役者C 蛇の目をした男 天笠
「で、現場の状況は?」
その言葉が耳を通り過ぎたとき、2人の顔がにごった。まるで、触れてはいけない何かに触れてしまったかのように。
「僕からお話ししますよ、天笠警部。」
「いや、ここは俺が話をする、観音寺。」
「ですが……。」
「俺から話をする。後輩は黙ってみてろ。」
少し笑いながらそう言う天笠の表情が、笑っていないことはすぐに分かった。固く握りしめたこぶしが、それを示している。
「で、どうなんだ。」
「ああ、この事件を話す前に3日前に起こったある出来事について、説明しなければならない。3日前、警察のトップである雨宮龍水警視総監が、捜査1課内で何者かに襲われた。」
「何!?」
捜査1課は、警察の中でも特に事件に携わることが多い課だ。そのため、機密情報も多く存在する。
そんな課であるからこそもあり、セキュリティの面においては完璧である。侵入は容易にできるものではない。
「もし、こんなことが記事が流れれば、警察の信用を失いかねない。今、雨宮が危篤状態であることを公安のトップである霧谷は隠すことに決めた。」
「誰だ、そいつは?警視総監の雨宮さんは、知っているが、公安で霧谷なんて名前、聞いたこともないぞ。」
確か、前の公安のトップは影彦だったはずだ。名前だけ明かしているような変人で、誰かと会うときは黒いターバンのようなものを巻いて来る。
影の部隊だということもあり、捜査1課が携わらないような事件ばかりを淡々と解決していた。
「影彦さんは、お前がいなくなってすぐ、あの事件の調査に派遣された。そして、犯人を追いつめ、真相が分かるかもしれないという時に、やつに殺された。」
重い沈黙が広がる。最初に口を開いたのは、観音寺だった。
「とにかく、先に進めましょう。」
「ああ、そうだな。そして、その事件の横に詩が添えられていたんだ。」
「詩?」
「ああ、詩だ。この時は『しんだきみと いつまでも いきようとおもった』と、血で乱雑に書かれていた。さらに、なめられたことに空の缶コーヒーまで置かれていた。犯人が飲んだのだろう。数滴、コーヒーが持ち手のところについていた。」
「おいおい、唾液や指紋は?すぐにDNAくらいは分かるだろ。」
いつもの明るい表情からは想像できないくらい陰った声で、観音寺が言う。
「なかったんです。」
「は?」
「指紋もDNAもなかったんです。髪の毛1本も皮膚片1つも、何もなかったんです。」
「おいおい、どんな殺人鬼だよ。ということは、証拠も何も推理材料1つもないっていうのか。」
「だが、1つだけ分かっていることがある。」
「何だ?」
天笠のその発言に、少しだけ希望の光がさす。太陽が彼らをまぶしいくらいに照らす。
「捜査1課の中に内通者がいること。そして、次の警視総監に近かった警部の中の誰かの可能性が高いということだ。」
「どうして、そう言い切れる。」
「雨宮さんは変わり者だということを知っているな。彼は、後継者を決めるときの選定基準に現場で今現在活躍中のものを選ぶということを言っていた。公安の霧谷もこの意見に賛同していた。そして、彼がそのことを話した翌日に、何者かに襲われたんだ。」
神崎がひげをさわりながら、彼らにたずねる。
「なぜ、この事件の話を俺にした?今の事件との関連性は薄いと思うが。」
「実は、今回起こった事件にも、詩が書かれていた。しかも、血でアイシテルとな。」
だから、こんなにも鼻につくような血の臭いが辺りにただよっていたのか。不気味な笑い声が今にも、聞こえてきそうだった。
「この事件でも、指紋やDNAは一切見つからなかった。我々、警察はもうお手上げというわけだ。」
「つまり、今確定している材料は、捜査1課内にこの事件の手がかりを持っている警部がいること、それに含まれる天笠・観音寺、お前らも例外ではないということ、か。」
「そういうことになるな。」
天笠と観音寺は、否定することなくうなずく。
「残りの警部はどこにいる?」
暑い日ざしと木漏れ日が差し込む昼下がり。怪しい影は身をひそめていた。
「全員、この現場にいる。」
書き間違いがけっこうあったので、編集で書き直しさせてもらいました。もし面白ければ、感想と評価をしてください。面白くないなら、その理由も書いてくださるとうれしいです。