第86話 ドラマ「エルピス 希望、あるいは災い」
この「エルピス」という日本の連続ドラマなのだが、よく地上波で放送できたな、というのが率直な感想だ。
2022年10月~同年12月まで毎週月曜22:00~22:54の放送で、平均視聴率は6.2%。テレビ離れが進んだ現在の民放の連続ドラマでこの視聴率は、正直、高いのか低いのかよく解らないのだが、非常に面白かった。
CMがやたらめったら入り、そして「なんだこりゃ、クソくだらねぇ」と思っちまう民放ドラマが多いから、民放など殆ど観ない俺なのだけど、このドラマは真剣に見入ったし、続編を作って欲しいわ。
日本のドラマ制作って大きく2種類あるらしい。
一つは、まずは放送枠があり、その時々の時代性に合い、視聴者に受けそうなテーマや原作を基に企画が立ち上がる。
それとは別に、伝えたいメッセージや物語があることが出発点にあり、それを放送できる局、放送できる枠に当てはめていく。
この2通りらしいのだが、そこにスポンサーが絡んでくる。っでスポンサーは当然視聴率重視ーーー高いスポンサー料を払ってるんだから大勢の人がそのドラマを観て、そしてCMで流れるスポンサーの商品に興味を持ってもらうことが最も重要だ。だから人気俳優や人気アイドルの出演をゴリ押ししてくるケースなんて全然珍しくないし、スポンサーにとって「この場面は容認できない」というものもある。
この「エルピス」というドラマをスポンサーがどう考えたのか、それも凄く気になるが、テレビ局のタブーに切り込んだ物語を地上波のテレビで放送したというのが先ずもって凄い。っで「伝えたい物語」があっての企画で、脚本を担当した渡辺あや氏とプロデューサーの佐野亜裕美氏、この2人による渾身作だそうだ。
佐野亜裕美氏はもともとTBSのプロデユーサーで、そこで脚本家の渡辺あや氏と「ラブコメ企画」をやるために出会い、話を重ねていたが、渡辺あや氏は「どうやらこの方と組んでやるのはラブコメじゃなさそうだ」と感じ、その後の「エルピス」の方向性が固まったとのこと。
っで企画書を佐野亜裕美氏がTBSに提出したが案の定却下。理由は「こんなハレーションを起こすことが解り切ったドラマなんて出来ない」。っで渡辺あや氏は「いいよ、ラブコメやろうよ」と言ったそうだが、佐野亜裕美氏は「今更あやさんとラブコメなんてやりたくない。私がなんとかするから書いてください」と言い、渡辺あや氏は8話ぐらいまで脚本を書いた。佐野亜裕美氏はそれを持って色んなところに当たっていたが全てボツ。そうこうしている内に佐野亜裕美氏はTBSを辞め、2~3年のブランクがあったのだが、佐野亜裕美氏から「カンテレがこの企画をやらせてくれそうなので、私、カンテレに入社します」と言ってきて、不死鳥のように復活したのがこの企画らしい。渡辺あやは雑誌のインタビューで次のように答えている。
「ーーーー今、なんとか実現しつつある感じですが、私、まだなんかあるんじゃないかと半信半疑なんですが……」
熱いね、テレビ局の人間がキー局を辞めてまで「エルピス」の実現に向けて疾走したというのは、このドラマを観て納得だわ。
ちなみに民放嫌いの俺はこのドラマを放送当時は観てない。っで最近になって動画配信で観たのだが、ちなみに「エルピス」を観てみようと思ったには、「僕たちはまだその星の校則を知らない」をやはり動画配信で観たのが切っ掛けだ。このドラマは主人公の磯村勇斗が弁護士役で、スクールロイヤーとして私立高校に派遣されるというお話しで、俺はリーガル物や弁護士物が大好きなせいで観てみたのだが、これが結構おもしろかった。うん、軽いタッチで描かれてはいるものの、変にハッピーエンドじゃなく、かなり深刻な問題も描いていて、それがカンテレ制作ドラマと知り、「おおおお、カンテレってやるじゃん」と思い、カンテレ制作のドラマを調べ、エリピスに辿り着いたのだ。特にエルピスは、いや~~攻めてるね~カンテレさん。いったいどんな社風の企業なんだろう? と思わずにはいられない。
エルピスって古代ギリシャ神話で希望の精霊らしい。っでパンドラの箱の中に残された唯一のものらしく、パンドラの箱から飛び出した様々な災厄の後に残された「希望」。センスが光る題名だわ。
っでこの「エルピス」というドラマでは、日本で実際に起きた冤罪事件とか未解決事件が散りばめられていて、死刑判決まで出ている犯罪者が実は冤罪ではないのかという疑問をテレビ局が報道できるのか? それを報道するってことは、社会を混乱させるだけではなく、被害者遺族の心情を考えると簡単に報道して良いというものではない。そして警察・検察・司法の決定に異を唱えることであり、それが報道を主としているテレビ局であろうと一つの民間企業である以上は、司法や国を敵に回すことなど出来るはずもなく、上層部から圧力が掛かりまくり、しまいには大物政治家まで絡んでくるという、てんこ盛りのお話しだ。
実際に起きた冤罪事件と未解決事件をこのドラマでは散りばめられてると上記に書いたが、それら事件は次の通り。
①まずは足利事件。
1990年に栃木県足利市のパチンコ店で4歳の女児が行方不明。翌朝に河川敷で遺体が発見。
1991年に同市在住で幼稚園の送迎バス運転手だったS氏が逮捕。取り調べて自白をするが1審で無罪を主張。
1993年に当時まだ試験運用だったDNA判定が証拠となり1審で無期懲役。
2000年に最高裁で弁護側はDNA再検査結果を証拠として提出し、S氏が犯人ではないと主張するが、無期懲役が確定。
2002年にS氏が再審請求。
2008年に日本テレビがDNA鑑定の問題点を特集。その放送の翌月に再審請求が却下された。だが12月に東京高裁でDNAの再鑑定を決定する。この時の東京高裁の裁判長は定年に近い年齢だった。
2009年にS氏の無罪が確定し、釈放。
ちなみに1979年以降、女児の誘拐事件が相次ぎ、4名の女児が亡くなっていて同一犯の可能性も示唆されている。又、足利事件は当初、被害者らしき少女がルパン三世に似た男に連れられていたという目撃証言が複数あったが、その捜査はまもなく打ち切られ、更に、警察がその証言者に証言の撤回を迫ったという記録がある。日本テレビは独自調査を行い、著作「殺人犯はそこにいる」では、ルパン三世に似た男の所在を掴み、その男の氏名や住所まで判明した後に取材を敢行し、DNA判定まで行い、そしてその男のDNAは一致してるとまで書いているが、時効が成立している。
②北関東連続幼児誘拐殺人事件(上の足利事件とも関係する)
1979年以降に栃木県足利市と群馬県太田市で起きた4件の女児殺人事件と1件の女児連れ去り事件の総称。その5件には冤罪事件だった足利事件も含まれる。
4件の事件が週末に起きており、3件はパチンコ店が行方不明現場。被害者は4歳~8歳の女児。
これら5件の犯行は共通点が多く、同一犯が疑われているが犯人は不明のまま。
1996年に5件目の事件ーーー行方不明事件がパチンコ店で発生。店内の防犯カメラには、被害者女児に話し掛ける不審な男が写っており、それが上記①の足利事件再調査の一つの切っ掛けになったとも言われている。そして日本テレビは足利事件で無期懲役判決を受けたS氏に関し、冤罪キャンペーンを張り、足利事件は異様な展開となっていく。
又、5番目に起きた事件のみが時効寸前で法改正となり、公訴可能で、捜査本部は縮小されてはいるだろうが継続捜査の対象事件。
③東電OL殺人事件
1993年に東京電力に勤務する39歳のOLが、まるで時代に取り残されたような古びたアパートの一室で殺されているのが発見。
被害者女性はエリートOLであったが売春をしており、拒食症も患っていた。
同年に同じアパートに住む売春相手の一人であった不法滞在中のネパール人が逮捕。被害者宅から見つかった体毛や避妊具についた体液が逮捕の決め手だが、被疑者は無罪を主張。
2000年の1審では無罪。部屋から第三者の体毛が発見されたため。だがその判決を下した裁判官は後に左遷されたっぽい。
2003年に最高裁で無期懲役。
2005年に再審請求。
2011年にDNAが第三者のものであることが判明し無罪確定。真犯人は不明のまま。
ドラマ「エルピス」では他にも実際に起きた複数の事件を散りばめているらしいが、大きくは上記の3つだろう。この3っつの事件の内、③の東電OL殺人事件だけが他の2つとは種類が違っていて、ちょと見では「ドラマではこの事件をどうやって絡めたの?」と思う人がいても不思議ではないだろう。だがこの事件は上にも書いたが、被害者が売春をしていて、それがマスコミの格好のネタにされた。その内容は次の通り。
彼女は東大卒で、当時では珍しい女性管理職にまでなり、年収は1000千万を超えていたらしいが、渋谷で立ちんぼを始め、最初の頃は2万円~3万円だったらしいが、だんだんと下がり「5千円で私とセックスしませんか」と道行く男性に声を掛けていたという。そして奇行が目立つようになり、路上での放尿、駐車場や公衆トイレでの性行為などなど。テレビや週刊誌では「昼はまじめなOL、夜は娼婦」とこぞって煽るようになり、「私は56回も彼女を買った」と言い出す輩まで現れ、被害者のプライバシーに関して深刻な問題提起をされるに至った。
それと彼女は「原発の危険性を指摘する」報告書を作成しており、それが経済リポート賞を取るほど高い評価を受けていた。そしてブルサーマル計画を含めた核燃料サイクルの推進が閣議決定された翌月に殺されたことにより、「原発の利権を貪る者達から消されたのではないか」という陰謀説を唱える者もいる。
ドラマ「エルピス」の主役は、長澤まさみ、それと眞栄田郷敦。眞栄田郷敦って千葉真一の息子なんだね。へ~って感じ。今までゴードンが出てた映画やドラマって観てたのかもしれないけど、あまり覚えてなくって、エルピスでじっくり観たら、結構いいね~~。父親の千葉真一って侍かヤクザか軍人って役が多くて、あまり器用な役者だとは思ってなかったんだけど、息子のゴードンは面白い役者になりそう。
それと鈴木亮平も出てて、彼は大物政治家側の人間で、その大物政治家が事件に関与しているように描いていたんだけど、それってどうなんだろう? テレビ局は当然マスコミだから、そのマスコミが政治家による事件の隠避と戦い、やはり勝てなかったというのを描きたかったのだろうけど、そこんところはドラマとしてはありふれてるな~って感じたな。
俺はそれより、マスクミの負の部分ーーー上にも書いたが、東電OL殺人事件では「それを報道して何になる?」って思える超ゲスな話題をセンセーショナルに報道し、大半の人が被害者について「とんでもないビッチだ」と思うよう誘導した罪についても描いて欲しかったな。
追記
マスコミって、有罪判決を受けた人がもしかしたら無罪かもしれない、という案件に関しては、地道な取材を積み重ねる凄い人もいて、それが①に書いた「殺人犯はそこにいる」なんだと思うし、第85話で書いた「でっちあげ」もそうなんだけど、それっておそらくは「これはおかしい、絶対に変だ」と思った記者個人が頑張って頑張って取材を続け、そして上司の説得を何度も何度も試みて、ようやっとって事だと思う。
現代のマスコミは、とにかく「他社に抜かれるな」、「スクープネタを取って来い」が至上命題だから、マスコミが作り出した冤罪は決して少なくないと思う。
だがエルピスは凄いドラマだ。




