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奴隷の処刑


「それにしてもびっくりしたな。君、いつも怖い顔をしてるから、てっきり俺が嫌いなのかと思っていたんだけど」

「そんなはずはありませんわ!」


 デジレがどれほどシャルルに恋い焦がれていたのか、この人は少しも知らないのだろうか? だから、あんなに無情にデジレを焼き殺したりしたのだろうか。そう思うと、ますます怒りがわいた。


「どうしたの? 怒ってるの?」


 シャルルが戸惑ったようにデジレの顔を覗き込む。


「当然でございましょう、いくらシャルル様でも許せませんわ! わたくしにあんなむごい仕打ちをして!」

「それって、夢の話? 落ち着いてよ。俺、まだ何もしてないでしょ」


 彼の言うとおりだったので、デジレはしぶしぶ口を閉ざした。本当は言ってやりたいことがごまんとあった。


「夢見が悪かったんだね? ひどい熱だったから、無理もないよ。ゆっくり休んでね」


 彼はそう言ってデジレの頬にキスを二回送った。


 去り際に、振り返った彼が、いたずらっぽく笑う。


「君のかわいい声が聞けてよかったよ」


 馬鹿にされたと感じたデジレがかっと頬を赤らめると、シャルルはうれしそうに大笑いした。


「じゃあね。かわいい俺の奥さん」


 デジレは腹立ちまぎれに枕元の神父も追い出し、ひとりきりになった。


 屈辱に我を忘れ、自然と独り言が口をつく。


「ああ、いまいましい……! あんな男、すぐに離縁してやるわ!」


(離婚が禁じられたのは、この二百年後。フランス王ロベール二世のころでしたね。シャルルマーニュのころはまだ結婚の法律もおおらかで、側室もいて、完全な一夫一妻制とは言えなかった)


 また頭の中で声がした。


(しかし、デジレ姫。あなたの側から離婚を言い渡すことは難しいのではないですか?)


「分かっているわ。わたくしは彼の言いなりよ。少し知恵を働かせる必要があるわ。ところであなた、誰?」


 彼は少し驚いたようだった。


(マーリンですよ。あなたの恩人をもうお忘れですか?)


 デジレは頭痛がしてきた。


「いったいどこからわたくしに話しかけているの?」


(もちろん、あなたの夢の中から。私のことは、ありがたいお告げをくれる神の使いとでも思っていてください)


 悪魔の間違いではないかとデジレは思ったが、そう感じた瞬間に、マーリンが嘆いてみせた。


(ひどいですね、悪魔だなんて。確かに私は夢魔との混血ですが、我が救い主キリストの信徒でもあるのですよ。私のように、善良で、いいことにしか魔法を使わない魔術師もいるのです)


 人の心を読まないでほしいともデジレは思ったが、どうせ言っても無駄そうな相手だと悟って、わざわざ口に出しはしなかった。


(どうか私のことを邪魔がったりしないでください。私の助言はとても役に立ちますよ。自分で説明するのは面はゆいですので、少しだけ実証してみせましょう。外に出てみてください)


 デジレは窓の外を見た。外はよく晴れており、北ガリア地方特有のじめじめとした湿気がこもる室内よりはいくらか居心地がよさそうだ。


 デジレは言われたとおりにした。


 何だか外が騒がしい。


「処刑だとさ」

「エイモンさんは容赦ないからねえ」

「見に行くだろ、お前らも?」


 道端の人たちが噂話をしている。


 デジレは人ごみをかきわけて、城門にある処刑台に近づいた。


 そこでは粗野な亜麻布の軽装を身に着けた男たちが、ひとりの女性の腰から下を穴に突き落とし、さかんにスコップで土をかけていた。


 女性は小鹿のように打ち震え、絶望的な表情をしている。


 脇に積まれた大量の小石からして、どうやらこの女性に石を投げて処刑しようという算段らしい。


 デジレは自分が殺されたときのことを思い出し、胸が悪くなった。


 この女性の処刑に、どんないきさつがあったのかは知るよしもないが、王女のデジレでさえも陥れられたのだ。彼らがまともな裁判を経てこの女性を殺すことにしたとは、とうてい思えない。


 不愉快だ、とデジレは思った。


 なにもかも不愉快だ。


 野蛮で、残虐で、不潔で、愛のかけらもない蛮族たちが、心の底から不愉快だった。


 この女性が何をしたというのだ。


 デジレがシャルルマーニュにいったい何をしたというのだ――!


「おやめなさい!」


 デジレはとっさに、そう口に出していた。


 彼らは恐ろしい形相でデジレを振り返った。


(おや、あの背の高い少年はリナルドではありませんか。隣にいるのは兄のグイドです)


 どちらもデジレのよく知る顔だった。特にリナルドは、前世の因縁もあり、身元や性根などもいやというほど知り尽くしている。


 リナルドといえば、シャルルマーニュが特別にかわいがっていた『十二勇士』のひとり。勇猛果敢で眉目秀麗な、模範的騎士との噂であった。


 デジレは真実を知っているので、噂などおかしくてたまらないのだが。


(いやはやまったく、この世界はどうなっているのでしょう。本来のリナルドは、アンジェリカの恋の相手として、理想的な騎士に成長しているはずなのですが)


 マーリンの独り言に、デジレは眉をひそめた。


 シャルルマーニュの十二勇士として名高いリナルドだが、そもそもの話、十二勇士とは、野蛮人の集まりだからだ。理想の騎士とは、片腹痛い。


 シャルルマーニュを筆頭に、十二勇士たちは皆、女性がこぞって見とれ、憧れるような美丈夫ぞろいだったが、中身のほうもまたシャルルマーニュと同じぐらい乱暴で、女好きの、どうしようもない男ばかりだった。彼らはよく連れだって異教徒の住まいを荒らし、金品を強奪し、住民を誘拐しては売り飛ばしていた。


(いえ、それはおかしいんですよ、デジレ姫。とにかく本来のあるべき姿では、この国はもっと文明的に発展していて、うるわしのキャメロット城のように、白銀の甲冑を着込んだ騎士たちが統治しているはずだったんですから)


 白銀の甲冑? と、デジレはせせら笑う。


 デジレはリナルドたちを冷たく一瞥した。


 彼らはみすぼらしい格好をしている。


 フランクでは、農民と王とに、衣服の違いはない。


 フランクの農民は着飾ることをよしとせず、粗末な衣服を選んで着る習性があったが、驚いたことに王も同じようなぼろきれを好んで着ているのだ。


 あの美しいシャルル王子だって、農民の群れに紛れていたら、デジレは見つけ出せないだろう。色あせ、黄ばんだ亜麻布と、不潔な毛皮。それが高貴なるフランク人の装いなのだ。


 東にあるローマとはなんという違いだろう。


 デジレの故郷・パヴィアは、ヴェネツィア商人を介して流入してくるペルシャやセリカンの絹織物や、東ローマ風の優美な長衣を身に着けた人たちでいっぱいだった。


 しかし、リナルドたちは、どうだろう。


 ほとんどの者がウールと亜麻布のしみったれた服を着ている。聖マルティヌスはボロを身にまとっていた聖人だが、聖マルティヌスとこの騎士たちとに、服装上の違いはない。


 デジレは心の中で思う。ああ、早く、自分の国に帰りたい。こんなに野蛮で、女を女とも思わない人たちとは、一緒に過ごしていたくないのだ。


(デジレ姫、故郷を懐かしがるのは後です。とにかく今は、この窮地を乗り切らなければなりません)


 リナルドとグイドはスコップを片手に、のしのしとデジレの方へ歩いてきた。


 デジレはたったそれだけで、背筋がゾッとした。


 リナルドはともかく、グイドは直情径行のきらいがある男なので、カッとなるとすぐに人に殴りかかる。前世でも、そうやって何人の人間を誤って殺してきたことだろう。


 もしもデジレが止めに入ったことで頭に血がのぼっているなら、すぐさまあのスコップでデジレをぶつに違いない。


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