私の為政
没落、という肩書がついた。
落ちぶれたといっても身分は身分。郊外の小さな町を手にした我々は何とか汚名を返上させるべく為政者として尽力した。
没落という肩書がつくのだから、先代は大した政治もして来ずにのうのうと生きて、その文化は私の代まで手を伸ばしていた。
でも、私が終わらせる。私がやるしかなかった。
ついてきてくれたのは護衛として幼馴染の騎士と彼が引き連れる小規模の騎士団。そして小さなころから身の回りの世話をしてくれた、政治の知識がある秘書。
お父様とお母様は相変わらずだから私がこの家を立て直すしかなかった。
最初から味方は少なかったけど、街の様子を気にしたり街近辺の治安維持に力を入れたおかげで、何とか街からの私一人への信頼は芽生えてきたと思う。
そんな中、一人の女の子と仲良くなった。
彼女はリリィ。お父さんが騎士の、パン屋の娘。不思議な子で、私を貴族として扱わない。まるで近親者みたいに敬語も使わない。それに剣術だって上手。
私はそんな関係がずっとほしかった気がする。
リリィとはすぐに仲良くなった。うまくいかないことがあれば黙って話を聞いてくれるし、町の外の話を聞かせてくれたりもする。私の為政にはリリィの力添えもあった。
幼馴染の騎士だって有能。彼はウィル。幼馴染の立場からアドバイスをくれたりもした。治安維持は彼の指示だった。騎士になってからはなんだか恭しくなってしまったけど、彼だって私の為政に力を貸してくれた。
そんな中、老衰で秘書が亡くなった。辛かった。ただでさえ味方が少ないのに、これ以上誰もいなくなってほしくなかった。
ウィルは私につきっきりで励ましてくれた。リリィはパンを持ってきてくれたし、魔法の言葉を教えてくれた。
二人とも、ずっと一緒にいてくれるって言ってた。
ようやく前向きになってきた街の政治をまた落とすわけにはいかなかった。立ち直るしかなかった。
私がやらなきゃ誰もやらなかった。
魔法の言葉は、リリィは「切り札だよ」と言っていた。本当に必要な時しか言ってはいけない、私たちだけの魔法の言葉。
死ぬまで言わないでおけるといいなって、リリィは言ってた。
でも、案外早くその時は来た。
ウィルが裏切った。家族を捕らえられたらしく、従うしかなかったようだった。それは仕方ない。
大勢の騎士が館に押しかけてきて、お父様やお母様は泣き喚いていた。パンを持ってきてくれていたリリィも捕らえられていた。抵抗したのか、体中に痣ができていた。
王様は私の為政者としての姿が気に入らなかったらしい。
私の為政は此処まで出し、何なら人生もここまでだろうと思った。
リリィが自分から殺せと進言した。何を考えているのかわからなかった。巻き込むわけにはいかなかった。けど、リリィは私のほうを見て口角を上げて笑っていた。
それはいつものリリィの顔ではなくて、何か別の、恐ろしいものに見えたけど、その時の私には神様みたいに見えた。
私はリリィに教わった、あの魔法の言葉を口にした。
「私の血をあげる」
リリィはとても嬉しそうに眼を見開いた。血の気が引いた。私はそこまでしか覚えていない。
ティアの手の甲には焼き印のような痣ができていた。その痣から笑うその「何か」に向かって血が流れ出、「何か」はそれを吸収しているように見えた。
「何か」の周りの影は伸び、捕らえていた騎士たちはどこかへ消えた。
ゆらりと「何か」は立ち上がり、深々とお辞儀をした。
「こんにちは。私はリリート・ヴァン・ノスフェラトゥ。"死食いのノスフェラトゥ"です。」
目を覚ますと、自室のベッドの上にいて、その横ではリリィが鼻歌を歌いながら本を読んでいた。
そしていつもの優しい顔で、「おはよう」と言った。
よかった。いつものリリィだ。
落ち着きを取り戻した私はゆっくりと出来事を思い出した。ウィルはどこだろう、そうか裏切られてしまったのか。
また一人、味方が減ってしまった。
「大丈夫だよ。私だけはずぅーっとティアの味方だからね。」
そういってリリィは私を抱きしめてくれた。
「私だけのティア。これがあなたの選択だよ。」