美濃っぽいんだよなぁ。この世界にも日本っぽい国があって、五箇伝みたいなのもあるのかな。こっちも、多分脇差だよね。これも美濃っぽいし新刀っぽいんだよね。いつかこの刀を打った国に行ってみたいな~。この形の刀があるってことは、私の知ってる流派があるはずだし、もしくはまだ知らない流派があるかもしれない。…よし。ガリアを出たら、この刀を造った国に行こう!」

 刀二振りを持ち上げてから、そっと箱の中のもう一つの武器に目を落とす。

 どう見てもリボルバーだ。

 しかもかなり古い形の。

「…時代を考えればこれくらいなのかな。師匠は確か、パーカッション式とかって言ってたっけ。」

 箱の中の拳銃を取り出すと、グリップをにぎってハンマーを起こす。

 トリガーを引ききると、軽いクリック感と同時にハンマーが落ちて金属音が部屋の中に響く。

 ほかに何か入ってないか見ると、シリンダーが数個と火薬に弾丸。他にも拳銃のホルスターが入っている。

「…ふーん。母親と体格が似てるとは言われてたけど、ほんとにぴったりだ。」

 ベルトを腰に巻いて、シリンダーに弾を込め、弾の入ったシリンダーを腰のポーチにしまい、拳銃もホルスターにしまう。

 ホルスターの反対側の癖のついた部分に刀を差すと、ちょうどいい位置になる。

「ソフィはこんな風に使ってたのかな。確かに、この位置は抜きやすい。」

 刀を抜いたり銃を構えたりして少し練習してから、上着を来て部屋を出る。

 宮殿を歩いていると、宮殿内で仕事をしているメイドや執事たちだけでなく貴族までジロジロとみてくる。

 近衛親衛隊たちも珍しいもの見たさにちらちら見てくる。

 皇帝の執務室の前に立つと、扉をたたいて皇帝を呼ぶ。

「ウェンディか。入っていいぞ。」

 いわれるがままに扉を開け、中にいた皇帝の前に立つ。

 ほかにいた秘書官や貴族たちも、ウェンディに道を開ける。

 ウェンディの顔を見た皇帝は、ほかの人を執務室から追い出す。

「…旅に、出るのか?」

「はい。見に行きたい国がありますし、極めたい剣もあります。この国もあまりいすぎると、派閥争いなんかに巻き込まれそうですし。」

「そうか……。」

「ガリアを出る前に、母の墓に手を合わせたいのですが、どこにありますか?」

「ソフィの墓か…。彼女の墓ならば、出生の地と同時に最期の地でもあるルテティア郊外のアヴォンにある。ここからなら馬で半日とかからぬだろう。大勢は動かせぬが、私も同行しよう。サントも声を掛ければ来るだろう。」

「いえ、1人で向かいます。産みの親というものの、顔を知らない私ですから。1人で、母と話したいんです。」

「そうか…。地図をあげよう。君の馬は城下に連れてきている。道具もすべてそのままだ。そのまま、この国を離れるのかね。」

「はい。アルビオン島のブリタニアを目指し、そのあとはひたすらに東を目指したいと思います。この刀を創った国。そこを訪ねます。」

「そうか。分かった。いつか、また顔を見せてくれ。ガリアで君のことはすでに知れ渡っている。君は、この国に英雄がいたことの証明だ。」

 一度だけ頭を下げ、何も言わずに執務室を後にする。

 宮殿を後にして、城壁の馬小屋でエリーと再会してから城を出た。

 マントをもらえばよかったと若干の後悔をしつつ、城下町をゆっくり歩く。

 エリーに跨って走り抜けてしまえば、すぐに街を抜けることはできるけど、さすがに街中で馬に乗ることはできない。

 注目されることを嫌って、城下町で食料を調達することをあきらめ郊外に抜ける。

 しばらく荒野を続く道を走り抜け、ガティネという地域に入ると、標識が立った分かれ道に差し掛かる。

 いくつかの町の名前が書かれた標識の一つに、『アヴォン』の名前を見つけ、その方向に走り出す。

 日が落ち始めてきたころ、ようやく町が見えてきた。

 【英雄ソフィ・ラプラス 生誕の地】

 そう書かれた看板が、町の入り口に掲げられている。

 町の入り口から見える雰囲気も、観光地という雰囲気の町だ。

 エリーに乗ったまま町の門をくぐると、少しチーズの匂いが漂っている。

「…この辺ってチーズが特産なのかな。あ、この世界だとケーゼだっけ。」

 さすがに町に入ると、馬に乗っているのは邪魔になるため、降りて歩く。

 馬を引いて歩いていると、すれ違う人や店の人がちらちら見てくる。

 この町を有名たらしめている人物とそっくりの人物が町を歩いてれば、誰でも振り向く。

「……ソフィ?」

 皇帝にもらった地図を見ながら、ソフィが眠る墓地に向かっていると、ソフィを呼ぶ声で呼び止められる。

 横を向くと、エプロンに三角巾をつけた女性が立っていた。

「…あなた、生きていたの?」

 周りを見ると、もう墓地の近くというだけあって、観光客たちはいない。地元民がいるだけというような感じだ。

「今までどこにいたのよ!みんな心配して…。」

「えっと、勘違いしてると思うんですが、私、ソフィではないです。」

「……え?」

「ソフィは私の母です。私はウェンディ。ウェンディ・ラプラスです。」

 多分初めてこの名前を名乗った気がする。

「ウェンディ…ラプラス……?まさか……。」

 女性と話していると、周りに地元民らしき人たちが集まってくる。

 一瞬腰の刀に手を向けるウェンディだが、敵意が無いことに気づいてすぐに手を戻す。

「あの時の赤ん坊が、こんなに大きくなって…。それにラプラスの姓まで頂くなんて。もうマルクス陛下には会われたのね。」

 マルクス陛下。

 本名をマルクス・アラン・エドワード・ガリア。

 ガリア帝国22代皇帝であり、軍事大国であるゲルマニアを引き分けまで持ち込んだ、希代の賢王と呼ばれる人物でもある。

「あなたは、母をご存じなのですか?」

 周りの地元民がざわつく中、話しかけてきた女性に問いかける。

「…そうね。ソフィとは幼馴染よ。立ち話もなんだし、中に入らない?」

 案内されるのは、この女性が営んでいるであろうカフェだった。

 店内に入ると、地元民たちも入り口や窓から中を覗き込んでくるが、女性は気にも留めないまま、ウェンディを店の席に案内する。

 椅子に座ると、奥のカウンターの奥で男性が驚いた顔でこっちを見ていた。

「ウェンディちゃん、でよかったかしら。コーヒーでいい?」

「はい。大丈夫です。」

 ちらっと男性の方を向くと、うなずいてからコーヒー豆を挽き始めた。

「さて、まず自己紹介からしておこうかしら。私はメリッサよ。ソフィとは同い年で、この町でいっしょに育ったの。まぁ、あの子は子供のころからずっと剣とか魔法とかの練習ばっかりしてたけど。そうね、あなたくらいの頃には、もう剣の修行って言って魔物を狩りに行ってたわね。」

 コーヒーとビスケットを持ってくると、男性は椅子を持ってきて横に座る。

「君は、お母さんとずいぶん似ているんだね。あ、僕も君のお母さんやメリッサと幼馴染で、今は彼女と結婚してこのカフェをやってるんだ。サシャと呼んでくれ。」

「ところでウェンディちゃん、あなたはなぜここへ?ソフィのお墓参り?」

「はい。生まれて一度も母に会っていないので、せめてお墓でだけでも会っておきたくて来ました。」

「なら、私が案内するわ。サシャ、お店お願いしていい?」

「ああ。行ってくるといいよ。ソフィによろしくね。」

 椅子を立つメリッサに連れられ、町のはずれにある墓地に向かった。

 墓地に向かう道すがら、途中にある花屋に立ち寄る。

「ちょっと寄るところがあるから、少し待っててね。」

「あらメリッサ。どうしたんだい?」

「おばさん、クリザンテムの花束頂戴。2束。」

「あいよ。墓参りかい?」

 花屋のおばさんと話しながら、メリッサは2束の菊の花束を持って戻ってくる。

「菊ですか?」

「キク?クリザンテムだよ。ガリアではお墓に手向けとしてこの花を供えるのが一般的なんだ。」

 花屋の前を立ち去り、墓地の方に足を向ける。

 墓地につくと、並んでいる墓の中で、墓石に剣と銃がかたどられた小さな墓の前でメリッサが立ち止まると、ウェンディの方を振り向く。

「ここよ。ソフィのお墓は。」

 そういわれて墓の前に立つと、墓石に刻まれた名前に目をやる。

 ≪英雄 ソフィ・ラプラス ここに眠る≫

 英雄と呼ばれた人物の墓のわりに小さな墓石に、ウェンディは少しばかり驚いていると、メリッサが語り始めた。

「彼女の遺言でね。墓地の一角の小さな墓で眠りたいって。だからこうしてお墓が並ぶ中にひっそりと建っているの。」

 メリッサは手に持っていた花束を1束墓石の前において祈りをささげる。

 それを見てウェンディも花束をおいて祈りをささげる。

 しばらく祈るが、それ以上には何も起こらなかった。

(とりあえず、この身体を産んだこの世界でのお母さん。前世で振るえなかった剣を、この世界で振るえるように、見守ってください。)

 一言だけ心の中でつぶやくと、祈りを解いて立ち上がる。

「…お母さんと話せた?」

「いえ。でもとりあえず挨拶はできました。」

「よかったわね。今日はうちに泊っていって。せっかく来たんだし、このあたりの食事を用意するわ。」

 メリッサが立ち去ろうとすると、誰かに呼び止められたような気がして、ウェンディはその場に立ち止まる。

「ウェンディちゃん?」

「…ごめんなさい。もう少しお母さんと話してから行きます。先に戻っててください。」

「……そっか。お墓の入り口で待ってるね。」

 立ち去っていくメリッサを見送ってから、もう一度ソフィの墓を見る。

 何度見ても別に変わりのないただの墓だ。

 岡にあるだけあって気持ちのいい風が吹き抜ける墓地で、まっすぐソフィの墓を見つめる。

「……気のせいだったのかな。」

 しばらく見つめてから、ゆっくりと立ち去ろうとすると、誰かに呼び止められたような気がしてもう一度墓の方を見ると、うっすらと人影のようなものが見える。

「……ん!?」

「おや?私が見えるのかな?」

 少し透けているように、|煙管≪キセル≫を咥えた少女が墓石に腰かけている。

 墓石に腰かけた少女の腰に目を落とすと、見覚えのある刀が二振りと拳銃がぶら下がってた。

 おそらく見えてはいけないものが見えていると感じ取ったウェンディがその場で固まっていると、少女が吸った煙を吐いてから、立ち上がってウェンディの方に歩み寄る。

 改めて並んでみると、少女の背格好はウェンディと同じくらいで、見た目も瓜二つだった。

「…見えている、んだよな?声が聞こえているのなら返事くらいしたらどうだ?」

「あ、えっと。ソフィさん、でお間違いないでしょうか。」

「実の母親にそんなよそよそしい言葉遣いはしなくていい。気軽にお母さんと呼べ。」

 けらけらと笑う少女は、自らがソフィであると公言して、そのまま話をつづけた。

「まさかガリバーのもとに送った子供がここまで成長しているとは。でも、昔の私と同じように体の成長はしなかったようだなぁ。」

 ソフィが一方的に話し続けるだけで、ウェンディは何も声を出せずにいた。

 前世も含めて、これまでの人生で心霊体験なんてしてこなかったウェンディは、目の前で起きている事を理解できずにいた。

「ん?あぁそうか。ここは、ちょうど〝境目″なんだよ。そして時間も黄昏時。つまりは来やすいところで来る理由が出来たってところだ。」

「……本当に、お母さんなんですか?」

「ああ。君がウェンディなら、私は君の母だ。もっとも、剣はとっくに抜かされてるから教えることはないけどね。」

「じゃぁ、なぜわざわざ?」

「そうだな。お別れを言いに来た。」

 出会ってすぐの別れという言葉は、ウェンディの混乱をさらに加速させた。

「お別れって…?」

「すまん、お別れは言い過ぎた。この時間にここに来れば基本は会える。だけど、ウェンディはここに留まる気はないんだろう?なら、せめて別れの言葉くらいは言わせてほしかったからな。それと、これは選別だ。私と同じ戦い方なら、これも役に立つはずだ。」

 ソフィは、手に持っていた煙管をウェンディに手渡した。

 実体のない煙管は、ウェンディの手に乗った瞬間に消え失せてしまった。

「こいつは煙草じゃない。魔力や体力を回復させる、いわばハーブみたいなものだ。匂いが嫌いじゃなければ、使って。」

 消えた煙管に気を取られていると、ソフィは墓石の方に歩いていく。

 手を見ていたウェンディは墓石の方に目をやると、少し薄くなっているソフィがいた。

「今回はこれくらいみたい。あなたが今後、どんなところでどんな剣や魔術に出会うかわからないけど、ウェンディは、私より多くのものを学んで、もっと強くなって。そして、大切な人を守れるくらい、強くなって。あなたを守れなかった私を、許してとは言わないけど…。」

 墓の前でウェンディの方を向いたソフィの瞳からは、涙がこぼれていた。

 ウェンディを産んだと同時に、自分の死期を悟ってウェンディを敵国にいる父のもとに送った判断は、ガリアの皇室や地元の人間では『英雄の娘』を自分の陣営に引き込もうとする内乱に巻き込まれる可能性があった。

 だから、何も知らない父親のもとに送ったのだ。

 ガリアの内情は、今でも臨戦態勢のゲルマニアからでは探ることもできず、ガリバーもソフィとウェンディのことを行方不明としか知ることができなかった。

「……私は、お母さんが私を守るために、ゲルマニアに送ったのも知ってるから、感謝してるよ。もう、しっかり守ってもらったよ。」

 この世界に来て、初めて母親というものと話したけど、この人は、母親として私を思ってくれていた。

 前世の母親は、ただ優れていることだけを求めて、ほめられた記憶なんてないのに…。

「…優しい子に育ったのね。よかった……。」

 その言葉を最後に、山の間から差し込んでいた太陽の光が途切れると同時に、ソフィは姿を消した。

 さっきまで夕焼けで照らされた墓地は、今では少し薄暗い。

「……なるほど。黄昏時、トワイライトゾーンってわけ。本当にこんな場所あったんだ。」

 ふとソフィの墓の前を見ると、布を紐でくくった小包が落ちている。

 持ち上げて紐をとくと、中にはさっきの煙管やマッチに乾燥した刻み煙草のような葉の包が入っている。

 包を開けて匂いを嗅ぐと、少し甘いような香りが鼻を抜ける。

 バニラのような香りが少しかおる他は、薬草のような香りが立っている。

 ハーブみたいな鼻を突くような匂いはしない。

「へ~。結構いい匂いじゃん。」

 配合の書いた紙が同封しているあたり、おそらく市販ではないんだろう。

 包から煙管を出して葉っぱを丸めて入れ、マッチで火をつける。

 ずいぶん燃えるのがゆっくりなのか、煙は出るけど減っているようには見えなかった。

「あ、体が少し軽くなったかな。ほんとに効果あるんだ。」

 煙管を咥えたまま、墓地の出口に向かうと、メリッサが驚いたような顔をしている。

 さっきまで持っていなかった煙管を咥えていれば誰でも驚く。

 その後、数日をアヴォンで過ごしてから、ガリアを発つことにした。

「ウェンディちゃん、これ持って行って。」

 メリッサが渡してきたのは、どことなく和風な雰囲気のある服だった。

 羽織みたいなのもあるし、そういう文化がどこかにあるのかもしれない。

「昔ソフィが着ていたものを参考に作ったの。持ってる服はどれもボロボロじゃない?だからね。」

 確かに、今まで着てきた服は歩いてゲルマニアを移動していた時の服をそのまま着ているから結構あちこちがほころびている。

「ありがとうございます。いただきます。」

 もらった服は何着かあったため、着替えて残りは鞄にしまい込んだ。

 鞄をエリーに括り付けて、鞍に跨る。

「今までありがとうございました。では、もう行くとします。」

「気を付けてね。またいつでも来ていいんだから、いつでも来てね。」

「はい。また、母にもあいさつしに来ます。」

 軽く挨拶をかわすと、すぐにそのままアヴォンを発った。

 これからどこに行くのかは決めていないけど、とりあえず、世界をまわってみようと思う。

 お母さんが出来なかった、剣も魔法も極地に達する。

 そのためにの旅を。

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