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第24話 嵐が丘

 1988年に公開された日本映画の「嵐が丘」だ。

 この映画はなんとも異様だ。

 そして「ある意味において呪われた映画だ」と言っている人もいる。そのある意味というのは、映画公開後、この映画を話題にする人、語る人が極めて少ないという意味らしい。公開後そうとうに年月が経ていることもあるのだろうが、確かにこの映画について「凄い映画だよな~」とか「いや~駄作だわ」なんて話を誰かーー映画好きの芸能人がテレビなどで語っているのを聞いた事がない。

 だが「一見の価値がある映画だ」と俺は断言するぞ。


 原作は、あのイギリスの小説家ーーエミリー・ブロンデの長編小説「嵐が丘」。この小説版「嵐が丘」を吉田喜重監督が、日本の鎌倉時代に置き換えるというアレンジをしたものがこの映画だ。

 そんな事もあって吉田喜重は監督だけではなく脚本も手掛けているのだが、構想に28年も掛けているらしい。恐ろしい執念だぞな。


 ちなみにこの小説は幾度も映画化されていて、最初が1939年にアメリカで映画化され、評価は極めて高く、アカデミー賞でも多くの部門でノミネートされている。しかし1970年にリメイされたものは恐ろしいほどの酷評で、ワシントンポストは「この映画の登場人物は原作の登場人物と同じだが、しかし類似点はそこで終わりだ。原作の持つ雰囲気や、表現されていた感情は完全に無視され(中略)無味乾燥な活気のないメロドラマになり……」と凄まじいまでのーー丁寧なな言葉を使っての罵詈雑言を浴びせている。いや~~ここまでこき下ろすかってぐらいな評価をそれも新聞紙面に書いちゃうんだもんな。凄いわ。ぜひ最近の日本映画ーー制作委員会方式をとってからの日本映画もこき下ろして欲しいわ。


 ところが原作ーー1847年発刊の「嵐が丘」。発行当時に高い評価を受けていたかというと、否なのだ。評価されなかったというより酷評だったらしい。理由は「愛憎劇にしても、これは酷すぎるだろ」というのが読者の感想で、当時のイギリス人たちにとっては主人公の感情ーー人生を掛けた復讐ーー超執念深いーーについていけなかったのと、その原因を作った女性が持つ「良く解らない結婚観」に呆れちまったのだろうと俺は推測するゼ。

 しかし、時代が進んで「世界三大悲劇」の一つーー名作として評価された、という小説なのだ。


 そんな原作を日本の鎌倉時代に置き換えてって映画がどうだったのかというと、いや~なんと言ってよいやら……圧倒的な印象を受ける凄い映画である事は間違いない。なんだけど、ストーリーからは愛憎や復讐劇を映像にした、って感じじゃない。


 まずこの邦画、原作のストーリをザックリでいいから知っていなければ、ちょっとついていけないだろうな。知った上で「あ~~、原作で描かれていたものとは違う何かを表した映画」だと理解すべきなんだろうな。

 そして山部一族と神官についての予備知識も必要だ。


 まず山部一族なのだが、映画では一切の説明はないので「単なる名前なのだろう」と思っている人も多いと思うし、実際にそうなのかもしれないが、あえて山部という名を使っている以上は意味があるのだろう。

 これはあくまでも俺個人の推測なのだが、第50代天皇ーー桓武天皇の「忌み名」が山部だ。

 忌み名というのは現代では僅かな特別な人しか使用していないが、古来、日本では「通り名」と「忌み名」の二つの名前を使っていたそうだ。

 通り名というのは通常使っている名前だが極端な事を言えばニックネームのようなもので、忌み名ーー真名ともいうがーーこそが本当の名前だったらしい。そして忌み名というのは他人に知られないように隠さなければならなかった。

 理由は、忌み名というのはその人の霊的人格と深く結びついているので、それを知った相手があなたを支配出来てしまうから。

 これって悪魔と似てるよね。悪魔は自分の名前を決して明かそうとはしない。悪魔祓いを行う神父は「名を言え!」と執拗に迫る。悪魔祓いの基本は悪魔の名前を知る事で、それは映画だけの話ではなくって実際のローマカトリックでもそうなのだ。

 それと「呪い」も同じ。名前も知らない相手に呪いを掛けるなんて不可能で、言い換えると、名を知られることによって縁ができる。だから呪える、という理屈らしい。


 この映画の山部という名は桓武天皇の忌み名だから使用したと俺は思う。

 話は飛ぶが、源平合戦の平家は平清盛一族だが、平氏には4つの流派があって平清盛は「桓武平氏」といって桓武天皇の遠い子孫で伊勢平氏。その伊勢平氏の中でもある一族だけが「平家」と呼ばれていて平清盛一族と同意語のように言われている。

 ちなみにNHKでやってる「13人の鎌倉殿」に主演格で出てくる北条一族は桓武平氏の遠い子孫で関東で大規模な反乱を起こした平将門の直系らしく坂東平氏とも呼ばれている。そうなのだ、鎌倉幕府で実権を握った北条氏は血筋からいうと平氏であり平清盛とは遠い親戚であって源頼朝とは全くの他人。だから後に鎌倉幕府を倒した足利尊氏ーーこいつは源氏の本流だから、「なんで源氏の俺様が平氏である北条なにがしから指示・命令されなきゃなんね~んだ? そうだ、北条なんぞ攻め滅ぼしゃあいいんだ!」って事もあったという。


 話を山部に戻そう。桓武天皇は好き者だったのか、とにかく大勢の子供を産ませ過ぎちゃって朝廷の財政難を招きそうになったがために子供たちのリストラをやった。簡単に言うと皇族から臣下に落としたって事。その子供たちの内の誰かの子孫が…この映画でいう山部一族って設定なのだろうと、俺は勝手に解釈した。


 次に神官だが、神社の宮司や神主の事だろうと考える人も多いのだろうが、現在、日本国には神官は存在しない。「官」という言葉が入るので官僚ーー簡単にいうと公務員なのだ。そして神官の意味は、何らかな神に仕え、又は神を奉納する施設に奉職する者。ちなみに安倍晴明で有名な陰陽師。原作が夢枕獏の小説を映画化して主演が野村萬斎。この陰陽師ってのは実は職業であって公務員だ。

 だからこの映画ーー嵐が丘のの舞台は、朝廷もしくは幕府から「ある神に仕えよ」と任命された平氏の末裔一族(山部一族)のゴタゴタを描いたものなのだろう。

 そして山部一族の当主、神官を三國連太郎が演じていて、住まいは「東の庄」という館なのだが、その館の外には鳥居もるし現代の神社っぽいのだが、何を祀っているのかよく解らない。そして当主自らが神事を執り行うのだが、これが見事に禍々しくて、誰もが見てはいけない神事らしい。

 まぁ確かに日本の神ってのは、「こいつ祟りそうだから祀ってしまえ」てんでまるで神様のような扱いをしたモノに後から屋敷で覆った的なーー神社のようなのだが本当に神社? ってのがあるからね。


 邦画「嵐が丘」のキャストを説明する。

 主人公は鬼丸。松田優作が演じている。

 そして原作では結婚観がおかしい女なのだが、この映画では絹という名の女性で田中裕子が演じている。

 そして絹の父親が「東の庄」の当主で神官。演じるのはスケベ~な三國連太郎。

 更には三國連太郎演じる神官には息子もいて、それが萩原流行。

 次に「東の庄」は山部一族の当主なのは先にも書いたが、「西の庄」と呼ばれる分家があって、そこの主が名高達郎。

 それと名高達郎の妹役に石田えり。

 そんでもって絹と西の庄の主:名高達郎が結婚するんだけど、生れた娘も絹って名前ーーどうして母親と同じ名前にしたのか不明ーーで演じたのが高部知子。


 上に書いた田中裕子、石田えり、高部知子、この3女優が重要人物役なんだけど、とにかく「脱ぐことが出来る女優3人」を揃えたって感じで、その期待に見事に応えてくれる。

 だけど1988年当時はまだヘアー解禁ではなくって、3女優ともが胸は見せるけど「下はNG」。だけど田中裕子は肌が真っ白で、それ自体が物凄く綺麗だし妖艶で、きっと下の方の処理を施していたのだろうと思うんだけど、ほんとギリギリのアングルでヘアー解禁の映画なんかよりもずっとエロかった。

 あ、それともう一人ヌードになった女優がいた。萩原流行の奥さん役を演じた伊東景衣子って女優。西の庄から東の庄に帰る途中に野盗に襲われ輪姦され・殺され、裸で放置される役どころなんだけど、あのシーンで股間だけ衣類で隠してる死体ってのは強烈に変だ。そんな親切な野盗いるか? 犯した上に殺しちゃってんだぜ。隠すにしてももっと辱めを意図した小道具を使ってほしかったわ。

 だが伊藤景衣子って女優、いったいどうなってんだ? ネットで検索したんだけど殆どヒットしない。「シーズン・オフ」って映画なのかドラマなのか良く解らないものに出演していたらしいのだが、他の情報が無いどころか「NHKの武蔵坊弁慶に出演していた伊東景衣子様を探してます」ってサイトに出くわしちまったぜ。どうなってんだ?

 併せてだが、ちょっとこれは相当にガセネタっぽいから名前は伏せるが、ある男性俳優ーー最近はちょっと見かけないが数年前までは超売れっ子俳優の母親が伊東景衣子だと知って驚いたって書いてあるブログを発見。おいおいおい……それはないだろって思ったのだが、伊東景衣子の若い時の顔はその男性俳優とそっくりなんだよな。そんでもって伊東景衣子の画像を検索したら、これがほとんどヒットしないときたもんだ。再び、どーーなってんだ??



 映画の話に戻るが、人間が絶対に冒してはならないタブーって「墓を暴くこと」と「親近相関」の二つだと聞いた事あるんだけど、この映画では、絹:田中裕子の棺を鬼丸が開けるという一つのタブーを犯している。

 それと絹は西の庄に嫁ぐ日の前日に鬼丸と交わる。だから娘の絹ーー高部知子は鬼丸の娘じゃないのか? って俺はずっと思っていた。

 そんでもって、鬼丸の出目がいっさい明らかにされず「山部一族の当主:三國連太郎が都で拾ってきた異様なガキ」って事なんだけど、当主の隠し子じゃないのかね? 長男:萩原流行は「こんなガキなど下人として扱えばいい」と屋敷の中に入れる事にすら大反対するんだけど、そんな長男の意見を完全に無視してまで当主は鬼丸を屋敷に入れてかわいがる。

 そうすると、鬼丸と絹は兄妹(姉弟かもしれない)という関係での親近相関。

 絹:高部知子は鬼丸に犯されそうになりながらも裸で逃げ回るから「とんでもない親子どんぶり」という悲惨な事にはならないのだけど……監督は脚本を手掛けた際にどういう考えだったのかね、ぜひ知りたいわ。


 この映画は、上記の二つのダブーに加えて「穢れのタブー」について盛り込んだ日本版「嵐が丘」なのかな~~っていうのが俺の印象。

 なぜ「穢れ」なのかというと、山を下りたところにある村の人々と山部一族は何らかの契約があるらしく、それは「山部一族は決して山を下りて村に来てはならない」というものらしく、村人の様子からは「穢れ」を恐れているような雰囲気だった。その「穢れ」とは何かについては、東の庄に祀ってあるモノのせいなのか、それとも恐らくだが代々の婚姻は「東の庄」と「西の庄」の間のみで行われていて、それ故に「あそこの奴らは犬畜生のように親兄弟で交わる」というような風評によって穢れた一族という扱いなのか。きっと前者のような気がする。


 話を娘の絹役を演じた高部知子に変えるが、この女優を起用するんだったら、他にいたと思うんだけどね。

 っというのも松田優作ってやっぱり凄くて、声の迫力、シルエットの迫力、そして異様な雰囲気ーーやっぱり化け物のような鬼丸を演じている松田優作なのに、高部知子が相手じゃ、どう贔屓目に見ても「役不足」。


 田中裕子33歳

 石田えり28歳

 高部知子21歳


 この3人、上記にも書いたように全員が脱いでいるのだが、21歳の高部知子よりも33歳の田中裕子の裸の方が遥かに綺麗だったし、なんていうのか「男を知らない中性的な綺麗さ」みたいなものを醸し出している。

 石田えりについては評価が別れるところだろうが俺は「胸が大きすぎてこの作品には不適」のような気がした。



 でも日本版「嵐が丘」は前段にも書いたが一見の価値はある、と断言できる。

 まず「金かかってるだろうな~」って映画なのだ。調べると、西友・西部セゾングループ作品なんだよね。それも1988年だからバブル経済に突入して間もなくの時期だもん。セットも凄いんだけど、「ロケ現場ってどこ? これって本当に日本なの?」って思っちゃう凄い場所で延々と撮影してるんだよね。まるで「この世とは思えない」草木もない荒涼とした土地。


 それと異形の鬼丸を演じた松田優作。いや~~とにかく鬼丸役は松田優作以外はちょっと考え難いほどぴったりなんだよな。それと馬に乗ってるシーンがあるんだけど、これがピタっと決まってて「おおおおお、かっこいい」って思わず声が出ちゃう。それと「能」の動きを相当に勉強したらしい。ガタイがデカいから一つ一つの動きに迫力がある。


 最後に田中裕子だ。能面のような表情、それとあえて棒読みのようなセリフ回しが、この映画に異様なくらいマッチしている。そして死して鬼丸を狂気の世界に閉じ込めるという極めて解り難い心情の持ち主が絹なのだが、映画全体の幻想的な雰囲気と田中裕子の演技が光っていた。


 できるなら、娘の絹役についても田中裕子が二役って方が更に強烈なインパクトを与えたような気がするな。


 しかし、ヘアー解禁前の映画と言えども、一つの映画で女優4人を脱がせたって監督は珍しい。だってこの映画に出てくる女優ってエキストラを除くと、この4人だけだよな。「演技は置いといて、とにかく脱いでもらおうか。そうだ! 全裸だ!」ってな感じか?


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