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報復の誓い


 デジレは嫌悪感に眉をひそめた。


 シャルルマーニュの女グセの悪さは折り紙つきだったが、さすがに少年のころから女を追いかけていたわけではない。


 シャルルマーニュが女性に興味を持つのは、背が伸びきったころからのはず。


 それなのに、今からデジレの閨を訪ねたいとは、いったいどうしたことなのか。


「俺たち、夫婦なんだから、いいよね?」


 デジレは瞬間的に彼の頬を打ちたくなった。


 なので、そうした。


 乾いた甲高い音が響き渡る。


「ふざけないで」


 シャルルはぽかんとしている。


「わたくしはまだ十歳よ? 男の相手など務まるわけがないでしょう?」


 デジレは本気で怒っていたので、きびすを返した。


「わたくしは女をもてあそぶ殿方が一番嫌いだわ」


 シャルルはしばらく無言だったが、やがて慌てたような声をデジレの背にぶつけた。


「え、でも、俺、別にそこまでは……単にお話したいだけっていうか……って、おーい!」


 シャルルはデジレを呼び止めようとしていたが、デジレが怒って早足になったのを見てか、追いかけてはこなかった。


 最低だわ、とデジレは思う。


 これでは、前世のときよりもさらにひどくなっているではないか。


(『ゲルマン人は奥手で純情、一人の妻を生涯大切にする』と述べた古代ローマ人の記録が残っていますが、十二勇士たちはそんなゲルマン人の中でもさらに女性に対しては純情であるはずだったんですよね。アンジェリカの理想の恋の相手なのですから、当たり前ではありますが……しかし、この世界はひどい。どうしてこうなってしまったんでしょうか。デジレ姫にも手を出すシャルルマーニュなど、聞いたこともないのですが)


 マーリンがよく分からないことを言って嘆いているが、デジレは腹を立てていたので、取り合わなかった。


 皮肉なものね、とデジレは思う。


 前世ではあれほどシャルルマーニュに愛されたいと願っていたのに、ついにそれは叶わなかった。


 ようやく彼がデジレを見てくれるようになったのは、氷のように冷たい憎悪を胸に抱いてからだなんて。この世界の神はなんと嫌な采配をするのだろう。


(ところで、さっきの話の続きですが、よろしいですか?)


 デジレの物思いを中断するように、マーリンの声が割り込んできた。


「……シャルルと離縁すべきではないって、どういうことなの?」


 誰もいないのを確かめてから、デジレはそう口に出した。


(あなたがシャルルマーニュと離縁してロンバルディアに戻った場合、シャルルマーニュの軍勢が攻めてきて、ロンバルディアは滅亡します)


 デジレはうめいた。さもありなん。フランクの騎士は強く、獰猛で、おまけに残忍だ。シャルルマーニュの統治時代、周囲の異教徒はあらかた攻め滅ぼされた。ならば、ロンバルディアだってそうなる可能性は高い。


 理屈では分かっていても、デジレは冷静になれなかった。


「でも、もう、わたくしは耐えられないわ! あんな男、もう顔も見たくない!」


 なまじ彼が美しい少年であるばかりに、デジレはいてもたってもいられなくなる。どうすればこの苦しみは打ち消せるのだろう。あの美しい顔を思う存分痛めつけてやればいいのだろうか? あのふっくらとした瑞々しい頬を、土べたに伏せ、こすりつけさせてやったら、シャルルマーニュも少しは悔しがるだろうか。金糸のような髪を剃りあげ、台無しにしてやれば、あの青い瞳が屈辱に歪むところを見られるのだろうか。


 ゴミのように捨てられ、ついには燃やされて、デジレは悔しかった。屈辱だった。嫉妬で身が焼けそうだった。


 こんなにも苦しめられたのだから、シャルルマーニュにも同じ思いを味わわせてやらなければ、釣り合いが取れないではないか。


 デジレ自身も、激しい衝動に困惑していた。


 前世では、こんなに強く人を傷つけたいと思ったことなどなかったので、持て余していた。


(まあ、待ちなさい、デジレ姫。アンジェリカがこの国に来るまで、あと十年。離婚する前に、準備万端整えておけばいいだけの話です)


 それもそうだとデジレは思った。


 手の内はすでに読めているのだから、あとはデジレがそれに合わせて対策を練り上げるだけでいい。


 十年あれば、フランク王国を滅亡させることだってできるだろう。


(おや、やる気ですね。私としては、墓所がキリスト教徒に守られるのなら、結末はなんだって構わないのですが……王国滅亡とは、なかなか大きな野望で)


 マーリンが面白がっている。


 デジレは物見高く見物されて少々不愉快だったが、気にしないことにした。彼は未来が見えるというし、使い方さえ間違えなければ強力な武器になる。


「報復するわ。シャルルマーニュに。十二勇士に。アンジェリカに。わたくしを陥れた愚か者どもを、もろとも火刑台に送ってあげる」


 彼らを焼き尽くせば、きっとデジレの気も晴れるだろう。


 そう思うことで、デジレはようやく自分を保っていられるような心地がした。


***


 シャルルはデジレが怒ってどこかに行ってしまったあと、ぼんやりと処刑場のふちにある階段に腰かけ、騒動を眺めていた。


 その場にいた全員で、神父の自宅に押し入り、家探しをするということで話がまとまったらしい。


 当の神父は顔の形が変わるほど殴られて、ぐったりしていた。


 遠くから眺めている分には面白い。


 しかし、シャルルには、とてもあの輪の中に入っていく勇気はなかった。彼らに注意などしようものなら、王子のシャルルだって殴られるかもしれない。


 ――デジレはすごいなぁ。


 それが彼の素直な感想だった。


 ――よくあの女の人を助けてあげる気になったよね。


 あんなに勇敢な子だなんて知らなかった。


 知っていたら、もっとお話をしてみたのに。


 シャルルがデジレと結婚してもう数か月ほどが経つ。夏のいい時期に、彼女はフランクへとやってきた。



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