第45話 マグノリア
1999年に制作されたアメリカ映画だ。この映画を俺は最近になって再び視聴したのだが、何故か妙に記憶に残る、というか刻み込まれる映画だ。
ここで俺が書こうと思ってる感想には多分にネタバレが含まれるが、このマグノリアという映画は視聴前にネタバレを読んだところで決して色褪せる映画ではない……と思う。
まずはラストシーンについて書くが、大量のカエルが空から降ってくるラストには賛否が分かれているらしいが、俺は不思議と「あれでいいんじゃないか」と思った。それぐらい圧倒的で異様な説得力を持ったラストだ。
この映画ーーマグノリアは群像劇で主人公が9人いると言われているがーーその9人については後に触れるがーーその1人であるフランクを演じたのがトム・クルーズで凄まじい演技を披露しており、この映画でトム・クルーズは役者としての格を数段上げたと言われている。
そしてフランクを演じたトムクルーズは、アカデミー賞では助演男優賞にノミネート、ゴールデングローブ賞でも助演男優賞を受賞。とするとだ……主演って誰よ?
9人の主人公は次の通り
【フランク】トム・クルーズ
女は強引にねじふせろ的な自己啓発セミナーで成功している講師。放送禁止用語を連発させながら説くセミナーは強烈で爆笑モノ。そのセミナーでは自分が吐く言葉で自分のテンションも爆上がりし、途中休憩の際に受けた女性記者によるインタビューではブリーフ1枚で騒ぎ、なかなかインタビューにならない。
彼は自分の経歴で「幼い頃に父親は死んだ」と公表しているが、実はまだ生きている。
【フィリップ】ジミー・ゲイター
何十年も続くテレビのクイズ番組ーー長寿番組の司会者。
ジミー・ゲイターという名前を知らない人も多いかと思うが、裁判官役だったり軍人役だったり政治家役だったり、ホラー映画にも結構出演していて、2005年の「悪魔の棲む家」では神父役を演じており、超ベテランの名優で顔を見れば大抵の人は判る俳優さんだ。
だがこの映画ーーマグノリアでは、実の娘から何年も口を利いてもらえない父親役で、その娘の様子から「もしかしたら娘に性的虐待をやっちまった父親か?」と連想させ、こういう役もやるんだと正直驚いた。
そしてフィップは癌で残り数カ月の命であると告げられている。
【クローディア】メローラ・ウォルターズ
上記フィリップの娘のなのだが、それを演じたのがメローラという女優さんで、見た事があるような無いような女優ではあるのだが、父親との確執で精神が壊れるギリギリのところにいるという設定を見事に演じている。そして彼女は一切笑ったりせずニコリともしない、そして心が壊れるのを防ぐために薬物を止められないのだが、映画のラストで初めて見せる彼女の笑顔は、とてもチャーミングだったし、「この映画はハッピーエンドなんだ」と思わせる威力がある微笑みだった。
【スタンリー】ジェレミー・ブラックマン
クイズ番組に出演し、数週勝ち抜いている天才少年。
だがこの少年をどうしてラストでも救われない設定にしてしまったのか解せない。ちょっと可哀そうすぎる。
ラストでこの少年が父親に告げる「もっと僕を大切にして」という台詞が、飾った言葉ではないだけに、グッときたし、その際の父親の対応にはムっとくる。
【ドニー】ウィリアム・H・メイシー
現在は電気店で働く元天才少年。雷に打たれてから人生が違った方向にいってしまった。そしてバーのカウンターにいるムキムキの青年を愛している。
ウィリアム・H・メイシーという俳優は、脚本家でもあり舞台監督、そして映画監督とマルチな才能を発揮している人物。そして俳優としても顔を見れば誰もが知っている名脇役の1人だ。
【アール】ジェイソン・ロバーズ
末期がんで自宅療養中でベットから立ち上がる事も出来ない。このアーツがフランクの実父。若い時に妻と子供を捨て、自分勝手に生きていたが、すでに亡くなっている元妻と息子に対し激しい後悔に苛まれている。
演じたジェイソン・ロバーズは1976年「大統領の陰謀」、1977年「ジュリア」で2年連続アカデミー賞助演男優賞を獲得した名優なのだが、この映画では死にかけた寝たきり爺さん役。っで彼はこの映画の翌年ーー2000年に肺がんで亡くなっていて、どうやらこの映画が最後の映画出演らしいのだが、末期がんの役っていうのも何だかな~。
【リンダ】ジュリアン・ムーア
言わずと知れた大女優のジュリアン・ムーア。2014年の映画「アリスのままで」でアカデミー賞主演女優賞を受賞し、世界三大映画祭全ての主演女優賞を獲得した女優さん。この映画に出演した時はまだ29歳でメチャ美人だ。
演じたリンダという役柄は、アールの後妻なのだが、明らかに財産狙いで後妻に納まり、他の男と浮気を繰り返した性悪女のはずが、アールの死期が迫ると、自分がいかにアールを愛していたことに気が付き、弁護士に「財産なんかいらない、遺言を変更しなさい! とにかくアールを死なせないで!」と迫るなど、精神のバランスが崩れてしまった女性。
【フィル】フィリップ・シーモア・ホフマン
2005年の映画「カポーテイ」でアカデミー賞主演男優賞を獲得した俺が大好きな俳優なのだが、2014年に46歳で急死。彼が主演ではないが2012年の映画「ザ・マスター」で演じた或る宗教団体のカリスマ指導者役は見応えがあったな~。46歳は若すぎる。
この映画でのフィップ・ホフマンは死にかけているアールの訪問看護師という役どころで、ベットに横たわるアールが弱弱しく言った「息子と会いたい」という願いを聞き入れようと、僅かな情報を拠りにフランク(トム・クルーズ)の処までたどり着く。真面目で優しくて決して声を荒げたりしない彼は、9人の主人公の中では異質な存在。
【ジム】ジョン・C・ライリー
この俳優さんの名前を知っている人は間違いなく映画通だと思う。だが顔を見れば誰もが「あ~あ~あ~」となり、知らない人は少ないと思われるくらいな俳優さんなのだが、主演した映画は? と問われたら、ちょっと思いつかない。この人も名脇役の1人なんだろうが、決してハンサムではなく悪党ズラなのだが、大物悪党ってタイプじゃなく、どちらかと言えばチマチマ小銭を稼いでる街の鼻つまみ者って役が多いような気がする。
そんな彼が演じたのは警官役。映画の最初の方から出てきちゃうもんだから、「うわ……きっとこいつ悪徳警官だよ」って思っちゃうんだけど、実は顔に似合わずスゲーーいい奴で、心が壊れかけてるグローディアに一目惚れをしてしまい食事に誘うんだけど……とにかく格好つける訳でもなく、イイ奴なんだよな~。
この映画の監督はポール・トーマス・アンダーソン。1970年生まれだから当時29歳……って驚き。というのもこの映画には原作が無く、脚本もポール・トーマス・アンダーソンなんだよね。っで実は主人公は9人では無くって10人いたらしく、もう1人のエピソードは丸ごとカットしちゃったらしい。もし完全版があるのなら絶対に観たいわ。
っで、この映画ではその10人の24時間を描いているらしい。映画を視聴していると24時間だってことにまるで気が付かなかった。
それと上にも書いたフィリップ・シーモア・ホフマンが出演した映画「ザ・マスター」も監督はポール・トーマス・アンダーソン。
この監督って恐ろしいくらい凄いわ。というのも、マグノリアが長編映画3作目なんだけど、4作目の2002年に制作した「パンチドランク・ラブ」がカンヌ国際映画祭の監督賞受賞、5作目の2007年に制作した「ゼア・ウイル・ビー・ブラッド」がベルリン国際映画祭の監督賞受賞、っで6作目が2012年の「ザ・マスター」でアカデミー賞監督賞を受賞。だから僅か6本の映画で、それも若干42歳の監督が世界三大映画祭の監督賞全部を獲っちまったって……凄いとしか言いようがない。
上にも書いたんだけど、元々は10人を主人公にした群像劇なんだけど、その内の1人のエピソードをまるまる全部カットしてるんだけど、それでも上映時間が187分という3時間を超える長~~い映画。
長い映画は苦手だという人もいますよね。実は俺の嫁もその一人なんですが、この映画を一緒に視聴したんだが、中盤あたりまでは「なんだか登場人物の繋がりが分からない」と不満を言いつつも続けて視聴し、結局は最後まで脱落しなかった。うん、この映画は内容を理解できなくても引き込まれる。
そして台詞がとてもいい! 特にフランク(トム・クルーズ)が死にゆく父親アールに泣きながら怒鳴る「死んじまえクソ野郎!」がだんだんと変化していく台詞。それとジム(ジョン・C・ライリー)がクローデイアに愛を告げる飾りっけの無い台詞は凄くいい。
追記
主人公全員の人生が何らかの形で繋がるのかと思いきや、そうでもない、ように見える。というのも癌で長くはない二人「アール」と「フィップ」が繋がらないし、そうするとフランクもフリップに繋がらず、他にも個別に見ていけば繋がらない人達がいる。だが、アールとフィリップが繋がれば全員が繋がる。そしてこの映画の映像をよ~く見ていけば、アールの人生とフィリップの人生が繋がる場面があった。
それと映画冒頭に何度か出てくる「82」という数字は「出エジプト記の8章2節」の意味らしく、キリスト教が背景にあって「赦される」もしくは「赦す」がテーマの一つなんだろうな。
最後に言うが、この映画は是非観るべき、と強く思う。




