第2話 裸の島
この映画は凄いぞ。なんと言って良いのか言葉が見つからない。
1960年(昭和35年)公開の日本映画だ。
まず最初に凄いのが、近代映画協会ってところが制作・配給した映画なのだが、その近代映画協会、経営がにっちもさっちも行かなくなっててーー要は倒産寸前だったんでしょうが、協会だから「もうダメ、解散するべや」ってんで解散記念に作った映画がこれ。
金がないから当然めちゃくちゃな低予算映画。予算が無いからキャストも4~5人。それだけを聞くと、なんともヤケクソで作った映画か…ってな印象を受けるが、ところが出来上がった映画は、モスクワ国際映画祭でグランプリ、メルボルン国際映画祭でもグランプリ、リスボン映画祭では銀賞、イタリア映画祭では監督賞、ベルリン国際映画祭ではセルズニック銀賞、他にも多くの国際映画祭で賞をもらい、興行的にも大成功を収めた近代映画協会は存続するんだよね。
次に凄いのが、この映画、台詞が一切なかったはず。
「…はず」と書いたのは、俺が視聴したのは相当前だったから、前半の大よそ30分間に台詞が一切無かったのは確かなのだが、それ以降の記憶がかなり曖昧。
何故、前半の30分間についての記憶が確かなのかについては、その30分間がとにかく凄いのだ。どう凄いかというと……恐ろしいほどの緊張感に手に汗握って魅入ってしまう。どんな優秀なサスペンス映画のそれもクライマックスであろうが、この映画の冒頭30分には絶対にかなわない。
監督は新藤兼人、主演は乙羽信子、そして乙羽信子の夫役に殿山泰司。その他の出演者は…たしかこの夫婦に子供がいたはず。
この映画をどういう切っ掛けで視聴したのか全く覚えていないのだが、やはり何の予備知識もない中で観てしまい、映画が始まって早々「あれ?? なんで誰も喋らんの? これって何か音声トラブル?」ってな感じに。こちらのTVの不具合などを疑った。
映画の設定は、瀬戸内海に浮かぶ小さな島で暮らす一家の物語なのだが、その島で畑作で生計を立てている一家。しかしこの島、畑を作るのに全くもって不適な島で平地がないのだ。結構な斜面を畑にしていて、よく言う段々畑でもなくって、斜めな土地を斜めのまんまで畑にしてる上に、電気も水道も通っていない島で井戸もなかったはず。実際の瀬戸内海に浮かぶ島の年間降水量の事は分からないが、この映画の設定では雨があまり降らない設定なのだろう、乾いてひび割れたような畑に夫婦で必死に水を撒くのだ。
水道も通っていな島で井戸もなくって、畑に撒く水はどこから持ってきたんだ? と思うでしょうが、それがこの映画の冒頭30分に魅入ってしまう理由なのだ。
本土ーーおそらく広島あたりだと思うーーに夫婦二人で渡り用水路から水を桶に汲んで島まで舟で運ぶのだ。その舟も小さいもんだから桶も4つ程度しか乗らないときたもんだ(当然エンジンなんか付いていなくって舟のケツに櫓がついている人力で動くタイプ)。だからまだ日が昇り切っていない暗い時間帯から小舟で本土に渡って、桶に水を汲んで来ては、天秤棒の両端に水が入った桶を吊るして、けっこうな斜面畑を転ばないようにしながら登っては水を撒き、それを何度も何度も繰り返すのだ、夫婦二人で。
この撮影、実際に桶に水がたっぷり入った状態でチャップチャップしてのが見えるんだよね。かなり重いはずで、それを二つ、それも女優に天秤棒で担がせて斜面を登らせるんだよね。それを映画が始まってから延々と30分間。
最初は「なんだこの映画?」ってな印象なんだけど、その内「いやいやいや、まいったね」って苦笑いをしながら観る事になるんだけど、「観るの辞めようかな……でもさすがに最後までこのシーンの繰り返しはないだろ。その内、違うシーンに変わるはず…」って感じで我慢するんだよね。そうしているうちに「この女優、乙羽信子の若い時だよな。すげーな。でもなんだか転びそうだよ。ガンバレ!」って感じで乙羽信子を応援し始めちゃうの。そして仕舞には手に汗握りながら「たのむ…転ばないで…」って祈るから。本当に息を詰めて魅入っちゃうの。映画観ながらあんなに身体に力入ったの後にも先にもないな。ところが俺の切なる願いも虚しく転ぶんだよね、信子ちゃんが。思わず「あ!」って観てるこっちが叫ぶから。そしたら夫役の殿山泰司がぶん殴るんだよ。信子ちゃんを。「いっやーーーちょっと待てって。それはないだろ。女だぞ女。そもそも誰が水の無い斜面だらけのこったら島で畑作やろうって言い出したのよ。おめぇじゃねえのか?」って怒るから、俺が。
この当時の乙羽信子って女優の立ち位置がよく分からないけど、よくこんな映画に出演したよな。強烈な撮影だったと思う。それも近代映画協会の解散記念につくった映画。新藤監督もよくもあそこまでやらしたもんだし、乙羽信子ってもしかしたらドMだった?
乙羽信子って新藤監督と結婚するんだけど、この映画のずっと後なんだよね。