第47話 ロストケア
この映画は考えさせられた。
まず原作は、作家の葉真中顕氏が書いた、小説「ロスト・ケア」だそうで、今から10年も前の2013年に出版されていて、当時は完全にフィクションとして執筆されていたそうだ。映画が公開されたのは今年ーー2023年3月なのだが、主役を演じた松山ケンイチは老人介護の職員なのだが42人の老人を、「本人を救う、そして家族をも救う」という動機で殺害しするという設定だ。
この映画の設定とどうしてもリンクしてしまうのが2016年に起きた、通称「相模原障害者施設殺傷事件」だ。犯人が述べた動機は少し違うにしても、、己が信じる正義のための犯行、可哀そうな家族を救う、それと安楽死をさせたんだ、というのは同じで、俺は、「この映画はあの事件をモチーフにしたのだろう」と思ったくらいだ。
ただ、実際に起きた障害者施設での犯人は優勢思想が根本にあって、障害者は生きる価値の無い人間だから安楽死させた、というものだが、この映画の犯人はそういった差別思想は持っていないどころか、認知を患った老人に対し、誰も真似できないくらいに寄り添い、そして安楽死をさせている。
監督は前田哲。ブタがいた教室、老後の資金がありません、を撮った監督だが、俺は正直あまり知らない監督で、老後の資金がありません、は途中まで観たが、あまりにも好みに合わず脱落した映画だ。だけど、この映画ーーロストケアの緊迫感は凄い。
脚本は前田哲と龍居由佳里の共同らしい。っで龍居由佳里という脚本家なのだが、テレビドラマの脚本が多いのだが、数少ない映画では、2006年の小さき勇者たち~ガメラ~、2013年のストロベリーナイトを担当していて、意外、といったら失礼だろうが、当たりが多い脚本家だ。
キャストは、犯人と対峙する検事役に長澤まさみ。
上に書いた、この映画の持つ緊迫感というのは、この長澤まさみと松山ケンイチが取り調べでの対決シーンなのだが、そのシーンは見事に凄く、見てるこっちに強烈ななにかをバンバン伝えてくる。
長澤まさみは1987年生れだから、今年36歳。12歳でデビューしているので女優歴は24年にもなる。
松山ケンイチは1985年生れだから、今年38歳。2002年にデビューだから俳優歴21年。
この二人の取り調べでの対決シーンがこの映画の全てだと俺は思った。
というのも、これはあくまでも俺個人の感想だと前置きをするが、この映画はなかなか終わらないのだ。「これでエンディングだな……あれ? まだあるの?」って具合なのだが、最後に長澤まさみが、有罪が確定された松山ケンイチに面会に行き、そこで或る告白をするのだが、まるでカトリック信者が教会でする「告解」のように。アレは不要だ。いらないシーンだったと強く思っちまった。
そんなこともあって、この映画は凄く考えさせられ、長澤まさみと松山ケンイチの演技は強烈だった。だが、映画としてはとなると、どうなんだろう?
ちなみに、俺個人が実際に経験したことを思い出した映画でもある。
もう20年以上も前になるが、仕事中にある人が労働災害に巻き込まれ、植物人間になった。悲惨だった。っで長くは生きられないだろうと言われていて、大変薄情な話なのだが、いつのまか、きっともう死んでしまったんだろうな、となんとなく思っていたのだが、その10年後に、息子さんから会社に電話が来て、俺に回ってきて言われた。「オヤジが死にました」と。
っでその息子さんに会いに行くと、信じられないことに労災事故に遭ったその人は、数年後に意識が戻ったのだそうだ。っで息子さんは言った「ようやっと死んでくれた」と。
というのも、意識が戻って最初はみんな大喜びだった。だが、身体に深刻な麻痺が残り、介護は並大抵ではなかったという。植物人間だった時の方が遥かに楽だったと。
奥さんーー息子さんの母親が何年も何年も介護をしたそうだ。その介護をした奥さんとも俺は話をしたが、息子さんのように「やっと死んでくれた」とは言わなかったが、「これでようやっと終わり、ほっとしました」と言っていた。
障害者年金を遺族年金に切り替える際に、医師の意見書、それと障害となった原因である労災事故を起こした企業の意見書が必要らしく、それを俺に頼みたかったのだそうだ。なんせ10年前の労災事故と、10年後に死亡したことの因果関係がなければならないらしく、簡単ではないことは想像できた。
企業側のは俺が全部書いて会社印を押印し、直接労働局に持っていって、遺族をなんとかしやって欲しいと何度もお願いした。
息子さんが言っていた「これでお袋が遺族年金すら貰えないのであれば、それはあんまりだ。どうか力を貸して欲しい」と。
そんな事を否応なく思い出させた映画がロストケアだった。
追記
松山ケンイチの父親役を柄本明が演じている。認知を患い、更に転んで寝たきりとなった役柄だが、凄いな。本当に重度の認知症を患っているように見えた。あそこまで観てる者に違和感なく伝えられるのって、凄い。




