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秘密の資金調達


 デジレは広間で、ぼんやりと宴会を眺めていた。


 城の住人はだいたい把握している。王を中心に、酔っぱらった側近たちが大声で何かの議論をしている。


 しばらくすると、満腹で夜も更け、酒も入ったことも手伝ってか、彼らはうとうとし始めた。


 デジレはその様子を、忍耐強く監視していた。


 長い時間が経ち、明かり採りの窓から見える月が中天にさしかかったころ、金髪の少年がすっと近寄ってきた。


「うまくやったよ」


 シャルルがそう耳打ちしたので、デジレはほくそ笑んだ。


「鍵は?」

「ちゃんと戻しておいたよ」

「何本持ち出せました?」

「長い剣が五本。それ以上は無理だった」

「特徴がなくてあしがつきにくそうなものを選びましたか?」

「もちろん。全部言われたとおりにしたよ」


 シャルルは、酔っ払いたちの目をかいくぐって、倉庫に侵入してきたのだ。


 剣を持ち出す提案をしたのは、もちろんデジレだ。


 見張り番や、国王たちに眠り薬の入った酒をふるまう役は、デジレがやった。


 デジレは前世で王妃だったのだ。宮廷のことは知り尽くしている。酒樽の管理人の目を盗んで酒をかっぱらうのや、小間使いの変装、疑われずに酒を飲ませる言い訳などは苦もなくできた。


(眠り薬、ちゃんと効いたでしょう?)


 マーリンが得意げに言う。薬の調合は彼から聞き出したから、デジレは成功を確信していた。


「質屋を探しますわ。数日待っていただけますか? 換金したらすぐにでもエイモンのところに持っていきましょう」


 シャルルは一応はうなずいたが、かなり不安そうだ。いくら自分の家とはいえ、盗みが発覚したらタダでは済まない。よくて大目玉、最悪の場合は彼も殺される。


「平気ですわ、シャルル様。期限までにお金を返せば剣は戻ってきます。そしたらまた何食わぬ顔で倉庫に戻せば、誰にも気づかれることはありませんわ。今は冬だから、戦いもないでしょう?」

「だから困るんだよ。戦いがある時期なら、俺が戦場に行くって手もあったんだけど……」


 戦場での略奪は騎士の基本収入だ。


「戦争だなんて、野蛮な真似はおやめなさい。お金はわたくしがなんとかいたします。それよりシャルル様はもっと有意義なことに時間を使うべきですわ」


 シャルルマーニュは騎士としても、それから戦争の指揮官としても非常に才長けて優秀だった。


 それは父親に続いて、小さいころからいくつもの戦場を経験しているからだ。


 フランク王国の弱体化を狙うには、シャルルにはできるだけ戦闘行為に参加しないでもらった方がいい。


「もっとお勉強をなさいませ。この国でほとんどギリシャ語の本が読まれていないのは大きな損失ですわ。素晴らしいものがたくさんありますのに」


 前世で、シャルルは自分が読み書きできないことを非常に気にしていた。その反動からか、ミサに使われる詩編をすべて暗記するなど、行き過ぎた勉学欲を見せることもあった。おそらく、彼本来の性情は、学問が嫌いではないのだろう。食事のときによく朗読係に読み聞かせをさせていたのは、英雄が活躍する古代の叙事詩だった。


 騎馬隊を指揮させれば最強だったシャルルマーニュだが、もしも少年の日の彼に、ギリシャ語を教え、ラテン語を教え、自由に本を読み書きできるようにしてやったら、どうなるだろう。


 馬術の腕前は確実に衰えるはずだ。


 うまくすれば、戦の最中に命を落としてくれるかもしれないではないか。


 デジレは自分の思いつきがすっかり気に入って、笑顔になった。


「ねえ、シャルル様。明日もリナルドのお見舞いにいらっしゃる?」

「もちろんだよ」

「では、わたくしが物語を読んでさしあげます。きっと気に入るわ」


 あれこれと明るい未来のことを思い浮かべ、鼻歌すら歌いかねないデジレだった。


 シャルルは何を思ったのか、急にデジレを抱きしめた。


 な……何かしら? と、デジレは少し居心地悪く思う。彼が腰から提げている剣などが太ももに当たってとても痛い。


 シャルルはデジレを抱いたまま、そっとささやいた。


「本当にありがとう。君はリナルドの恩人だ。君がいなければ、きっと死んでた」


 シャルルの目に涙さえ浮かんでいるのを見て、デジレは複雑な気分を味わった。


 友達のために泣けるのだ、この男は。


 なのにどうして、デジレのことを焼き殺したりしたのだろう。


 しかもこの男は、殺すときに、微笑んですらいたではないか。


 デジレが死ぬのがそんなに愉快だったのだろうか。涙を流す価値もないと? それほどまでに憎まれていたのだろうか。


 悲しく、やるせなかった。


 デジレの気分は顏にも出ていたらしい。シャルルが目をこらしてデジレの顔を見て、少し悲しそうにした。


「ねえ、デジレ。教えて。君は、俺にこうされるのがイヤなの?」


 デジレは自分の感情をどう説明したらいいのか分からず、うつむいた。本当は愛されたかったという思いが少しだけ浮かび上がり、すぐに胸の痛みに変わる。


 この締め付けられるような苦しみは、どうしたら晴れるのだろう。


「君はすごいね。あの怖いエイモンさんにも全然負けたりしないで、まるで対等な大人みたいに話してた」

「何もすごくなんてないわ。頭に血が昇って、感情のままに動いただけ。本当は、見殺しにすべきだったのよ」


 できなかったのはデジレの弱さだが、シャルルはそう取らなかったらしい。


「勇敢だった! 俺よりずっと! 本当に、君はすごい……見直したよ。本当なら、俺がエイモンさんに抗議しなきゃいけなかったんだ。でも、できなかった……自分でも情けないよ」


 シャルルは自嘲気味に笑った。本気でデジレに脱帽しているようだった。


「君は俺にギリシャ語をしろって言うけど、そのギリシャ語の本には、君が作ってたみたいな薬草のことも載ってるの? 文字が読めるから、君はそんなにすごいのかな」

「え……ええ」


 正確にはマーリンからの入れ知恵だが、彼がそれで文字の読み書きに関心を持つなら、少々の嘘はご愛敬だ。


「そうなんだ……デジレのいた国ではきっとそれが普通だったんだね。俺のまわりには、ギリシャ語がそんなにすごいだなんて教えてくれる人は誰もいなかったよ。みんな、馬に乗れ、剣の練習をしろって、そればっかり」

「身体の鍛錬だけが騎士道ではありませんわ。キリスト教徒らしい教養を身に着けて、礼節を知ることも大切なのです」


 そして腕がなまって、敵の兵士に殺されてしまえばいいんだわ、などとデジレが考えているとはつゆ知らず、シャルルはデジレにキスをした。


 ちゅ、ちゅ、と熱心に唇を吸われて、デジレは背中がぞわぞわした。ついぞ感じたことのないような薄気味悪い感触だった。


「礼節ってこういうの? 素敵な女の子を見たらすかさずキスをするのが礼儀って、誰かが言ってたんだけど」


 シャルルがとぼけたことを言って、小さく笑った。



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