第6話 エクソシスト
ホラー映画でアカデミー賞を受賞した作品は少ない。
①1990年アメリカ映画【ミザリー】で主演女優賞
②1968年アメリカ映画【ローズマリーの赤ちゃん】で助演女優賞
③1986年アメリカ映画【ザ・フライ】でメイクアップ賞
④1992年アメリカ映画【ドラキュラ】で衣装デザイン賞、メイクアップ賞、音響効果賞
⑤1976年アメカ映画【オーメン】で作曲賞
⑥1931年アメリカ映画【ジキル博士とハイド氏】で主演男優賞
⑦1975年アメリカ映画【ジョーズ】で作曲賞、音響賞、編集賞
⑧1973年アメリカ映画【エクソシスト】で脚色賞、音響賞
他にもあるのかもしれないが有名どころはこれぐらいだろうし、とにかくホラーはアカデミー賞を受賞しにくい。しかもエクソシストは2部門での受賞もさることながら、作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞など受賞した2部門を含めた10部門でノミネートされたとんでもないホラー映画なのだ。
この映画、なぜこれほどまでに怖いのか。エンディングなどはカラス神父がヤケッパチになって憑かれているリーガンの首を絞めーーこの演出だったら別に神父じゃなくてもいいよね、と思われる肉弾戦に持ち込み、「バーカ、バーカ、悔しかったら俺に憑いてみやがれ!」的な挑発により見事に憑かれ、最後は窓から身を投げ悪魔と共にTHE END。終わり方は相当にあっけない。
そもそも、なぜ悪魔がーー確かイランからメリン神父が連れてきた悪魔がどうしてリーガンに憑いてしまったのかが良く分からない。だが見方によっては「あたし関係ないんだけど、全然」って言いたくなるほど無関係な少女がある日突然強烈で理不尽極まりない目に遭うという事が恐ろしい、ともいえる。
そして視聴者には「これは撮影だから」と分かっていながらもとんでもない――10代前半の少女にとってトラウマレベルの撮影、これが強烈で恐ろしい。
この映画には原作があって、1971年に出版された「小説版エクソシスト」がそれなのだが、これがベストセラーになり、最初に映画化の話が持ち上がった際には、「洋画 卒業」でアカデミー監督賞を受賞したマイク・ニコルズに白羽の矢が当たったのだが、そのマイク「映画化するのはいいけどさ~、こんだげエグイ役をこなせる子役なんている訳ねぇだろうが」とポシャン。そうなのだ、小説を読んだだけでもリンダ・ブレアが演じたリーガンはおぞまし過ぎるのだ。そこで作者のピーター・ブラッディ(イエズス会の私立学校入学という経歴あり)がエネルギッシュだと評判なウィリアム・フリードキンが適任だと強く主張。カトリック信者だったであろうピーター・ブラッデイはとにかく自分の小説の映画化を強烈に望んでいたらしい。しかし、指名されたウィリアム・フリードキンは不可知論者で、きっと「神?? そんなもんいるわけねぇだろ。悪魔だ?? 笑わせんじゃねぇ」という御仁だったと俺は思っている。
そのウィリアム・フリードキン。妥協を許さない映画作りの鬼、と言われているそうで、彼でなければここまで恐ろしい映画にはならなかっただろうし、これはホラーという枠を超えた映画になったと思ってやまない。
監督のウィリアム・フリードキンーーなにやらドキンちゃんみたいな名前で可愛らしいのだが、エクソシストの撮影秘話には事欠かない。有名でもあるのでその秘話を見聞きした方も多いかもしれないが、何点かを紹介しよう。
先ずは、悪魔に憑かれたリーガンの存在によって部屋が異常に寒くなっている事を演出するため、出演者全員の息が白くなっている場面が何度かある。あれは実際に部屋を寒くするために業務用大型冷却装置を10数台用意して室内を0度以下に保ったそうだ。パジャマ姿で演技をしているリンダ・ブレアはあまりの寒さを訴えたそうだが、監督は「大丈夫だ、これは映画だから」と納得させたらしい。10代前半の女の子であっても、これはさすがに「ダメだ…このオッサンおかしい」と感じたはずで、その後の強烈な撮影ーーワイヤーで釣られ宙に浮く、ベッドの上に寝た状態で跳ね続ける、緑のゲロを何度も吐く、十字架を自分の股間に突き刺す、放送禁止用語を笑いながら言う、などを耐え続けている。
ちなみにこの映画、アメリカではPG12だったらしく、リンダ・ブレアはそこんところをクリアーしている年齢だったために、どんな演技をさせるかについて親の同意が不要だったとか。しかし、この映画はあまりの恐怖&グロテスクで上映禁止になった国があったはずで、リンダ・ブレアの両親が初めて視聴した時にどんな印象を受けたのか俺は是非聞いてみたい。
ミニ知識として触れるが、リーガン役のオーデションには後に有名女優となったシャロン・ストーンやメラニー・グリフィスなども応募していたそうだが、エージェントからの推薦リストに載っていないリンダ・ブレアが面接会場に何故か現れ「賢いけど早熟ではなく、かわいいけど美しくはなく、普通の幸せそうな少女」というフリードキン監督のイメージに合って決まったというエピソードがある。
母親役のエレン・バーステインは1971年公開の「ラスト・ショー」で注目され始め、エクソシスト撮影時は41歳という遅咲きの女優だ。20代の頃からテレビに出演していたのだが「自分は演技の勉強をした事がない」との理由で30代になってから俳優養成所に自ら入った努力家なのだが、エクソシストの撮影時にはフリードキン監督から「倒れ方がリアルじゃない!」と身体に無理やりワイヤーを付けられ、強引に引っ張り倒されーーこれってどう見ても演技じゃないよねって倒れ方で「一発OK」。しかしその後は病院通い。ちなみにエクソシストの主人公はリーガンではなく、この母親なのだ。
だがもっと悲惨なのはカラス神父役のジェイソン・ミラーだ。この映画の構想段階ではカラス神父役の候補には、ポール・ニューマン、ジャック・ニコルソン、アル・パチーノなど錚々たるメンバーが挙がっていたらしいが、もともとは舞台俳優のジェイソン・ミラーが「僕こそが絶対にカラス神父役にふさわしいんだって。だって、僕ってイエズス会系の学校も行ったし、神や悪魔のこと信じてるもん」と自ら応募してカラス神父役を勝ち取ったのだ。しかし、この映画を観ると、「カラス神父ってまるで元気ないよな。顔だって土色してるし、なんだかさ~、実はお前が悪魔なんじゃね? と疑いたくなる雰囲気バリバリ醸し出してるよな」って言いたくなる演技。その理由が分かりました。カラス神父役のジェイソン・ミラーがNGを出した途端、ウィリアム・フリードキン監督は自ら撮影現場に持ち込んでいた本物のショットガンを至近距離からぶっ放し、驚いて抗議したジェイソン・ミラーだったが、全く受け入れてくれないどころかそれ以降も何度もやられたそうで、「あの時は気が狂いそうだった」と述べている。そりゃあ元気もなくなるわ。
それともう一人、この映画で悲惨な目に遭わされている出演者がいる。2階の窓から飛び降りたカラス神父にかけより「懺悔するか」と問いかけるダイアー神父だ。そのダイアー神父役を演じているのは映画俳優でもなければ舞台俳優でもなく、本物の神父さんだ。いわば素人さん。この素人さん相手に基地外監督は朝から晩まで何テイクも撮るもんだから、「もう勘弁して…これでダメだったらちゃんとした俳優さんを…」と頼んだ。するとこの監督、「わかったこれが最後だ」と言い、テイク〇〇…スタート。そしてその直後にその本物神父さんの頬に強烈なビンタを食らわせた監督。すげーよな。先にも記載した通り「神なんているわけねぇだろ、ギャハハハハ」的な人間じゃなければ出来ない芸当だわ。そして殴られた本物神父さんは、極度の疲れと殴られたショックで手を震わせ本物の涙を流すシーンの出来上がり。
出演者の迫真の演技は全部本物で演技ではなかった。とにかくこの基地外じみた監督が恐ろしかったらしいが、そこまでやって初めてあの恐怖映画が出来たのだ。
それと、やっぱりなんと言っても凄いのが、撮影当時、有名どころの俳優は殆ど使っていない点だ。よく「映画は監督のもの」と言われるが、この映画ほど監督の想いというのか感性というのか言葉が上手く見つからないが、そういったものがガッツリ出ていて、俳優個人の個性など全く必要としていない映画は他にない。それが大成功を収めているのだから、とにかくスゲー、他に言いようがない。