第58話 首
北野武監督が撮った「首」。
この映画観たんだけどね~~ビックリするくらい面白くなくて、俺、途中で寝落ちしちまって、もういっぺん観たの、最初っから。だけどヤッパリ面白くなかった。
渡辺謙がこの映画への出演オファーを受けていたけど断ったって、どうやら本当みたいだね。明智光秀役だったとか。っで断った理由が、脚本を読んだが「ダメだな、つまんねぇ」と呟いていたらしい。
実は俺って歴史オタクってほどじゃないんだけど、日本の歴史が大好きで、最近どんどん当時の手紙なんかが発見されちゃって、定説となっていたモノが沢山覆され、日本史が物凄く面白い時期。あの司馬廉太郎ーー司馬史観なるものがいかに主観的であるかがハッキリしているのに、いまだ「司馬氏の歴史認識こそが正しい歴史なんだ」って固く信じてる人が大勢いることに驚きなんだけど、そういった人たちに「バカ言ってんじゃねぇよ」って意味の時代劇ではあるんだろうな、この「首」って映画は……
ただね~~、歴史好きからすると、崩しちゃっていい部分と、やっぱり押さえておかなけりゃダメな部分ってあると思う。クソ真面目な映画にしなくたっていいし、笑いを取りにくる部分があったいいと思うんだけど、でもあの映画は……クソくだらねぇ。
パリでは大うけだったみたいだね。なんだかな~~……海外での評価が高い渡辺謙をオファーしたのもそうなんだけど、北野武が海外の一部の人に媚びた造りになってないかな~~。黒澤明の「乱」もそんな感じの映画なんだけど、当時の日本人って海外で評価が高かければ「それは間違いのない正しい評価なんだ」って変な忖度みたいなものがあって、更にはSNSも無い時代だったから、「乱」に対するおかしな評価が表にあまり出ない時代だったけど、今は違うからね。この映画ーー「首」は、ほんと面白くない映画だわ。
先ずは北野武が豊臣秀吉役なんだけど、ムリでしょ。別に他の役でもそうなんだけど、演技が観るに堪えない。なんで出るかな? 監督やるなら監督業に専念すればいいのに、どーーして、ぞれも重要な役で出ちゃうんだろ? 普通の監督ならさ、北野武のあの演技と台詞回しでOK出さないでしょ。NG連発のはずが、それがあの演技で通っちゃうんだから、その時点でこの映画の卑しさみたいなものが透けて見える。
次に明智光秀を演じた西島秀俊。そんなに器用な俳優さんじゃないけど俺はけっこう好きなんだよね。だけどこの映画の西島秀俊は、この映画の明智光秀をどのように理解して役になり切ろうとしたんだろう? 監督兼原作・脚本家の北野武の指示は? どうにも「きのう何食べた?」の西島さんと重なっちまって……いったいどんな解釈の明智光秀だったの?
そして織田信長を演じた加瀬亮。そういう演技の指示なんだろうけど、知性をこれっぽっちも感じさせない信長って……。あれじゃ、ただの半グレのリーダーにしか見えなかった。そうなのです、全国制覇をあと一歩まで迫った織田軍団のトップがアレじゃ、あまりにもスケールが小さくなっちまって、部下に名を連ねた武将全部が、どうでもいい名もなき者の寄せ集めに見えた。う~~ん………徳川幕府で将軍が何代も続いて、侍がサラリーマン化していた時代設定ならまだ分かるんだけど、戦国時代の、それも信長がいる時代って、どの武将も人を殺していて、それこそこの映画の題名にもなってる「首」が恩賞の時代に生きた武将で、隙あらば取って代る下剋上の時代にアレは無いわ。
おまけに荒木村重役を演じた遠藤憲一。気の毒過ぎる。今の言葉で言えばゲイなんだろうけど、たんなるホモに描いてた。確かに戦場に女を連れていけないから男同士のってアルアルなんだろうが、あそこまでクドクドと描く意図ってなに? 俺ね~エンケンさんって大好きな俳優なのに、エンケンさんの男色シーンはキッツいわ~、観れんかったもん。
大体さ~、千利休を演じたのが岸部一徳なんだけど、織田家の誰よりも迫力があるって、どうなの? どんな茶人?
服部半蔵を演じた桐谷健太はモロ忍者の親方って感じだったけど、半蔵は最初っから侍だぜ。伊賀を捨てた奴ってことで伊賀者達からは軽蔑されて強烈に苦労した人で、大河ドラマ「どうする家康」で山田孝之が演じた服部半蔵が史実に近いはずだ。それを今頃……
それとね~、どうしてもここで書きたいのが、明智光秀がナゼ信長を裏切ったのか? なんだけど、色んな説があって、ドラマや映画でそれをどう描くのかっていうのは、史実がハッキりしないから、そこは脚本家の腕の見せ所だと思う。「おおおおお、そういう解釈も確かに出来るな! うんうん、あるかもしれない」というように「いじることが出来る部分」のはずが、「首」という映画で明智光秀が謀反を起こす理由は、俺にとっては「ソレかい……」だった。正直、ガッカリした。だってさ~、この映画の宣伝文句に「北野武が構想30年……」って謳ってんだぜ。30年も何を考えてたんだ? 明智が裏切る理由じゃないの?
確かに信長の死を聞いた秀吉の「中国大返し」は、途中、途中に「炊き出し」や「替え馬」の用意がなけれ無理だし、「炊き出し」にしてった、誰かが試算したのをネットで読んだことあるんだけど、凄まじい量の米が必要で、それだけを考えても、秀吉が光秀の謀反を事前に知っていなければ無理っぽいよね、って思わずにはいられないもので、それを映画化したのは画期的だと思うけど、光秀の謀反の理由がアリキタリだ。
映画をまだ観ていない人もいるだろうから、これ以上のネタバレは書かないけど、織田信長って残虐極まりないヤツってイメージが根ずいちゃってるけど、信長のやった行為って戦国大名なら全然珍しくなくって、比叡山の焼き討ちなんか明らかに誇大化されてる。それに比叡山焼き討ちを喜んで実行したのは明智光秀。信長の部下の中では新参者なのに最初の城持ちになったのが明智光秀。それは比叡山焼き討ちの功労賞だ。うん、信長って部下に対する褒美は「これでもか!」ってくらいしてるんだよね。だから自分が裏切られるかもしれない、ってことに意外なくらい鈍い。
蛇足になるが、明智光秀を主人公にした大河ドラマ「麒麟がくる」は、あまりのファンタジーに途中脱落した。明智光秀は謎が多い人物で、どうにもハッキリしない人だから描きがってがあったのだろうが、アレはない。朝倉氏に客分として世話になっていた時期があったのは間違いなく、その後は足利義明にも仕えていた。それなのに明智光秀は、信長の朝倉攻めに随行してるし、足利義明が限りなくバカでクズだったとしても、かつての主君として敬うこともしない、更には信長に謀反。この人物を「実はいい人でした」と描いた大河ドラマはさすがにフアンタジーにすらならない。ハラがたって観るのをやめた。
蛇足ついでに織田信長について、ちょっと書いておこう。
信長の功績って、いろいろあって、「兵農分離政策」、「楽市楽座」、「関所の撤廃」なんかがあって、経済を活発にして、その利益で専門の軍隊を作った、ってのが最強軍団が出来た要因なんだけど、現在では存在しない安土城って豪華絢爛な城で、当時の宣教師が「ヨーロッパで一番すばらしい城にもひけをとらない」って記録に残してる。そんで信長さんが面白いのが、その安土城を一般公開してるんだよね。お客さんから拝観料とって信長自身が案内したらしくて、とにかく信長が嬉しくて嬉しくて、子供みたいにはしゃいでいたのだろう。
もう一つ書くが、信長の最大の功績は、「石山本願寺との10年戦争」だと俺は確信してる。
但し、この戦争の勝者はどっちだ? となると難しい。時代が変わり明治になって本願寺は全国に寺院を持ち、一大隆盛を誇ってるが、かたや織田一族の子孫は………
だが、或る歴史学者に言わせると、信長が石山本願寺と正面からぶつかり、10年も戦ったおかげで、それ以降の日本の姿が決まった。それが無ければ、強大な資金力と武力を持った石山本願寺が日本を支配した可能性すらある。もしかするとタイのように「家族の中で誰かが必ず出家する国」になっていたかもしれない。
映画とはまるで関係のない話しになってしまったが、実は俺は信長ファンなのです。そんな俺にとって「首」という映画は、もう2度と観ない映画リストに入った。
追記
齊藤利三役を演じた勝村政信は良かった。うんうん、かっこ良かったし、あんな感じの演出でもクスっと笑えるところがあって、他の出演者もあんなふうに演じらせることが出来なかったんだろうか?
それと、当時の百姓をしたたかに演出したのも画期的だと思う。個の百姓はやっぱりどうしようもなく弱い存在なのだが、落武者狩りに加わった百姓は、落ちた侍が最も恐れた存在だ。それを描いていたのは凄いと思った。但し、映画の冒頭で、荒木村重の一族全てが処刑されるシーンで、死に切れていない女を百姓なら襲って犯すはずが、どうにもそういった真の残虐行為を北野武は、なぜか描かない。




