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第62話 トガニ 幼き瞳の告発

 これ韓国映画です。俺が韓国映画をーー韓国ドラマを含めてーー視聴したのって初めてです。どうして今まで一度も観た事が無いのかっていうと、それはここでは伏せます。


 この映画は2011年に韓国で公開され、日本では2012年の公開。

 韓国の福祉施設学校ーー聾啞の子供が大半のようだけど知的障害の子供も受け入れている学校で起きた、性的虐待事件の映画化で、実話と謳われた映画で、18禁。

 よく子役にあそこまでの演技をさせたものだとビックリした。日本で類似した映画を作ったとしても子役にあの演出はムリだ。


 この映画の元になった事件では加害者側が驚くくらいな軽い刑で済んでおりーー社会の関心が低かったこともあったらしいのだが、この映画の動員客数が400万人を遥かに超えて大反響となった。っで事件の再捜査、更には新たな法律制定に繋がっている。


 主役は、その学校に新たに雇い入れが決まった男性教諭。初出勤の日に学校側から言われるんだよね「5000万ウォンを払いなさい」と。日本円で500万円程度だそうです。映画ではこれって法律違反じゃないとの台詞があったがーーー韓国での賄賂に関する認識の違いなんだろうけど、そんな要求を当たり前のように付きつけられた新前教師は金など持ってなく、母親が自宅を売って工面する。

 っで新前教師は直ぐに学校がおかしいと解りーーーすぐにおかしと解るくらい狂ってて、それを母親に言った時に母親が返した台詞が韓国の実態を表してるな~~って思った。


「そんなの知ってる! 教職を売り買いしてる先生がいい先生のはずがない! 解ってる! だけど教職につけるのなら黙って従っていればいい!!」


 っで母親は校長先生が好きな花をーー確か鉢植えの蘭の花だったと思うんだけどーー用意してくれて、それを持て行ってゴマをすりなさい的なアドバイスをする。

 鉢植えを持って校長室に行った主人公は、校長室で同僚教師が子供を殴る蹴るといった強烈な暴力をふるってるところに出くわす。校長は「それ以上は別の場所でやれ」と言い放ち、それに従う暴力教師を呆然と見送った主人公なのだが、ふっと我に返ると、子供を引きずって行く暴力教師を走って追いかけ、手に持っていた鉢で頭をブン殴る。

 このシーンってね、観てるこっちが思わず「あ……」って声が出ちゃうし、けっこう笑ったし、スッキリした。っでこれが新前教師の宣戦布告。

 それで映画では主人公達の頑張りによって裁判にまでこぎつける。だけど暴力をふるわれ続けていた男の子には両親がいなくーーー確か両親ともに知的障害だったのが死んだか蒸発したかーーー極貧の祖母が親権を持っているのだが、学校側からの示談金で控訴を取り下げる。言ってしまえば「孫を金で売った」のだろうが、そうせざるを得ない貧しさと、学の無さがあまりにも痛々しい。


 ちなみに映画の題名となっている「トガニ」とは坩堝るつぼという意味らしい。だけど「トガニタン」という韓国料理があって、高温処理をおこなう耐熱式の道具を使うらしく、そういった意味の題名ではないかと言われてますし、この映画が切っ掛けとなって韓国で新たに出来た法律は「トガニ法」と呼ばれているそうです。


 っでこの映画はどこまでが真実なのか? が凄く気になるのだが、実話をそのまま映画にした、と言われていて、メガホンを執ったファン・ドンヒョク監督はインタビューで次のように答えている。


「現実はフィクションより多様で複雑だ」



 ちなみに主役である新前教師を演じたのはコン・ユという韓国の俳優さん。俺にとっては全然なじみのない俳優さんで、彼の映画を初めて観たのだが、うん、いい俳優さんだね。演技力が凄い。




 書く順序が後先になったが、俺が韓国映画の「トガニ」を観る切っ掛けとなったのは、台湾映画の「無聾」を観たからだ。

 この「無聾」という映画も実際にあった事件の映画化で、聾唖学校で起きた性的暴行事件、そのため俺は「トガニ」と「無聾」って2つの映画は、もしかしたらどっちかがリメイクか? とも思ったのだが、違った。別の事件が、そそれぞれ韓国と台湾で実際に起きていたらしい。


「無聾」という映画についても書くことにする。

 この映画の元になった事件は、台湾の聾唖学校で起きた128件もの性的暴行などを2011年に調査チームが告発したにも関わらず関係者は事実を隠避、そして再調査もされないから実態は分からない。


 2020年製作の台湾映画で、R12。

 上に書いた「トガニ」の後に制作され、舞台が聾唖学校ということ、そして性的暴行ということなどから、トガニの台湾版と言われたらしいが、トガニと最も違うのが、被害者だけではなく加害者も聾唖学校の生徒だという点と、加害者と被害者はその後も同じ聾唖学校に残っているという点であり、この映画ーー台湾の方がより闇が深いと思ったな。ちょっと粗筋を書いておく。


 主人公は聾唖の男の子で、日本であれば中学2~3年生。その男の子が健常者の爺さんにバスの中で財布を盗まれ、バスを降りて逃げようとする爺さんを捕まえて殴った。そういうシーンからこの映画は始まる。

 警察署での爺さんの言い分は、「俺は財布を拾ったんだ。だからバス会社に届けようとしてたらコイツが急に殴ってきた」というもの。男の子は聾唖だから耳も聞こえず言葉も喋れない。警察官に対し筆談で「盗まれた」と必死に訴えるが警官はまともに取り合ってくれない。そういった「声を持たない人」・「周りの声が伝わらない人」にとって今の社会は恐怖でしかない、というのがこの映画の根底にはある。

っでそこに現れた聾唖学校の先生が手話での通訳をしながら、爺さんには恥をかかせず、警官の怠慢を訴えることもせず、そして男の子が嘘を言ってるわけではないと、上手に事を収める。そして男の子はその先生に誘われ聾唖学校に行くこととなる。


 っで男の子は衝撃的な事件を見る事になる。

 聾唖学校専用のバスの中で、女の子がーーー中学1年生くらいだと思われるーーー同じ聾唖学校で仲良く遊んでいた複数の男子に身体を押さえつけられレイプされているのを。だけどその女の子はそれ以降も自分をレイプした男子生徒と仲良く遊んでいた。


 結局、1人の高校生の聾唖男子が全部をヤらせていて、そいつは幼児期にこの学校の先生に性的虐待を受け続けていて、決して加害者という立場だけではないのだという事が解っていくストーリーなのだが、レイプされた女の子が言った台詞が全てを表している。


「レイプされるのは嫌だ。でも止めてくれないし先生や親に言ったらもっと酷いことをされる。それにアイツのことは確かに怖いけど、外の世界の方がもっと怖い。ここにいれば私のことを受け入れてくれるし、私をレイプしたあいつらも普段は優しい友達。外の世界では私を受け入れてくれない。友達だって一人も出来ない」


 っでその女の子は妊娠しない手術を受けようとさせする。




 この手の事件って日本でも障害者施設や老人介護施設で、暴力を頻繁に使った虐待、なかには性的な虐待さえ含まれた事件が表沙汰になっているが、聾唖学校での事件となると記憶にないが、本当に無いのだろうか、と思わざるを得ない映画だった。


 ただ、この問題は決して特殊な施設に限る話ではないのだと思うし、潜在的にはどこでも起こりえると思う。


 食物連鎖。

 地球上の生物において、捕食者と被食者ーーー食う側にいるか、食われる側にいるかの関係は絶対だ。それだけではなく集団で生活する生物のなかでは、強いオスがメスを独り占めするというように性に関しても絶対がある。そして、ペンギンやチンパンジーのメスは、なにかを得るためにオスにセックスを提供するといった一種の売春行為まである。貨幣価値の存在しない世界での売春って「媚びを売って」生きるために必要な何かを得ることだと思う。


 人間社会では倫理とか道徳という、人間によって作られたモラルや法律で個々人を縛ることで社会が成り立っているが、やはり「弱い者はもっと弱い者を……」という図式が表面化することはあって、比較的閉鎖された世界ーーー学校内や施設内では、一度タガが外れてしまうと、その組織での自制能力に期待してもムリだろうな。



 追記

 とのかくこの映画は2つとも強烈だ。制作委員会方式を取り続けている日本映画ではこんな映画を撮るのはムリだろう。せいぜいインディ映画では可能だろうと思うけど……どうだろう?

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