悪役令嬢は転生を憂う
窓から昼過ぎの日差しが差し込む、こんな日はアフタヌーンティーを戴きながら本でも読もうかしら。
そんな物言いをしそうな、この館の一人娘は、一人憂いていた。
「ねえ、私これからどうなってしまうのかしら」
『どう、と申しますと』
口をつけていたティーカップをゆっくりと置き、執事のほうを見て言った。
「私、転生されるのかしら」
『何をおっしゃっているんですか?』
「この国には顔の整った殿方はいくらでもいるわ、高貴なお方はほとんどそうよ」
『左様で御座います』
「それに私があまり好まない、殿方に好かれやすい傾向にある顔をした女性もいるわ」
『左様で御座います』
「私、この立場危うくない?」
『と申されましても』
「どうなのよその辺?」
『なにいってんだこいつ』
「最近よく耳にするのです。隣の国の女性が別人のような振る舞いと、多くの未来予知能力を持ってしまうと…」
『お嬢様、安心してください。必ずしもお嬢様がそうなるとは限りません。』
「そうしたら、《私》はどこに行ってしまうの?私の自我は、別人になってしまうのかしら…それは私の死と同然ではなくて?」
『お嬢様、話を聞いて下さい。』
「いくら私の性格が悪いからって、私と正反対の性格の人間をわざわざ上書きする必要なくってよ!そもそもどうして異界から逃げてまでこの国の女性を変えてしまうの?せめてこの世界に生まれ変わるまで頑張って生きてみたらいいのに!夢小説という言葉も存在すると聞いたことがあるわ!」
『お嬢様、そう申されているうちは大丈夫だと思います。』
「執事…あなたは本当にそう思う?」
『少なくともお嬢様が話を聞くようになるまで疑うことはないと思います。』
「そう…そうね。もし私が私でなくなったときは、執事だけは私を忘れないでいてくれる?」
『…そうですね。善処いたします』
「あなたってほんと…。」
『お嬢様、話は変わりますが、明日のダンスパーティーはご参加なさる予定ですか?』
「すっかり忘れていたわ!」
『転生に憂いすぎではありませんか?』
「ふふ、楽しみがあるとこうも気分が明るくなるのね!ドレスはどうしようかしら…」
『ご学友とご一緒なさいますか?』
「そうね、ミス・セレスティーナとミス・アイアンバードも参加すると仰っていた気がするわ…連絡を取って頂戴。…ミス・ヤマトには連絡しなくていいわ。」
『かしこまりました。そういうところだと思います』
「何か言ったかしら」
『いえ、お嬢様の空耳でございます。』
「アレン、あなたは私と育ったも同然の、家族の一人よ…なのになぜそう毒舌なのかしら…」
『お嬢様、似た者同士でございます。』
「あなたのそういうはっきりしたもの言い、嫌いじゃなくってよ。見た目もいいし、そりゃあ私の友人に興味を持たれるのも仕方ないとは思っているけれど」
『ご安心ください。この身はすでにブルーハウンド家に捧げました。爺やと呼ばれるまでお仕えする所存でございますよ。』
「ほんとうに?」
『申し訳ありません。誇張いたしました』
「アレン!」
私は知っている。お嬢様が厳しい性格だとか、じゃじゃ馬な性格だとか、学校でどんな行動を起こしているのか想像できそうな噂が立っていることを。
しかし、お嬢様が知らないだけで、殿方から数件言い寄られていることを知っている。
知っているのかもしれないが、気づいていないだけなのかもしれない。あんなお嬢様だから。
昔っからそうだ。私が養子としてこの家に引き取られた時も、執事の養成所を卒業して戻ってきたときも、「どこに行ってたの?」とかそういう質問をする、変なひとなのだ。
そんなお嬢様に、好い人が見つかったりするのだろうか…
妹のように接してきたから、きっと複雑な気持ちにでもなるんだろうな。
『お嬢様、御休みの時間でございます。』
「あぁ、アレン…ありがとう、おやすみ」
『…?』
「ど、どうかしたの?」
普段なら「いやよ、もう少し本を読むわ」などと戯言を申されるはずなのに。
明らかにおかしい。
まさか昼にお嬢様が話されていた、
『お前、セシルじゃないな?』
「!?が…っ」
考えるより先に手が伸びていた。俺の手はその女の首を強く掴んでいた。
どこに行ったんだ。
どこへやったんだ。
レディなのに狩りがしたいとか、口答えばかりするあの活発なお嬢様はどこに行ったんだ。
首を絞めている目の前の女の顔に水が滴る。
これは俺の、涙か。
「アレン…や、めて…私よ…」
その一言が俺に突き刺さった。もうこいつはセシルじゃない。
『セシルを冒涜するな』
俺は懐から刃物を取り出し、止まらない涙でぼやける視界の中、セシルだった女の体に、
翌朝、ベッドで胸から出血し絶命しているセシル・ブルーハウンドと、その部屋の床で自らの命を絶ったとみられる執事の遺体が発見されるという知らせが、国中を巡った。
しかし数日もすると、その話は昔のことのように忘れ去られ、その国にはまた平穏が訪れた。
執事の遺体には、涙の跡が強く残っていたことを、誰も知らない。