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リナルドの危機


 彼女との結婚は、様々な思惑があって決定されたものだが、シャルルにとって一番大きかったのは、母親ベルトルートの勧めだった。


 大好きな母親が推薦してくれた娘なのだから、さぞかし可愛らしく、素敵な子なのだろうと、楽観的に考えていたのだ。


 しかし、シャルルの意に反して、初めて出会ったデジレは非常に地味な女の子だった。やたらに恥ずかしがって、ろくに口もきかないのに、気づくとシャルルをじっと怖い顔で見つめている。


 気味が悪い、とシャルルは思った。華のない容姿であることも手伝って、かなりがっかりしたことは否定できない。


 彼女と接しているうちに、母親が彼女を推した理由もなんとなく察した。彼女の恥ずかしがり屋で内気なところは、ベルトルートにそっくりなのだ。おそらく母親は、無意識のうちに自分と似た少女に親近感を覚え、彼女を選んだのだろう。


 母親のことは好きなシャルルだったが、正直に言えば、デジレとの結婚は失敗だと思った。お話もできないような女の子と一緒にいるのは退屈だったからだ。


 シャルルはすぐにデジレの存在を頭の隅に追いやってしまった。乗馬の訓練や、仲間との水泳に明け暮れているうちに、あっという間に数週間経った。


 その間、デジレとは数度顔を合わせただけで、しかもそのたびにどんどん彼女への興味を失くしていった。


 離婚ももちろん考えた。


 しかし、ロンバルディア王や、彼と繋がっている政敵の行動を抑制する意味でも、シャルルとデジレの結婚は重要だ。


 いくらなんでも、すぐに送り返すというわけにはいかない。ある程度は仲良くするのがシャルルの義務でもあった。


 冷たく接したりなどはしていなかった。


 ないがしろにしていたつもりはなかったが、あまり顔を合わせなかったのは事実だ。


 デジレが高熱を出して死の淵をさまよっているとき、見舞いに尋ねてみて、驚いた。お見舞いに来る人が誰もいないのだ。嫁いできて間もないのだから、当然ではあるが。


 その寂しい様子に、さすがにシャルルの胸も痛んだ。


 故郷を遠く離れ、家族の看病もなく、ひとりぼっちで亡くなるのは、どんなに寂しいことだろう。すまないことをしたと、シャルルは思った。罪悪感を打ち消したくて、三日間、つきっきりで看病した。


 熱は下がらず、デジレの意識も戻らない。

 神父を呼び、彼女を見送る準備をしていたら、奇跡が起こった。


 デジレが目を覚ましたのだ。


 ほっとした。ここで死なれていたら、さすがに可哀想だと思っていたからだ。


 彼女は起き上がって、少し泣いていた。


 怖い夢を見たのだと言う。


 シャルルから邪険にされて殺される夢だと言うので、ドキリとした。


 確かにシャルルは、彼女を疎ましく感じていたのだ。内心を見透かされたようで、後ろめたかった。


「シャルル様、どうかひとつお約束してくださいまし。側室が何人いたっていい、どんな女性をおそばにお置きになっても構いませんわ、でも、わたくしの夫は生涯にあなたひとりだけだということは、どうかお忘れにならないで……」


 デジレがそう言って涙をこぼしたとき、シャルルはまたドキリとした。


 いつももじもじしていて、何を考えているのか分からない子だと思っていた。


 なのに、いきなりこんなことを言われたのでは、シャルルとしても面食らう。


 遠慮がちな態度の裏で、それほどまでにシャルルを慕ってくれていたのかと思うと、これまでの嫌悪感が嘘のように晴れた。


 おそらく、嬉しかったのだと思う。


 急に、彼女をかわいらしいと思う気持ちがわいてきた。


 お話も、寝込む以前よりずっとできるようになっている。


 表情が変わるところを初めて見た。思っていたより、ほほ笑むとかわいらしい。


 意外な一面を見た思いでいたら、その後すぐに度肝を抜かれることになった。


 その直後に、奴隷の無惨な処刑に立ち向かっているのを目撃したのである。


 初めは自分の目が信じられなかった。


 シャルルだって手を出せないような、怖い大人の男の人に真っ向から言い返しているのだ。


 武器も防具も持たない彼女が、毅然とした命令だけで人を従わせている姿は、ものすごくかっこよかった。


 シャルルにはとてもあんな真似はできない。


 さっきは少し機嫌が悪かったみたいで怒らせてしまったけれど、また誘ってみよう。


 とにかくシャルルは、もっとデジレと話がしてみたいと思った。


***


 デジレは思案を巡らせて、当面は故郷のロンバルディアに財貨を蓄えようと考えた。


 だって、ここではデジレがいくら金貨を稼ごうとも、全部没収されてしまうのだ。


(当時のフランク人の法では、財産は『家』のもの。あなたの財産は、家長の持ち物となってしまいますからね)


 マーリンの解説は聞き流した。彼はときどき意味の分からないことを言ってはしきりに感心している。


 デジレがこっそり資産を蓄えたいのであれば、実家に送るよりほかはない。


 しかも並大抵の稼ぎではダメなのだ。


 デジレの国・ロンバルディアはそれほど資金が豊かな国とは言えない。フランクには二度戦争で負け、少なくはない財産を没収された。もう一度戦っても、おそらく負けるだろう。


 それでも、十年あれば富ますことができる。

 デジレにはやり方が分かっているのだ。


 デジレは父親のロンバルディア王デシデリウスに向けて手紙を書き、下準備を進めていたが、昼をすぎたころから急に外が騒がしくなった。


 激昂する男たちの声も聞こえてくる。


 思い知らせてやれ、と、はやしたてる声。血に飢えた声だ。


「また処刑かしら。嫌ね。ほかにすることないのかしら?」


(処刑はこの時代最大の娯楽ですからね)


 蛮族どもめ、滅びるがいい、とデジレは心のうちで毒づいた。


「デジレ!」


 シャルル王子はさっと部屋に入ってきた。


 血相を変えたシャルルがつかつかとデジレに歩み寄り、手を取る。


 デジレは慌てて手紙を隠すのに精いっぱいで、抵抗できなかった。


「ねえ、リナルドを助けて! 昨日みたいに、大人たちをやっつけてよ!」


 シャルルがなにやら泣きついてきたが、デジレは戸惑うばかりだ。


 彼はデジレを連れ出す間、感情的な早口でまくしたてた。彼はシャルルの幼馴染で、大事な友達だ。ほとんど兄弟同然に育ってきた。リナルドがいない人生なんて考えられない、といったようなことを。


 シャルルに手を引かれて、デジレが無理やり連れ出されたのは、処刑台のある広場だった。


 背の高い少年が、複数の大人たちから嬲られている。殴られ、蹴られ、よろめいた背中を踏まれる。


 誰かと思えば少年はリナルドで、囲んでいるのはリナルドの父・エイモンと、その兄弟たちだった。


「ちょっと待ってよ、今デジレを連れてきたから!」


 シャルルがそう言って割って入ろうとするが、途中で兄弟のひとりに捕まった。じたばたもがいても抜け出せない。


(おや、修羅場ですね。どうしたんでしょう)


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