第26話 天国の駅
1984年製作の日本映画。配給は東映だ。
この映画は色々な面において興味深い映画だ。
先ずは主演だが、言わずと知れた吉永小百合。
吉永小百合と言えばやはり大女優でデビュー以来「サユリスト」と呼ばれる熱狂的なファンが全国にゴッサリいるアイドルの中のアイドルだったらしい。「らしい」という表現を使ったのは、さすがに俺の年代では良くわからない話のためだ。
だが、これは俺の個人的な感想だと前置きするが、大女優ではあるものの名女優であるのかと問えば、どうしても否と答えてしまう。
どの作品に出演しても、それは何処まで行っても吉永小百合であって、それ以外の何者でもないのだ。解りやすく言えば〇〇という役を演じているように見えないのだ。これって木村拓哉も同じような批判をされているのを目にしたことがあるが、確かにそう思う。
だが、吉永小百合が大根役者かと言えば、やはりそうではなく、紛れもない日本の大女優の一人だと思う。
次のような事柄を何かで読んだ事がある。
「40歳過ぎまで主演を張り続け、けっして脇役を演じた事が無い女優は、吉永小百合と深田恭子の二人しかいない」
確かに思い返してみると、この二人が脇役で出演した映画やドラマを観た記憶がない。深田恭子も決して名女優ではないがーー実は俺は深田恭子の大ファンなのだが、それでも名女優だとは絶対に思えない。しかし、あのヘンテコな喋り方が役に異様にマッチしている時もあって、「深田恭子ってもしかすると凄げぇ女優かも…」な~んて思ったりすることもあったりする。ちなみに深田恭子は昔の方がーー四角い顔でパンパンに太っていた頃の方が断然カワイイ。
話を吉永小百合に戻すが、「戦後最大の清純派スター」という肩書が神格化していたらしく、そんな吉永小百合が39歳にして初めて汚れ役を演じたのがこの「天国の駅」なのだ。39歳だぜ39歳。
サユリストと呼ばれる強烈なファンによって固められてしまったイメージから抜け出せずに、39歳まで清純派って凄いよね。もうファンにとっての吉永小百合は「神」そのもので、プライベートであろうとセックスもしないし、もちろん喘ぎ声なんて出す訳がないって固く信じられていたみたい。クドイようだが39歳だぜ。普通にしてるだろ。
そんなある意味カタワのような女優が「死刑囚でセックスシーンまである役」を演じたのが天国の駅なのだ。全国のサユリストの皆さんは「グェェェェ~~」とか言って悶え苦しんだろうな、ギャハハハハハハハ。
余談になるが吉永小百合を知るエピソードとして面白いのがある。
吉永小百合が20代の頃に吉行和子ら幾人かの女優や文士が参加する句会でのこと。「今日はバレ句ーー色っぽい句を詠みましょう」というテーマが出されたそうだ。すると吉永小百合は強烈な句を詠んだ。
「松茸はなめてくわえてまたしゃぶり」
このエピソードってマジなんだぜ。全く盛ってないから。
話を再び戻すが、天国の駅で濡れ場を演じてからの吉永小百合は、それ以降の映画でも度々ベットシーンを演じるが……どうにもこうにも絶対に下手だ。なんなんだろうな~~とにかく濡れ場になったら強烈な大根役者に変身しちゃうんだよね。
しかし、しかしなのだが1975年製作の「青春の門」で吉永小百合(30歳)はオナニーシーンに挑んでおり、この映画「天国の駅」でもオナニーシーンが2度ある。
吉永小百合という女優は「男との濡れ場シーン」は下手なのだが「一人で慰めるシーン」は妙に上手い。
ちなみに「天国への駅」における吉永小百合のオナニーシーンは、顔と上半身が映っている時は下半身は映さず、下半身が映っている時は顔を映さないが為に、もしかするとダブルボディーか? とも思えてしまうのだが、その時の表情は見事だと言える演技を披露している。男との濡れ場の際の表情とは100%違う。
上記の句会で唐突に発表した強烈な句もそうなのだが、この人はちょっと変わった性癖ーー「M」なんじゃないのかな~~というのが、どうでもよい話だろうが俺の印象だ。
ホテル日本閣事件というものがある。
この事件の主犯「小林カウ」という女が戦後の日本で初めて死刑となった女で、「天国の駅」はこの日本閣事件をモデルにしたものである。そして吉永小百合はこの事件で死刑となった小林カウをモデルにした女を演じているのだ。
この事件を簡単に説明すると1960年代に日本中を震撼させた事件で、小林カウは1970年に死刑が確定している。
逮捕、取り調べ、裁判、そして死刑執行までの期間、小林カウはずっと「女」を振りまき続け、ベラベラベラベラと必要としないことまで喋り続けたらしく、その為、生い立ちやら男関係やら自分の性欲に関する事柄や殺人の動機について、かなり詳しい内容が当時の新聞や雑誌に掲載された。
1908年に埼玉の貧しい農家に生まれた。16歳で東京に出て家政婦として働きその頃に自慰を覚える。22歳で最初の結婚。だが夫に満足できなかった事もあってか様々な支払いーー電気代すらビタ一文払わずに身体を差し出した。その内に年下の警察官と愛人関係となる。44歳の時に突然夫が死亡。当時は脳溢血との診断だったが後に青酸カリによる毒殺と判明。その後愛人だった警察官と同棲するが、そいついは警官を辞めてカウのヒモになる。しかし2年で破局しそいつは別の女と結婚。
ホテル日本閣が経営難だと知り、手に入れようと交渉する。しかし日本閣の主人は「俺は妻と別れたいのだ。妻への手切れ金300万を用意してくれたら、お前を妻にしてやる」とカウに持ちかける。カウはホテルの雑用として働いていた男を誘惑し、ホテルの主人の妻を殺害させた。遺体はカウと雑用男とホテル主人の3人で埋める。しかし「カウが殺して埋めた」という噂が村中に広まり、その噂を広めたのが一緒に遺体を埋めたホテル主人だと解る。そしてカウは雑用男と二人でホテル主人を殺した。
52歳で逮捕された小林カウは61歳の時に死刑が執行されているが自ら綺麗に死に化粧を施し死刑台に上がったという。映画「天国の駅」はこのシーンからーー吉永小百合が指で唇に紅を塗っているシーンから始まるのだが、小林カウという強烈な女を吉永小百合に演じさせるという発想が凄い。
小林カウは取調官にこう述べている。
「捕まったって事は、事業に失敗したって事と同じだと思います」
う~~ん、これだけでは解らないけど、次のような取り調べ時のエピソードがあり、それらを合わせて考えると、少なくとも「何人もの人を殺した罪悪感」なんてものは一切ないサイコパスだった可能性がある。
取り調べの際はバッチリ化粧を施し、セックスの話になると身を乗り出して喋り始める。そして仕舞には取調官の太ももに手を伸ばし、その手は股間までも撫ぜた。
話は飛ぶが、「天国の駅」は吉永小百合のための映画だ。
実際に当時の東映の会長の岡田が「吉永小百合を主演にホテル日本閣事件を映画化したい」と出目昌伸監督に伝えたのが始まりらしい。その時すでに岡田が脚本を書いていたらしく、それを読んだ出目は「げっ、これは凄すぎちゃって吉永小百合は受けないのとちゃいますか? 俺も自信ないし…」と言ったんだけど、諦めきれない岡田は自分が書いた脚本ではなくーーさすがに出目監督が「やばいっしょ」と言った脚本を見せたらマズイと思ったのか企画書を吉永小百合に見せたのだが、企画書と言えども次のような内容だった。
吉永小百合が演じる女は金の亡者。
ゲロった汚物を取っておいて後に「おじや」として食う。
警察での取り調べ時には机の下から手を伸ばして取調官のイチモツを握る。
それを見た吉永小百合は「気分が悪くなった。脚本を読んでから返答します」と回答を保留。
その後、脚本家が早坂暁氏になり、内容も吉永小百合が納得できるものに変わって出演OKとなった。
そうなのだ、これは言い方が悪いのだろうが、国民的な大女優である吉永小百合に忖度した脚本・映画化だ、とも言える。
だが、わき役陣がしっかりとーーそれこそ脇を固めたせいで、実際に起きた事件を基にはしているがフィクションとして良い映画だ。
とくに三浦友和(32歳)はこの映画で一皮も二皮も確実に剥けた。とにかく酷ぇぇクズ野郎を見事なまでに演じていて、観ている内に「いっや~~こんなクソ野郎はいの一番に死刑になっちまえ」って腹の底から思うから。
それと西田敏行(37歳)の演技が光ってる。頭がちょっと足りない浮浪者みたいな身なりの役なんだけど、う~~ん…なり切ってたな~。
最後に白石加代子(43歳)。心の病を患っている役なんだけど、ちょっと地雷を踏んだらいきなりスイッチが入る狂女。こんな役を演じさせたら彼女はピカイチだね。
主役の吉永小百合は相変わらず「はかなげな女」で、やっぱり吉永小百合なんだけど、津川雅彦にオナニーを強制されるシーンの表情は「おお」っとくる。
しつこいようだが自慰は何故だか非常に上手、かわった女優だ。




