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第一話 めぐりあう時間たち

 この映画は難解だ。一回の視聴で理解するのは困難なところにもってきて俺は途中で寝てしまったが最後は復活したので、ほんのちょっぴりだが解った、ような気がする。

 2002年のアメリカ映画で、ニコール・キッドマン、ジュリアン・ムーア、メリル・ストリープの3大女優が共演という錚々たるキャストで、ニコール・キッドマンがこの年のアカデミー賞の主演女優賞を受賞した作品だ。よく「〇〇と△△がダブル主演」という宣伝文句は見聞きするが、この作品は3大女優のトリプル主演映画なのだろう。映画の中で実際にこの3人が絡む場面は一切ない。いや最後の方でジュリアン・ムーアとメリル・ストリープは絡んでいたが、それでも時代の異なる3つの物語が同時進行するといった特殊なオムニバスなのだが「ダロウエイ夫人」という小説で繋がっている構成だ。それゆえに3人がそれぞれの物語の主人公だ。だからなのだろうと思われるのは、ベルリン国際映画祭では、この3名の大女優ともが銀熊賞の女優賞を受賞している。


 実は俺はニコールキッドマンの大ファンなのだ。インテリジェンスな役であろうと場末の娼婦役であろうと見事に演じ切れるのはニコールを置いてほかにないと考えており、そんな事もあって彼女が出ている映画を視聴する機会が多く、この「めぐりあう時間たち」についても単純にニコールが出ているのを最近知って、なんの予備知識もない中で視聴した。

 しかし、「あれ?? ニコールって主演だよな? どこで出てくるんだ?」状態。映画の冒頭から出てきた女優がどうにも主役らしき立ち振る舞いなのだがニコールとは言い難い顔をしているのだ。だが、背丈、後ろ姿、それと声は俺が大好きなニコール。一緒に視聴していた嫁などは「あああ、これって古い映画でしょ。きっと整形する前のニコールなんだわ」とのたまう始末。

 ちなみにニコール・キッドマンの整形疑惑については正直どっちでも良い。整形であろうと無かろうと俺はとにかく好きなのだ、ニコールが。


 この映画の視聴後に調べて判明しました。ニコールが特殊メイクしていたのが。それも「つけっ鼻」です。


 意味が分からん。確かに華やいだ雰囲気など全くないーーハッキリ言って見た目が超地味な女性を演じたのがニコールなのだが、なんでよりによって「つけっ鼻」なんだ? 顔の造りが派手なニコールでは流石に無理があったのか? それで「つけっ鼻」??


 調べましたよ。ニコールの大ファンとしては調べずにはいられませんでしたよ。

 ニコールが演じた女性は実在した人物で、先にも記載した「ダロウエイ夫人」という小説の作者でヴァージニア・ウルフという作家。そのヴァージニア・ウルフという女性作家の顔が細面で鼻が長かった。


 余計に意味が分からんくなった。特殊メイクとまでいかなくても、ハリウッドの技術なら化粧で十分な地味顔にできただろうに、何故「つけっ鼻」までして長い鼻を真似る必要がある? 監督は誰よ? 「この作品には【つけっ鼻】が必要不可欠だ!!」と考えた意図はどこにあるのよ? そうしなければヴァージニア・ウルフ役を演じてはダメなの? 思わず三谷幸喜監督の「清須会議」を思い出しちまったじゃねーかよ。織田信長の血族はみんな鼻がデカかったらしく、信長の次男:信雄を演じた妻夫木聡、信長の三男:信孝を演じた坂東巳之助、信長の弟:三十郎信包を演じた伊勢谷友介、3人ともが「つけっ鼻」だったが、この映画は三谷幸喜監督特有の史実を面白おかしくわかりやすくの喜劇だ。それと同じようにニコールに「つけっ鼻」をさせた理由がわからん。そもそもシリアスな映画だぞ、この「めぐりあう時間たち」は。


 少しだけ映画の内容について触れてみる事にする。映画全体を通して、同性愛、バイセクシャル、ゲイ、レズビアンといった性的マイノリティーの生き難さみたいなものがベースにあって、「花瓶に活けられた花」を「枯れるまで移動することができない=死ぬまで偽って生きている自分」というような比喩が散りばめられていて、恐らくは、主演の3人が演じた女性は、皆、バイセクシャルかレズビアンなのだろう(途中で寝てしまったために色々と定かではないが…)。

 この映画の監督を調べてみた。スティーブン・ダルドリーというイギリス人で、彼の代表作「リトル・ダンサー」が超有名らしいので、こんど視聴してみよう。

 この映画の原作者:マイケル・カニンガムは自分がゲイであるとカミングアウトしていた。そこでヴアージニア・ウルフを調べてみた。英文学史に必ず出てくるほどの有名作家で、彼女が書いた「オーランド」は英文学における三大レズビアン小説の一つと称されていて、「ダロウエイ夫人」にもレズビアンの傾向が見受けられているって分析されているそうだが、彼女が同性愛者であったのかは、どうなんだろう。


 調べてみて改めて解ったのは、予備知識を得てから観るべき映画だという事だ。ヴァージニア・ウルフは実際に「ダロウエイ夫人」を書き上げてから入水自殺をしていて、この映画でニコールが演じたヴァージニア・ウルフも同様だ。それと映画の途中でニコール演じるヴァージニア・ウルフは、執筆中の小説(ダロウエイ夫人)の登場人物の中で「誰を死なせるか」について色々と悩む。「生と死」がこの映画の中では極めて重要なフアクターとなっている。しかし、しつこいようだが「つけっ鼻」は…

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