最強皇子は正義を憂う
『おはようございます、皇子。今朝は早起きですね』
メイドがお茶を持って入室する。今朝はなぜだか胸騒ぎがして、いつもより早く起きてしまったのだ。
「何かおかしなことはあったかい?」
『いいえ、全くございませんよ。強いて言うなら、皇子が早起きをしたことでしょうか。』
「それは…そうか。」
『うふふ』
平和な会話をし、入れたての温かい紅茶を口元に運ぶ。
突然、そばにいたメイドが手のひらをぱんっと打った。
『皇子、御座いました。残念なお話になるのですが』
『ブルーハウンド家のお嬢様がお亡くなりになられました』
え?
俺はびっくりして紅茶を吹き出すところだった。
「何か病気でもしていたのか?」
知っている。彼女は転生先になる予定だった。
だが死ぬことは俺には視えていなかった。
俺に視えないことなど無かったはずだし、運命に干渉するようなこともしていない。
『あまり詳しいお話は伺っていないのですけれど…噂によれば、呪い…?ですとかって…』
「いや、それはないはずだ」
『あら、いつもの勘でございますか?』
「うん、なんだか違う気がするが…残念だ。」
彼女は顔は良かった。ただ物言いがストレートすぎて周囲にはあまり好かれてはいないようだった。
執事が有能だったな。彼がいたら他殺の可能性は有り得ないはずだ。
可哀想に。
『物騒な世の中になってしまいましたねぇ。私もいつ"転生の病"に罹ってしまうか不安でいっぱいです』
「あれは病気なんかじゃないよ、」
運命だ、と言いかけて言葉が詰まった。
大賢者と呼ばれた私が生まれ変わり、その記憶を持ったまま皇子として生活している。
では、"俺になるはずだった"俺は?いったいなんだというのだ?
こいつも運命のせいで私に体を譲らざるを得なかったのか?
では私は何だ?小さな命の未来を食いつぶしてまで生き延びようとしたのか?
『そうなのですか?皇子は物知りですね。』
メイドの声で目が醒めた。いかん。これを考え続けてはいけない。
私は悪くなる一方のこの世界を救うと決めたのだ。
でも、もし私が救えなかったら?ブルーハウンドの娘だってそうじゃないか。
私には視えていなかったし、救えなかった。
この時代で、私には何ができるのだ?
私に、生きている価値などあったのか…?
他より優れていることで優越感を得るためだけに2度目の生を享受したのか?そうではないだろう。
1度目で「大賢者」だ、それ以上の評価が欲しいなどと、この私が?
『皇子?顔が真っ青ですよ?どうかなさいましたか?』
「い、いや、なんでもない。少し考え事をしていただけだよ」
『左様で御座いますか。それでは私は失礼いたします。何かございましたら』
「ああ、すぐ呼ぶよ。」
『皇子ったら、たまに急に黙り込んじゃうのですよね。もしかしたら、知らない間に転生の病にかかっているのかも…うふふ』