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奴隷の値段


(ええ、そんなあ。私は確かにすごい魔術師ですが、今は霊魂だけのあわれな存在ですよ。魔術の行使なんて、とてもとても……)


 デジレは、もう一度、治せるわよね? と、すごんでみせた。彼とやり取りをしていると、なぜか神経を逆なでされているような気分になることがある。


(仕方がありませんね……それでは、よく効く薬を伝授しましょう)


 デジレはちらりとリナルドを見た。薬でどうにかなる傷ならいいけれどと、胸のうちでつぶやく。


(心配はいりませんよ。アヴァロンの秘薬で、たちどころに治してさしあげます)


 デジレは彼の言うことを信用することにした。ほかにどうしようもなかったというのもあるが、彼がすごい魔術師だということは、これまでの会話からも分かっていた。


「シャルル様。リナルドをどこかの寝台に運んであげてくださいませんか? わたくしも手伝いますわ」


 シャルルとふたりで彼の肩をかつぎ、彼の案内でどうにか城内のベッドにリナルドを横たえた。


「シャルル……?」


 意識が戻ったのか、リナルドがシャルルの肩をつかむ。


「頼む……納屋に奴隷がいるから……その子を……」


 エイモンたちはその奴隷を殺すだろうか? おそらくはそうするだろう。


 シャルルは青い顔で、それでもうなずいた。


「分かった。俺がどうにかするよ」

「待ちなさい」


 デジレはうんざりしながら、自分のドレスの下からいくらか金貨を引っ張り出した。


「これで買い取ると言ってやりなさい。身重の娘でしょう? すぐに手放すわ」

「ありがとう!」


 何をしているのよ、とデジレは自分に毒づいた。デジレだってそれほど懐に余裕があるわけではない。こんなところで浪費している場合ではないのに。


 シャルルが奴隷を連れてくる間に、デジレはマーリンから聞いた調合を書きとめた。


 奴隷の娘はひどく怯えていたが、幸いにして大きな怪我はないようだ。彼女にリナルドを任せることにした。


「薬を作りましょう。シャルル様、探すのを手伝っていただけますか? なるだけきれいな水が流れていて、妖精が棲んでいるような森があれば、案内していただけませんこと」


 彼は大きくうなずいた。


「馬を出すよ。でも、君、薬なんて作れるの?」


 デジレ自身、薬なんて作ったこともなかったので不安だったが、そんなことは顏にも出さない。


「よく効きますわ。保証しましてよ」


 デジレはシャルルを急き立てて、森に向かった。


***


 デジレは大急ぎで摘んできた薬草をすり潰し、混ぜ合わせて、リナルドに飲ませたり、傷口に塗ったりした。


(よく洗ったら、羊毛を巻き付けて……そうそう。これでひとまずは大丈夫でしょう。食事はなるべく柔らかいものを。ユダヤ教徒の作るチキンスープは滋養があっておすすめですよ。なるだけたくさん野菜を入れて煮こんだものを与えてください)


 マーリンの言いつけをシャルルに伝えると、彼はどこからともなく骨付きチキンのおいしそうなスープを持ってきた。


 リナルドは少しだけスープを飲んで、また眠ってしまった。


「残りはあなたが食べるといいわ」


 そばの奴隷娘に声をかけると、彼女は目を丸くした。


「あなた、名前は?」

「……ラグネ。ラグネトリュード……」

「そう、たいそうな名前ね。奴隷とは思えない」


 金髪碧眼の、北欧系の顔立ち。


 王族筋のエイモンの家に置かれていた、美人の奴隷娘。


 なにかいわくがありそうだと思ったが、デジレは興味がなかったので、そこで追及をやめた。


 彼女にもリナルドの横に粗末なベッドを与え、出産までそこで休養するように命じた。


 女好きといえども煤けた奴隷には興味が持てないのか、シャルルはラグネの存在などまったく無視して、リナルドの横で、彼の寝顔を心配そうに見つめている。


 デジレはふたりを見比べて、似ているけれども金髪のシャルルの方がより快活そうな印象で、黒髪のリナルドの方は知的な目つきをしていると思った。


 リナルドの母親・アヤ夫人はシャルルマーニュの叔母なので、ふたりはいとこ同士に当たる。リナルド、グイド、シャルルの顔立ちが似ているのは、近しい血のフランク王族だからなのだった。


(しかし、あなたも難儀な方ですね、デジレ姫。なぜリナルドを殺してしまわなかったのですか?)


 マーリンが唐突に話しかけてきた。


 いいでしょ別に、とデジレは思う。


 どうせ殺すなら、この手で八つ裂きにしてやりたいだけよ。


(殺し方にも美学を持ち込んでいるようだと、全員の処刑を終えるのに、何年もかかってしまいますよ)


 図星をつかれ、デジレはイラついた。マーリンをまったく無視して、リナルドの兄・グイドのことを考える。


 グイドはフランク人の中でも飛び抜けて乱暴で粗忽者だったが、初めからそうだったわけではない。彼の父親エイモンが何かというと暴力をふるう男だったのだ。すると彼は自然と弟たちを殴るようになった。グイドに一番責められているのはリナルドだ。


 一般的にフランク人の男は貴重な働き手である男児を死ぬまで苛むようなことはしない。しかし、リナルドは要領が悪いのだろう。もしかしたら、容姿がシャルルに似ているのも災いしているのかもしれない。末弟で、しかも兄弟の中で一番大人しい彼は、ひとりくらい男児を失っても困らないとばかりに、いつも父親や兄たちの怒りのはけ口にされていた。


 子どもの性格は飲ませた女の乳で決まる、などと世間ではまことしやかにうわさされているが、デジレの知る限り、それは嘘だ。


 殴って育てれば、子どもも人を殴るようになる。


 フランク人の騎士は幼いうちからレスリングを習い、仲間同士で殴り合い、弱い者をいじめて育つ。


 王女として蝶よ花よと育てられ、ラテン語やギリシャ語の教育まで授けられたデジレとはなんという違いだろう。


 デジレだって、火刑にされた恨みがなければ、こんなにも彼らを燃やしたいと思うことはなかった。


 ならば、リナルドたちだって、毎日殴られるような生活を送らなければ、周辺国にその名をとどろかせる騎士パラディンに成長することもないのではないか。


 十二勇士たちの軍事訓練を阻み、彼らを軟弱な学者か、詩人にしてしまえれば、フランク王国は大きく弱体化するだろう。


「シャルル様」


 デジレは今しがたの思いつきを実行に移そうと思った。

 それにはシャルルの協力がいる。


「リナルドをこれ以上エイモンのところに置いておくべきではありませんわ。このままではいつかグイドたちに殺されてしまいます」


 シャルルは絶望的な表情になった。


「分かっているけど、エイモンおじさんは厳しいんだ……俺にはどうにもできないよ」


 エイモンは歴戦の屈強な戦士だ。紅顔の美少年であるシャルルがエイモンにうちかかっても、軽くあしらわれて終わりだろう。


「わたくしに考えがありますわ、シャルル様」


 デジレは手を広げてみせた。


「エイモンにリナルドを売らせて、彼を城で引き取るのです。相応の金銭を払えば納得するでしょう」

「でも、そんなお金ないよ。デジレは持っているの?」


 傷者の娘奴隷を引き取るのと、健康でよく働く貴族の子どもを奴隷として買い取るのでは、値段が違う。リナルドの買値は、途方もない大金になるだろう。


「今は持っておりません。でも、少しだけ借りるのはいかがですか?」


 シャルルマーニュは目をぱちくりさせた。


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