第56話 邦画 グッドバイ
この映画は、う~~~ん………ある意味で凄い。但し、多くの視聴者は、「なにこれ?」、「監督の自己満足映画だ」という評価を下し、再び観たいとは思わない映画だろうな。
2020年公開の映画なのだが、「グッドバイ」という、映画の題名としてはありふれた名前のせいもあり、「あ~、あの映画ね」と、ピンポイントで解る人は意外と少ないような気がする。
監督は25歳の宮崎彩という女性で、彼女にとってこの映画が初の長編映画で、原作は無い。要は、宮崎彩監督が脚本も手掛けたオリジナル作品で、66分という非常に短い映画だ。その短さゆえに「観やすい」と思いがちだが、この映画は、行間を読み取るといったら良いのか、とにかく説明が殆どないから、見終わっても「あれってどういう意味なんだろう?」と考えざるを得ない内容で、うん、俺は好きだぞ。
主演は福田麻由子。
宮崎彩監督は脚本を執筆する際に福原麻由子を当て書きしており、「彼女以外でこの役を演じられる女優はいない」と本人にオファーをしたそうだ。
宮崎彩監督の凄いところは、福原麻由子を主演にして長編映画を撮ると決めて撮影を開始したのは2018年で、その時はまだ劇場公開の予定すら無かったらしい。っで実際の劇場公開は2021年4月3日が初日だ。主演の福原麻由子や他の出演者たちには「絶対に劇場公開させる」と約束していたというから、そうとうなパワーの持ち主だ。
主人公のさくらを演じた福原麻由子、1994年生れだから撮影当初は24歳。この女優を語る上でどうしても忘れられないのがTBSドラマ「白夜行」だ。綾瀬はるかと山田孝之が主演なのだが、綾瀬はるかが演じた雪穂の幼少期を演じているが福原麻由子。2006年1月公開のドラマだから当時11歳か12歳。俺は衝撃を覚えたぞ。確か第一話は拡大バージョンで2時間枠だったはずなのだが、その第一話を圧倒的な存在感で支配していたのが福原麻由子だった。
俺は東野圭吾の小説が好きでこのドラマも観たのだが、正直言ってアッタマにきた。その後に制作・公開された映画版の方が原作に近くて俺は好きなのだが、第一話の福原麻由子にヤられた俺は最終回まで欠かさず観ちまった。
第29話で書いた「鬼龍院花子の生涯(1982年公開映画)」に夏目雅子が演じた花子の幼少期を演じた仙道敦子(当時12歳)を超える、若しくは同レベルの子役ーーー演技が上手いとかセリフ回しが上手というレベルではなく、異様なくらいの存在感で他を圧倒してしまう子役は日本では出ないだろうと俺は勝手に思っていたのだが、いやいやいや、居たわ。12歳の福原麻由子は圧巻だった。
そんな福原麻由子を当て書きしてまで作られた映画が「グッドバイ」なのだ。
この映画ーーグッドバイでは意味深な台詞がいくつかある。だが映画なのだがリアルな日常を追求したせいだと思うのだが、ちょっと理解しにくい台詞なのだ。要は、AとBが会話をしていて、その会話部分を映画のワンシーンにすると、会話をしている2人にとっては「あれ」とか「あの時は」という言葉だけで通じてしまうケースが多いのがリアルなのだが、第三者としてその演技を観ている視聴者には、回想映像でも挟んでくれなければ「あれ」や「あの時」がなんの事だか分からない。しかしこの映画は回想映像を挟まないし、説明めいた台詞もない。唐突な会話なのだ。
福原麻由子が演じる「さくら」は母親と二人で暮らしている。その母親の印象なのだが、いい歳なのになんだかネッチョリしていて俺が嫌いなタイプの女なのだが、母親役を演じている小林麻子という女優のクセなんだろうかとも思ったが、一人娘の母親ってあんな感じの人って多いかもしれない。そう考えると、いまだ子離れが出来ていない母親という設定……かな? とにかく66分という短い映画だから、よく解らない。
そして母娘の二人暮らしだから離婚しての母子家庭なんだと思って観ていたのだけれど、観終わってネットで解説を読むと、父親は単身赴任らしい。この単身赴任というのが更に俺を悩ましくしてくれて、映画の終盤で母親が娘に急に言うの、「この家を売ることにする」って。そんで自分は駅前のマンションでも借りるから、あんたも独り暮らしの準備をしてね、みたいな事を。う~~ん……単身赴任の旦那はどうなるんだろう? まぁ、ありがちな話だけど、母親と父親の関係は既に破綻していて、その寂しさを紛らわすためってこともあってか母親は娘にベッタリだった……のか?
この映画では食事のシーンが何度も出て来て、娘の食べ方は「へ~~、ちゃんとお椀を手で持って食べてて、綺麗な食べ方だな」と感心するのだが、母親の食べ方が汚い。監督は家庭での食事は性愛と繋がっていてセクシャルだと言ってる。確かに素がそのまま出てしまう欲求の一つが家庭での食事だから、自宅での性的行為と通じると言う考え方は斬新だ。
だが、そうするとどうしても考えてしまうのが、福原麻由子が演じるさくらの牛乳を飲むシーンだ。冷蔵庫から牛乳パックを取り出して直飲みするのだ。これね~~他の映画やドラマでもそんなシーンがけっこうあるんだけど、俺は生理的にダメなの。全然神経質じゃない俺なんだけど、牛乳パックの直飲みだけはもう目を背けたくなるくらい嫌で、だからすっごく気になって、あえてそういう演技をさせてる意図ってなに? って考えちゃうんだけど、直飲みしている娘に対して母親も「それ、止めなさいっていってるでしょ~」って妙に甘えた声で言う。だけど止めないの。ところが、映画の終盤で母親の留守中に父親が帰ってくる。そうすると娘は牛乳をコップに注いで飲む。うん? この父娘ってどういう関係? 帰って来た時だって、玄関に入って娘と出くわした父親は、伏し目がちで決して娘に視線を向けないで「久しぶり……」って言う。父親の浮気が原因で離婚したのなら、家庭を壊しちまった罪悪感みたいなものでそうなるのも解るんだけど、単身赴任だったんだろ? う~~ん……そもそも久しぶりってナニ? 親子でそんなセリフ吐くか? 別れた女に偶然会っちまった男が逃げ出そうにもそれも出来なくて、何か言わなきゃならないのにバツが悪くて思わず出たセリフみたいだ。但し、さくらは父親のことをあまり覚えていないようで、いったいどんな単身赴任なんだろう。船乗りだって年に数回は帰ってくるよな。海外勤務? それにしたって……やっぱり帰り難い理由があるとしか思えない。
っで物凄く意味深な台詞があって、それはさくらが母親に言った台詞で
「お母さん、あの時どこに行ってたの?」
この問いに対して母親はまともに答えない。それに「あの時」というのが何のことを言っているのか説明もないシーンなのだ。
又、他にも重要と思われる台詞とシーンがあるのだが、それを説明するにはちょこっとストーリーに触れなければならない。
主人公のさくらは勤めていた大企業を辞める。その理由は明確ではないが、誰でも出来るようなやりがいのある仕事ではなかったからだと俺は感じた。そして友人から紹介された保育園の臨時職員となるが、いつも遅くに父親が迎えに来る女の子がいた。新藤というその若い父と言葉を交わすうちに、さくらは新藤に好意を持つ。解説では、新藤に自分の父親を重ねた、とあるけど、さくらは新藤を男として見ていたと思うんだよね。その上でタバコの臭いが父親を思い出す切っ掛けになったんじゃないのかな。というのも、さくらは殆どスッピンに近い薄化粧だったのが、新藤と知り合い、美容部員の友人に化粧のしかたを教わる。
そしてさくらは、新藤父娘と偶然に夜道で会い、そのまま新藤家でカレーライスを作る。うん、凄い強引な展開なの。そしてキッチンで新藤と口づけを交わす。そして3人で食卓を囲むと、新藤の幼い娘が言う。
「そこはママの座る場所なの」
父親である新藤は何も言わない。そしてさくらも暫く沈黙の末に、
「今日は私が座るの」
新藤の娘とさくらの、ちょっとヒリヒリするようなシーンなのだが、俺は、新藤家が父子家庭になった原因が死に別れで、まだ幼い娘は母親の死を理解していないのだろうと思って観ていたのだが、なんと母親は二人目を妊娠していて、ちょっとの間、実家にでも行っていたらしく、後日、普通に出てきたもんでビックリ。マジかよ、死別も離婚もしてなかったのかよ。すると「新藤の娘と、さくら」は、さくら自身が幼い時の何かを比喩として使ったのか? そうすると上に書いた「お母さん、あの時どこに行ってたの?」が解るような気がする。だが、さくらは新藤に嫁がいるのを当然知っていた訳で、さくら自身の内面は、決して箱入りのお嬢さんなどではなく、「女なのだ」を表していたのだろう。
だが、この映画のラストが凄いのだ。思わず「ええええ……マジ?!」と思うし、「あ~~やっぱりか」とも思ったのだが、その感想は当たってるとも言えるが、外れてるとも言える。なんせ一切の説明が無く、別の意味にも取れなくもないが………
そのラストシーンは福原麻由子のアップで終わるのだが、すごく綺麗でいい表情だった。
監督であり脚本を書いた宮崎彩は、「女王の教室」に出演していた福原麻由子を観て、凄い女優だと思ったというが、俺は「白夜行」の福原麻由子を観て、当て書きしをたと思う。「母の娘である自分」、「父の娘である自分」、「仕事をしている自分」という幾つもの自分を、その場その場で演じているが、「女である自分」は、それが母親であろうと、幼い女の子であろうとーーー女の子は幼い頃からビックリするほど女であることを知っていて、母親も女であること知っているという冷めた娘が、さくらなんだと俺は感じた。
そう言えば福原麻由子という女優さんをあまり見かけないな~と思ってはいた。地上波を殆ど見ないせいもあるのだろうが、それにしてもこの映画で久しぶりに観たもんで調べてみると、2016年(20歳か21歳)に難病で入院し、2017年に退院して順調に回復、そして2018年に「グッド・ドクター」にゲスト出演で女優活動を再開したが、2023年に12月30日に女優活動を休止、そしてニュージランドへワーキングホリデーで渡り、2024年3月でもニュージランドで普通の仕事をしながら生活しているという。そっか、なんとか女優に復帰して欲しい。
追記
この映画は、「凄く心に刺さる」ことはない。そして男である俺にとっては「母と娘」という女同士の関係、「父と娘」という関係、いずれも「あ~、あるある」なんて共感はまるで覚えないのだが、なぜか記憶に残る映画で、もう一度観たいと思った。




