役者E 踊る少年 小鳥遊チヅル
「さてと、まずはこいつから聞くとしよう。」
神崎は、鑑識と一緒に道路を眺めている男に、話しかける。
身長はものすごい小柄で、中学のころから年をとらなかったかのような童顔だ。一喜一憂するその姿は、まるで無邪気な小学生を思い浮かばせる。
「おい、何をしているんだ?」
低い声で、神崎はのぞきこむ。
「おお、君が周りに噂されていた変人かあ。」
顔を見て、子供のように無邪気に笑う。体育座りから、突然ムクッと立ち上がる。
「僕は『踊の小鳥遊』。鑑識から唯一捜査1課の警部になった、君と同じ変人だよ。で、何が聞きたいの?」
ずっと笑顔の彼は、少し怪しく見えるほど、笑い以外の感情がない。可愛らしい見た目をしており、周りの女鑑識たちはひどく、神崎を睨んでいる。
「ああ、少し聞きたいことがあってな。ちょっと向こうで、タバコでも吸わないか?」
「ごめん、僕、タバコ吸えないんだ。話なら聞くよ。」
しゅんとした子犬のような目つきで、小鳥遊は上目づかいで僕を見てくる。
「了解した。」
少し、キュンとしてしまいそうになりながら、神崎は出したライターとタバコをしまう。
まだ11時、暑い昼の日差しが制服の隙間を照らす。小鳥遊はものすごい笑顔で喜んでいる。彼女にするなら、こういうタイプがいいな、と神崎はひそかに思った。
「じゃあ、ここはまかせるね。」
女鑑識の嫉妬にまみれた表情に気づかないふりをして、神崎はゆっくりと歩みを進めた。
「で、僕に何のようかな。」
小鳥遊は、人がいないところに来ると、神崎に質問をした。彼が言うと、きつく感じる言葉でもやわらかく受け止めれる。
彼の話術は、この先、広いところで生かしていけるだろう。神崎は用件を伝えるため、重い口を開けた。
「突然だが、聞きたいことがある。警部の中に犯人との内通者がいることがわかった。お前は誰が怪しいと思う。」
「あはは、突然だね。」
少し驚いた表情はするも、彼は素直に考え始めた。しかし、少し難しげな表情をして、彼は返答できないでいた。
「うーん、そうだなー。しいていうなら、僕的にあやしいと思うのは、観音寺さんとアバラさんかな。」
やっと、2人の名前を出す。
「根拠は?」
続けざまに神崎は質問する。少し、難しそうな顔をしたが、小鳥遊は今度は早く答えた。
「観音寺さんは、何事にも明確なことを言わないのと、自分のプライベートの話を1回も聞いたことがないから、かな。前、僕が家に行っていいかと尋ねた時、ものすごい冷たい声で『ダメだよ。』って答えたんだ。何か、知られたくないものがあるのかも、と思って。」
「じゃあ、アバラといった理由は?」
「彼女は、人と話しているところを見たことがない。なんだか、影を感じるような、誰かのかたきでも探しているような表情をしているから、かな。」
「少し根拠が薄いように感じる、が。」
疑いの表情を神崎が小鳥遊に向けていることに、小鳥遊はすぐに気が付いた。
「確かに、そうかもしれないね。」
小鳥遊が微笑する。はにかんだ笑顔が神崎の目に映る。
「僕は、鑑識の立場から物を考えられる力が雨宮さんに評価され、警部までなった。つまり、鑑識の証拠がない今、僕にはできることが何もないのさ。」
笑顔ではいるが、気丈に振る舞っているのか、拳は固く動いていない。雨宮さんには、相当な恩をもらっていたのだろう。
「では、何か鑑識として見つけた証拠はあるか?」
「証拠といえるほどのものでもないけど、1つ分かったことはあるよ。」
「何だ?」
神崎は、警部全員の情報共有の不十分さに驚いた。いや、こいつが意図して隠していたのか。
「この事件、何か見たことがあると思って、データベースを調べてみたんだよ。そしたら、類似した事件が1つ見つかって。」
間があく。この森には、人っ子一人もいないのだろう。静けさが耳に響く。
「15年前、高校2年の17歳 男子生徒が殺されるという事件で……。」
少し、小鳥遊は口ごもる。表情が陰っている。
「その時も、アイシテルという文字が書かれていたらしい。現場の近くには、トラックが置かれていたんだが、そのトラックは数km先の海で墜落しているところが発見された。中には、その男の子の母親の遺体が入っていた。
だから、当時の警察は『母親が彼を衝動的に殺してしまう。しかし、それを後悔した彼女は海に飛び込んだ。』と結論づけ、無理やり事件の幕を下ろしてしまったんだ。」
「なるほど、確かに類似している、な。」
(警察の裏に何かいたのか?だとしたら、何が?)神崎は、考えられる可能性全てを考えていた。
「だから、僕は思い切って仮説を立ててみた。15年前のこの事件の真犯人が、真の黒幕だという、ね。」
やはり、鑑識だけはある。与えられた情報からの推理力はピカイチだ。
「でも、この事件の犯人も、今回の事件の犯人もいったい何が目的だったんだろうね。」
その問に、神崎はハッとする。”殺人衝動が私の生きがいだ。私が初めて殺し”
「神崎さん?」
「ああ、すまない。もう1つ質問していいか?」
「ああ、構わないよ。」
笑顔が全く崩れない。まるでご主人様と話せるようになった犬みたいなその姿に、神崎は違和感を覚えた。なんだか、不気味なものを感じた。
「お前の名前の由来はなんだ?」
「えっと、どういうことかな。」
少し、表情がこわばる。何かを思い出したかのような。崩れた表情は、何かに気づかれまいとしていることを必死で訴えている。
「『踊の小鳥遊』、つけられた後、理由を雨宮さんは説明してくれるだろ。」
少し、睨み付けるように言う。しかし、きゃしゃな体からは想像できないような低い声で、小鳥遊は1つも怯まずに答えた。
「ごめん、それだけは答えられない。」
笑顔の感情が、消える。なるほど、こいつも観音寺も似たようなやつだ。
自分を見せようとしない。隠れた素顔は、どんなものなのだろう。だが、そこは今の議題じゃない。
表情がコロッと変わり、小鳥遊は笑顔にもどる。
「ごめんね、神崎さん。それじゃ、今回はこれで終わりでいいかな?」
「ああ、時間をとらせて悪かった。」
明るく笑ったその笑顔に、陰がかかる。
「じゃあね。」
大きく手を振っている小鳥遊は、神崎が行ったのを見ると、やっと歩みを進めた。
「さて、どっちがあいつの素顔だ?」
鼻につく血の臭いを、神崎はまだ取れないでいた。”心の奥には魔物がいる。” 昔、教わった言葉だ。
そろそろ、あいつの仮面も壊さなければならない。神崎は、次に話しかける警部を考えていた。