役者D 王の称号をもつカリスマ 空蝉縁
警部は全員、この場にいる。つまり、平気な顔で嘘をついているやつが1人存在するわけだ。神崎は思考を巡らせていた。
「警部は、捜査1課内に何人いる?」
「僕たちを含めて、7人です。」
観音寺が答える。彼の透きとおった声が、森に響く。
「で、どんなやつだ?」
「雨宮さんは、部下にあだ名をつけるような人だったということ、覚えてます。」
「ああ、覚えてるぞ。」
「その雨宮さんに、7人の警部はこう呼ばれていました。『蛇の天笠』・『花の観音寺』・『賭の近衛』・『人の亜門』・『踊の小鳥遊』・『毒のアバラ』、そして……。」
「『王の空蝉』」
「誰だ、お前?」
眉を細め、神崎は目の前にそびえたつ大男に聞く。りりしい眉と整った顔立ち。観音寺とは違ったタイプのイケメンだ。
カリスマ性も兼ね備えているのだろう、後ろに護衛のように、2人の警察官がいる。
「空蝉縁。俺の名を知らないとは知識不足も甚だしいな。噂で捜査1課を追放されたと聞いたが、その間、いったい何をしていたのだ。」
「おい、縁。自分の持ち場につけ!」
天笠の大声が、宙に浮かぶ。蛇のような眼光が彼を突き刺す。
しかし、一瞬はひるんだものの言葉の意味を理解していないかのような、とぼけた声で空蝉は続ける。
「これはこれは、天笠殿。この場をこれ以上調べても、意味はありませんよ。ここには、何の証拠も落ちていない。それに、”先輩面しないでもらえます”」
耳に近づけて、言ったその言葉にひどい悪寒を天笠は感じた。その目は、蛇を食い殺す鷹の目だった。戦慄が背中を走る。
「こちらから名乗ってやったのに、まだ名乗らないのかい、そこの薄汚れた男は?」
唐突に、神崎の方に言葉が行く。今度は、自分に矛先を変える。反応を見ているのだろうか。それとも、犯人という汚名をなすりつけようとしているのだろうか。
事件の解決に向かうまでのキーがあと少しでそろうかのような勝ち誇った顔をしている空蝉に、神崎は違和感を覚えた。ここは、勝負に出ることにしよう。
「神崎、だ。」
「おい、下の名前も名乗れよ、神崎とやら。礼儀を知らないのか。」
神崎は、にやりと笑う。まるで、相手を小馬鹿にしているような目で。その目は、余計に空蝉を刺激した。
「神崎R だ。」
「R?なんだ、そのイニシャルは?本名を名乗れと言ったのが、分からないのか!」
胸ぐらをつかみ、ものすごい勢いでにらむ。護衛の男たちも、すぐに臨戦態勢となる。彼のような睨みに負けるほど、やわな鍛え方はしていない。苦笑する。
なるほど、この男は確かに重要な何かは持っている。しかし、この男ではない。なぜなら、俺のことを知っているからだ。”R”と聞いた瞬間、表情がかたまった。知ってて分からないふりをしているのだろう。俺が”憧れの人”、なのだろうか。
あいつは快楽主義者だ。もし、俺のことを知っているとしたら、幹部層だけだろう。俺とそいつとの戦いを見て、楽しんでいるのだから。だから、あえて言わない。あの男は。俺の人生の中で、初めて恐怖という感情を与えたあの化け物は。
服についていたボタンが何個か、下に落ちた。新しい制服は、また買うとするか。ため息をつき、ゆっくりと神崎は話し始めた。
「俺を知らないのか?いや、知っているが、俺が本当にRなのかという確証がないといったところかな?なら、『狩人』・『トランプの魔術師』・『おどけたピエロ』。お前でも聞いたことくらいはある有名人だろ。」
神崎は、空蝉に感情のこもっていない声で問いかける。
「ああ、公安のブラックリストに載っている殺人鬼だ。それがどうした?」
「彼らを捕まえたのが、この俺だ。」
辺りが静寂につつまれる。静かに風が吹き抜ける。空蝉は、高笑いする。
「ふざけた名前を名乗った次は、ほらを吹くとは、たいしたものだ。」
あきれた顔で、空蝉は言う。
睨むのも馬鹿馬鹿しいと言った風に、手を払いのけた。少し、神崎はよろけるが、立ち直して、話し始める。
「では、ほらではない証明をここでしてやろう。」
落ち着き払った神崎は、ポケットの中のタバコを吸う。一服し終わると、やっと口を開いた。
「『狩人』 男 実年齢19歳 北海道在住 殺人の方法は、獲物を逃がした後に狩り殺すという斬新なスタイル 殺した人数は58人 今は網走刑務所”第0塔”でで服役中 事件現場には、よくタバコの吸い殻が落ちていた。
犯罪者の情報を、捜査1課にいないやつがこんなにすらすら喋れるか?
もし、まだ疑いがあるのなら、公安当局のデータベースを見てみな。俺が捕まえたことが書かれている。」
「グッ……。」
空蝉は黙り、しばらく口を開かない。まさか、あんなやつが大量殺人鬼を捕獲している警察Rだったなんて。名前は聞いたことはあった。俺も彼に憧れて、捜査1課に入った。
でも、あんなふざけたやつだとは!怒りの感情が、拳にあらわれる。だが、だが、なぜ、彼は左遷されたんだ。俺はてっきり捜査1課内にいると思っていた。
頭の中に浮かんだ1つの疑問は、簡単に答えが出るものではなかった。しかし、空蝉は、彼に関する重たい扉を開けてしまった。それが吉なのか、凶なのかは今は誰も分からなかった。
「おお、そうそう、理想と現実の違いだけで人を攻撃するのは、まだ1人前じゃない証拠だ。何かを掴んでいるんだろ。俺の足元をすくってみな。」
手を挙げて、神崎は他の警部の場所に移動する。その姿すら、空蝉の目には不気味に映った。天笠が、あっけにとられている空蝉に耳打ちをする。
「彼は、捜査1課内にいた時から、雨宮さんに気に入られていてな。警部でもないのに、あだ名をもらっていたんだ。次期警部候補、だからってな。」
少し、間が開き重たい口を天笠は開ける。
「神崎のコードネームは、”『死の神崎』”だ。もし、扉を閉めるなら今のうちだぞ。彼に関わったやつで、長生きしたやつは今まで1人もいない。」
不気味な森すらも凌駕するほどの、あの男に何か掴めないものを感じる。初めての敗北に、空蝉は殺されなかったことに対する安堵の感情のみを抱いた。