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第37話 乱

 1985年に公開され、黒澤明の代表作とまで言われる「乱」について書いてみよう。


 シェークスピアの「リア王」と毛利元就の「三人の息子にたいする教訓話」がベースとなった脚本だ。

 その脚本はというと、黒澤明と小國英雄、それと井手雅人の3人が1976年から執筆を始めている。構想10年と言われる映画だけど、脚本書き始めてから脱稿までが異様に長い(脱稿が1981年)。3人寄れば文殊の知恵な~んて言ったりもするが、どうなの? 御殿場の黒澤明所有の別荘に3人が集まって書き始めたらしいけど、揉めに揉めて6年も掛かったんじゃね~の?


 小國英雄は当時の脚本界の重鎮で、脚本を2本書けば家が建つだけのギャラだったそうだが、生涯300本以上の脚本を手掛け、有名どころでは「七人の侍」や「トラ・トラ・トラ」だ。

 井手雅人を調べてビックリ。1980年の映画:震える舌、1992年の映画:女殺油地獄、更には1978年の映画:鬼畜の脚本家だった。映画「乱」は、この人が共同脚本なのに…って言うのが俺の率直な感想。


 よっぽど映画が嫌いだ、って人ではない限り、一度は「乱」を観た事がある人が非常に多いと思うのだが、「どうだった? 正直に言ってみ」と俺は問いたい。


「乱」は海外での評価が強烈に高く、ニューヨークタイムズの映画評論家ですら大絶賛。そして「一生に一度は観るべき映画だ」と宣伝している映画批評サイトまである。だが、日本のマスメデアや映画評論家って海外の評価に弱いよね。結局、海外でこれだけ評価されてるんだから素晴らしいに決まってる、ってな感じに思えるのは俺だけか? これってなんなんだろうね? 太平洋戦争で負けちまったコンプレックスみたいなものが未だに残ってるのかね。断じて思うんだけど、信長とイエズス会の関係やら秀吉の朝鮮出兵とか鎌倉時代の蒙古襲来を史実に基づいてハッキリとさせなかったらダメなんだろうな。


 話を「乱」の評価に戻すが、確かに絵が綺麗で「戦国時代の絵巻物をそのまま映像にしたような作品」と評した人もいる。これって「和食」に対する欧米人の評価と日本人の評価に似てる気がする。俺も「寿司」、「天ぷら」、「霜降り和牛のすき焼き」なんて大好きなのだが、当たり前の食べ物でしかない。だが欧米人はカルチャーショックと言えばよいのか解らないが、和食に対して恐ろしいほど高い評価を下している。故に「乱」についても同様の事が言えるような気がする。キリスト教文明とは全く違った文明に対する驚嘆、それと欧米人の目からするとエキゾチックに映る黒澤作品への評価なのだろうが、なんせ日本人というのは海外の評価に弱くできてる(なさけねぇ~~)。


 次に、この映画ーー乱の興行成績だが、日本での興行収入は16億7千万という大々ヒット……なのだか、製作費がなんと26億円。そうなのです10億円以上の大赤字の映画が「乱」なのです。この現実をどのように評価すべきなのかって……難しいだろうな。

 なんでそんなに金が掛かっちまったのか? ていうと、強烈なのが映画の前半で燃えちまう「三の城」。この城、御殿場にオープンセットとして作ったらしんだけど、天守閣は高さ12m、幅16m、奥行き15mの本建築。おまけに不安定な火山灰の土地だったもんで、地下3~4mも掘ってコンクリートを流し込むって基礎だから、この城だけで4億円。そして映画後半の合戦シーンには1,000名のエキストラに200頭の馬。おまけにその内の50頭の馬はアメリカからクォーターホースを購入。レンタルより安いと考えたようだが調教師を付けての調教が必要になって、はたして安くあがったのか疑問だわ。

 ロケ現場も、「一の城」が姫路城、「二の城」が熊本城、「三の城」は御殿場に建てて燃やした、合戦シーンは飯田高原。阿蘇でも撮ったらしく、阿蘇山の噴火が活発になっちまって亜硫酸ガスが充満してロケ延期なんてこともあったらしい。他にも色々あるが、とにかく恐ろしいほどに金が掛かった映画なのだが、映画館に足を運んだ人の中に「映画館でもう一度観たい」と思い、それを実行に移した人が限りなく少なかった結果が大赤字だったんだろう。なのに、なぜ「あの映画は、さほどでもない」という評価を見ないどころか、右を見ても左を見ても賛美の嵐なのだろう。正直、気持ちが悪い。


 蛇足だが、1990年の角川映画「天と地と」ではエキストラ3,000人、馬500頭、製作費50億円というデタラメな映画もあるが、1990年といえばバブル経済に沸いていた時期だろうし、角川では資金集めのために制作委員会方式と取り、48社からそれぞれ1億円の出資を募ったといわれてる。凄いよね、募る方も凄いけど、「わかった1億円出そう」って企業も凄い。だって映画だぜ映画。バブル期ならではの話だよな。でももっと凄いのは興行収入が50億円を突破……なのだが500万枚以上もの前売券が関連企業に押し付けられた結果で、映画館はガラガラだったという。これもバブル期ならではの話だよな~。ギャハハハハハ、日本全部が狂ってた。

 ちなみに「天と地と」は「乱」に比較できないくらい強烈に酷い映画で、ほんクソと面白くないんだけど、エンディングはーー武田軍団を上杉軍団が割って通り抜けるシーンを上空から映してるんだけど、そのシーンと上杉軍団が戦場に向かうシーンは迫力があった。さすが金を掛けてるだけあるな~~って唸ってちまった。


 話が何度も脱線したが「乱」に戻そう。

 これはあくまでも俺の個人的な感想だとするが、この映画は原田美枝子の演技が凄い。強烈に光ってる。それと合戦シーンの迫力が恐ろしいほどに凄い。当時、エキストラに参加していた人のブログを読んだ事がある。びっくりしたのが「この中に(エキストラの中に)弓道の経験者はいないかーーー!!」って聞かれ、2名が手を挙げていたそうだ。そうなのです。エキストラに射手までさせていたのです。そして大半のエキスラは足軽の役だったらしいのだが、決して軽い装備ではなく、鉄製の兜に剣道の胴のような物を身に着け、槍を持ち、坂道を50mくらい走って門の手前まで行くという撮影だったらしいのだが、標高1400mくらいの場所だから空気も薄く、リハーサルでヘロヘロになったのだが、本番では頭の上を火矢がビュンビュン飛んでいて、門についたらその門に矢が飛んできて刺さったり、ヘロヘロになってる場合じゃないどころか実際の戦争だったと語ってる。なんでもありだよな~当時は。だから日本映画は古い方がお面白いのだが、「乱」はこの合戦シーンと原田美枝子以外がどうにもダメだ。仲代達也とピーターが放浪するシーンなんか大半をカットすべきだろう。


「乱」に批判的な評価をしている映画人が一人だけいた。橋本忍だ。羅生門や七人の侍では黒澤明と共同脚本家を務め、切腹や白い巨頭といった傑作を手掛けた名脚本家で、「乱」に対する批判は次のような内容だ。


 人物設定の欠如は明らかに脚本のミス。

 ストーリーが成り行き任せに似たものがある。

 黒澤さんがリア王になったつもりで書いた脚本だ。これなら人物設定もストーリーもいらない。

 登場人物の主観のみで書かれ、客観性が一切欠落した脚本。



 上記のような批判なのだが、確かにストーリーに客観性が薄いというか、なぜこうなった? という根拠がなく、主役の一文字秀虎:仲代達也の成り行きを追いかけたストーリーで、その最たる成り行きシーンがピーターとの放浪シーンだろうな。それと主人公:一文字秀虎の紋所が太陽と月を模していて、それは黒澤明の名前:「明」を図案化したもので、秀虎が黒澤監督自身らしいので、橋本忍の批判は的外れじゃない。


 追伸だが、この映画には17歳の野村萬斎が重要な役どころで出演している。当時は野村武司という本名だ。

 その役は盲目の少年「鶴丸」です。

 ひたすら怨みを抱いて生きており、主人公:秀虎を発狂させる存在。

 そして映画のラストでは鶴丸がただ一人、崖の上で、姉が無残に殺されたことを知らずにその姉を待ち続け、懐からお経の巻物が崖の下に落ちてしまうシーンで終える。


 う~~ん……いろいろと考えさせられるラストだ。もっとストーリーに鶴丸を絡められなかったのかな~。




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