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最初の復讐


「リナルドはもらっていく! いいな!」


 シャルルは高らかに言うと、意気揚々と剣を掲げてみせた。


「わが剣は神意なり!」


 デジレは呆然と成り行きを見守っていたエイモンに、ずいっと金貨の袋を押しつけた。


「奴隷の売買は神意によって祝福されたわ。この先、何があってもリナルドを取り戻したいだなんておっしゃらないでね」


 デジレの念押しに、わけも分からずうなずくエイモン。


 晴れてリナルドは、デジレの奴隷になることが決まった。


(そういえば、リナルドの片手が動かないという嘘はどうするんですか?)


 デジレは、決まってるでしょ、とこともなげに心の中で独白する。


 聖ヨハネの遺灰に触れたら怪我が治った、これもリナルドが正しき騎士パラディンだと主がお認めになったしるしだ、って言うのよ。


(ははあ、なるほど。聖人の遺骨が病を治したというエピソードは山のようにありますからね。妙案です)


「デジレ! やったよ!」


 シャルルがぴょんと飛びついてきたので、マーリンは悲鳴をあげた。


(私の遺灰ー!!)


 デジレはシャルルの髪や服についている灰をかきあつめて、小箱に戻さなければならなかった。


(まだあります! 地面に落ちているあれも! 拾ってください!)


 あなた細かいわね、とデジレはうんざりする。マーリンがピカピカ光らせた塵とも言えない塵をそっとすくい上げて、小箱に戻した。


(とりあえずこれでいいでしょう……もう、本当にこういうことはやめてくださいね)


 それはどうかしら、とデジレは思う。わたくし、女ったらしって大嫌いなの。


(とにかく、私にできることであれば今後は惜しまず協力しますから、遺灰をまき散らす前にまず相談してください)


 やっぱり出し惜しみしてたのね、とデジレは冷めた気持ちで思った。最初からそう言っていればよかったのよ。


「シャルル様、お怪我は?」

「うん、もう全然平気。血も止まってるし、痛くないよ」


 彼の髪をかきわけ、傷を探したが、どこにも見当たらない。


(治しましたから、もう大丈夫ですよ)


 デジレはあんまり感謝する気になれなかった。これだけ強力な癒しの魔法が使えるのなら、なぜリナルドのときにも使わなかったのかと思う。


(いやあ、大きな力を使うのは少々面倒で……)


 デジレは遺灰を丸ごと捨ててやろうかと考えた。


(……すみませんでした。今後はちゃんとしますので、勘弁してください)


 マーリンとそんなやり取りをしているとも知らず、シャルルはデジレの箱に目をやった。


「ねえ、デジレ、その遺灰が聖ヨハネのものって本当なの?」


 きらきらした瞳で小箱の中を覗き込んでくる。


「俺ね、気絶してるときに、変な男の人の声が聞こえたんだよ! もしかしてあれが聖ヨハネなのかな?」


 デジレは微妙に目をそらした。マーリンの仕業に違いない。


「彼はなんて?」

「俺はこんなところで終わる人間じゃないって! リナルドを連れて西方世界を征服する大皇帝になりなさいってさ!」


 はしゃいでいるシャルルは犬そのものだった。舌をだらしなく突き出しながら尻尾を振りちぎっている犬。デジレはついおかしくなって、吹き出してしまった。


「そう、よかったわね、旦那様」

「あとね、デジレはすばらしいお妃さまになるから、ちゃんと大事にしなさいって言われたよ!」


 デジレは虚を衝かれた。余計なことを吹き込んだマーリンに恨み言を言ってやりたくなったが、シャルルがうやうやしくデジレの手を取ったので、それどころではなくなった。


「わが勝利はわが妃に」


 しかつめらしく言って、シャルルはデジレの手の甲にキスをした。


「いずれは西方世界もそなたの足元に捧げてみせよう、わが妃デジレ」


 デジレは足元に骨を持ってきて大はしゃぎの犬を想像してしまい、いよいよおかしくなって、小さく笑ったのだった。


***



 リナルドは怪我による高熱でうなされながら、どこからともなく聞こえてくる不思議な物語に聞き入っていた。


 聞いたこともない国の言葉だ。でも、響きが美しいことは分かる。


 語り聞かせているのは、シャルルの妃、デジレだろう。落ち着いたよく通る声だ。


 彼女はシャルルに話を聞かせるかたわら、リナルドに苦い薬を何度も飲ませてきた。


 首を振って嫌がるリナルドに、デジレは冷たく言う。


「飲むのよ。あなたはわたくしが高いお金を払って買ったんだから、役に立つ前に死なないでちょうだい」


 なんてひどい言いぐさだ。


 リナルドははじめ憤慨していたが、デジレがかいがいしく傷口に薬を塗り、身体を清めて、おいしいスープを口に運んでくれるのを漫然と受け入れているうちに、なんとなく心境に変化が訪れた。


 この人は、口先ではすごく冷たいけど、めちゃめちゃ丁寧に傷を治してくれてるんだ。


 こんなに丁寧な看病は、母親にだって受けたことはない。


「よくなってきているわ。腫れは引いているし、安静にしていれば手足もまた動くようになるって」


 リナルドが何の気なしに腕を動かそうとしたら、怒鳴られた。


「馬鹿ね、安静にって言ったでしょう!? 少なくとも四十日は絶対に動いてはダメ! 次に起きようとしたらわたくしがとどめをさしてやるわ!」


 リナルドはだんだん分かるようになってきていた。彼女は、これでものすごく心配してくれているのだ。


 なのにどうしてそんな言い方しかできないのだと思うと、逆に新鮮味があって、面白かった。


 女性といえば、甘い言葉や優しい言葉しか喋らないものだと思っていた。


 デジレは優しい言葉など一度もかけてくれなかったが、リナルドが知る女性の中で一番リナルドに親身な看病をしてくれた。


 時間にしてほんの一か月か、二か月くらいの出来事だったと思う。


 その間に、リナルドはすっかりデジレに懐いていた。


***


「あなたは今日からわたくしの奴隷よ。リナルド」


 デジレがぶっきらぼうに言い放つと、リナルドは威勢のいい返事をした。


「もちろんです、お妃様。日夜手ずから看病して死にかけの僕を救ってくださったこと、僕は一生忘れません」


 デジレは、そう、とそっけなくつぶやき、ほんのりとほほ笑んだ。どうやってこき使ってやろうかと考えるだけで、自然と愉悦の笑みが浮かぶのだ。


 彼には死刑に賛成票を投じられた恨みと、髪を掴まれて殴られた恨みがある。


 デジレはひとまず恨みを晴らすことにした。


 わしっと、リナルドの髪をひっつかむ。


 顔をまっすぐデジレに向けさせた。


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