つまらない話ー魅了の魔女ー
先日完結した「つまらない話」のスピンオフです
身を投げたその日、その海で、あたしはこの世で最も美しいものと出会った。
生まれつき身体は弱いし家族と違う髪の色で嫌われてたのは知ってた。
兄や妹はあたしを無いものだと扱う。両親はまだ言葉にしないだけで、あたしを見てバツの悪い顔をする。
そんなに嫌?あたしが。
どこが違うっていうのよ。髪色が偶然違っただけじゃない。成長が偶然遅かっただけじゃない。
決め手になったのは父親が深夜誰かと話していたのを聞いたこと。
貰い手なんて一生見つからないんだから、奴隷にでも出してしまおう。
あたしだ。あたしのことだ。
あたしはわざと父親の前に立って、幼い子がプレゼントを貰ったようなそんな満面の笑みを見せてやった。
家宝として飾られていたナイフも一緒に持って。
ずっと窓から眺めていた、あの美しい海に向かって走った。走って、高いところまで来て、この海と一つになって終わるならと全力で飛び出した。
『あら、元気ねお嬢さん』
「…」
いつまで経っても着水しない。そっと目を開いたら、絵画にでもなっていそうな美しい女性があたしの前にいた。
あたしを掴んでいたのは木の幹くらい太い、吸盤のついた触手のような…ああ、これが蛸というやつか。
『私の海に何か用かしら』
「…ひとつに、なりたくて」
『ひとつに?』
「きれいだから」
女性はふうとため息をついて、あたしに質問を続けた。
『どうしてひとつになりたいの?』
「…わからない。やることがなくて思いついたから」
『ふーん。海はあなたのこと受け入れないと思うわよ』
「どうして?」
『だってあなた美しくないもの』
美しくない。
そんなのずっと言われ続けてきたんだから、分かってる。
「あたしは美しくないよ。家族と違って髪色も違う」
女性はケラケラと可愛らしい声で笑った。
『違うわ!生まれ持ったもので美しいかどうかが決まるなんて、いつの時代の考え方?』
「…?」
『あー笑った。あなた面白い事いうのね。』
女性の白い指先があたしの顎をスルッと撫でた。
『いいこと?子猫ちゃん。あたしが美しくないと言ったのはあなたの生き様よ。それに細い腕。手入れされていない髪。健康とは言い難いわね。どういう生活を送っていたらこうなるの?』
気にしたことがなかった。
「…普通に生活していたはずだけど」
『こんな状態で普通なの?本当に?』
キラキラとした瞳であたしの目をじっと見つめて聞いてくる。あたしが何をしたっていうのよ。
『あなた、海とひとつになりたいって言ってたけど、本当?』
「うん。それ以外することがないもの」
『じゃあ私の力をちょっとだけ貸してあげる。美しくなってから海と一つになりなさい。』
あたしの額に冷たい指が押し当てられると、急に頭が重くなって視界が反転した。
『帰りを楽しみにしてるわ、子猫ちゃん』
その言葉を最後に、あたしは意識を失った。
いつでも海に帰れるように、海沿いでできることを探した。食べ物を買うにはまずお金が必要だったから、酒場で働かせてもらえるよう頼み込んだ。
最初はずっと断られていたのに、あたしが心の底から一言頼んだら手のひらを返したように快諾してくれた。住み込みで雇ってくれたし、いい人だったのかなとは思う。
それから、あたしの力が分かった。強い意志を持って頼むと、どんな相手でも言うことを聞いてくれた。
そこからは順調にお金が手に入り、食生活も安定した。体を動かしたりもしたから、筋肉も適度につくようになった。
そんな中、軍が海を好き勝手荒らしている事実があたしの目前に飛び込んできた。
許せなかった。何があっても、あたしと一つになる海を汚すことが許せなくて。
そしてあたしは、今の道を選んだ。
充実している。あたしの船も持った。仲間だって沢山できた。この間はキメラみたいな女の子ときれいな目をした男の子を乗っけてやった。
あたしは美しくなれたかな?
『いい感じよ。もっと美しくなって、私のところまでおいで』