第四区分
さあ新学期、校舎二学年フロアです。タマちゃんはどんな顔をして美波ちゃんに会えばいいのでしょう。
答え、会わす顔がない、じゃなかった、自分の発した言葉に責任を持って毅然とせねばならない、の一択だ。ゴツいヒロノにも誉をいただき、ここは『愉快なタマちゃん』以外の気合を是が非でも……なんて構えてみたけれど、そんな必要などなかった。
当然の如く、美波ちゃんはオレの隣には来なかった。いつも小さいひろのちゃんと一緒だった。自ら望んだ結果だ。言霊は生きているのである。
ゴツいヒロノは噂の真相も教えてくれた。こちらは小さいひろのちゃん経由だ。秋口の美波ちゃんと城穂男子の真の関係は、ヤロウのナンパから始まった只の友達だったそう。
結局カノジョの本命は中野太一で、冬休み中に二人の間に接触も有った、らしいけど、それは表からは見えやしない。
三年以外は穏やかな日常の続き。ダブルひろのは昨年同様、微笑ましく絡んでいる。その間の美波ちゃんはどこでどうしているんだろう。
ナバを一度、見掛けた気がした。よく似た誰かを乗せる大学病院行きの路線バスを、駅北口のバス停で見かけた。
母親からもその後の噂を聞かない。怪我がどうなったかも知らない。便りがないのは元気な証拠かもしれない。知らないフリをする。見なかった事にする。けれど、管轄にはつい、気を張る。ナバがSNSでそこそこの校内外の友人達とやり取りをしているのを見かけ、そっと胸を撫で下ろす。東高の友人知人の気配も読む。これと言った不穏は見当たらない。大きなコトが無いといい。
一日が長く感じた。
放課後、校内は三年の大学入試と次年度の準備で慌ただしく、その他在校生は短縮部活でダラダラとお茶を濁す。オレも小さな郷土研究部室でなんとなく過ごす。
この部はフリーダムだ。出入りする部員達も、あるものは提出期限の過ぎたプリントを捌き、またあるものはあらゆるゲームの腕を競う。
オレは備品の整理に勤しむ。二十周年冊子をファイルに綴じる。そういえば作成中に気になった箇所があった。郷土研究部が本来の活動を逸した、例えばアイドルの握手会だの部員の嗜好優先に走る様になった時期。ちょうど十七年前の夏休み終盤、関西の野外フェスからだったのだ。前年までは遺跡や名勝散策だった。
(この学年って、デールさん達の同窓生なんだよな)
勿論、OB名簿にデールさんやチップさんの記載なんてない。あの方達こそ文化部には一番無縁のキラ星だ。
一日一日は長いけれど季節は存外早く過ぎて、あっという間に如月に入る。
美波ちゃんの姿は毎日横目で確認していた。今日はマスクしてるな、とか、今日はテンション高いなとか。側から見れば立派なストーカーだが、入学してからの習慣だ。今更どうしようもない。
でも廊下でふとすれ違った時にはちゃんと、短い挨拶をお互いにした。それは周りの反応を回避する為もある、彼女のソツのなさがまた眩しかった。自分だけが独り相撲しているのである。
その美波ちゃんに呼び止められたのは、バレンタインの当日ど真ん中、昼休み。
「タマちゃん!」
前と同じだ。前というのは、クリスマスの、もっと前だ。
彼女のその屈託のない声に、ほとぼりが冷めたのかなと自虐。振り返って返事をする瞬間までに、話せなかった時間を反芻。自分だけの感傷を認証。重症なオレの口元に「はい、あーん」と差し出されるのは、甘い香りの丸い物体。チョコ菓子の香り。バレンタイン爆弾だった。
「うわああああ」
瞬間で逃げかわすオレ。ああでも結局、関わると速攻で『愉快なタマちゃん』の役割が降臨。今までの憂鬱をリセットするテンション。条件反射は半端ない。
「え、ヒドイ、なんで避けるの?」
美波ちゃんも前のまま。てか、女子の行動は常に謎のまま。ほら、お互いリスタート。
「ちょ、オレ今はチョコはマジで駄目!」
「え、なんで、前は食べてたじゃん」
「だってオレ、さっきすげえモン食わされたもん」
愉快なタマちゃんは午前中、クラスの女子に「納豆入りチョコ」を試食させられていたのだ。甘美なカカオに包まれた発酵食品。
「クッソ不味かったんだよ。ホント勘弁!」
美波ちゃんは「あはは」と笑った。タマちゃん優しいなあ、と朗らかに言った。
結局また彼女に捕まる。ふざけて壁ドンされる。前より距離が近い。流れで白くて綺麗な指が摘まむ、丸くて可愛いチョコクッキーを食わされる。全てが冗談カテゴリー。元のまま、何も無かったフリ。遠巻きに誰かに見られても、誰も素敵な想像はしない。オレのポジションの盤石さときたら。稀に非リア男子が羨むけれど、この程度の役得が株主優待ってヤツだ、きっと。
「うお、これは納豆チョコと違う、美味い!」
「うん、そうでしょう」
前より近い距離で、美波ちゃんが前と同じ様に笑った。
ちゃんとした会話が二か月も空いたのも初めてだ。本当に何もなかったかのようで、だけど本当は何もなかったのかもしれない。オレの自意識だけの問題。タマちゃんの意地なんて、側から見ればアリンコだ。意地なんてそんなモンだ、きっと。
だから、普通にしていればいいやと思う。バックれて、前みたいに愉快にしてしまえ。そう開き直る。
「すげえウマー」
「でしょー?」
「うん、これマジでウマい。もいっこ頂戴」
美波ちゃんが小さな包みをくれる。友チョコだ。茶色い小洒落た紙袋。
「嬉しーチョコ貰えたーやったー」
ひとつももらえない男子が本気で羨ましがるであろう。お菓子旨い。美波ちゃんが以前と変わらない。バンザイ。心の奥が熱い。それから痛い。
だけど大きな声で「ありがとう」と言う。こどもみたいに元気よく言う。タマちゃんは元気だけが取り柄なんである。
だのに美波ちゃんは首を横に振った。
「ううん、ありがとうを言うのはこっちだよ。タマちゃん、」
それから
「あの時私をちゃんと突き放してくれて、どうもありがとう」
と言った。
一瞬、周りの音が聞こえなくなった。廊下に誰もいなかったからかもしれない。
「突き放してくれてありがとう」
そんな事言うのは随分と勇気が言るんじゃないんだろうか。だけど何か言っているのがわかった。何が有ったのかも、おぼろげに。
でもありがとうなんて言われるような事じゃなかった。自分の本音をぶち撒けただけだ。ああでも。本音しか相手には伝わらないんだ。綺麗ごとは上滑る。
「オレにそんな事言われても困るよ」
そのまんま言うしかない。
「こっちこそずっと、変な事口走った、って、ずっと思ってた」
もう、素直になるしかなかった。どうしてこういう時にスマートに計算高く格好良く出来ないんだろう。バカ正直のタマ。恰好ワリイ。
「でもよかったの。あの時に私、決心ついたから」
美波ちゃんが下を向いて言う。相変わらず睫毛が濃くて真っ直ぐで、切れ長の目元にとても合う。見惚れてやっぱり綺麗だなあと思う。それから、何の決心か聞きたくなって、全力で堪えた。わざわざ不愉快になりたくない。
「……よくわかんないけど、美波ちゃんに都合が良かったなら良かったよ」
「うん、ありがと」
こそばゆくて、でもつくづくとまた思い知らされる。中野太一はこんな女の子に好かれて心底羨ましい。そしてオレは美波ちゃんの隣には居られても、恋仲には程遠い。いつも同じ思考を繰り返す時点でもう全然、タマちゃんの立場は強くないのである。
それにしても前より距離が近いのはなんなの。
廊下の沈黙がほんの少しだけ、オレらの間に篭った。
「……タマちゃん、聞かないの」「え」
「私に何があったか、聞かなくてもいいの?」「え」
美波ちゃんが見上げて聞いてきた。ナニこの上目使い攻撃。
(うわ、)
でもすげえ、今日のオレには何が起こっているんだろう。いつもと違う思考が働く。
(美波ちゃん、なんたる上から目線。実際は上目使いだけど)
今更ながら思い知る。オレ、やっぱりめっちゃ格下に見られてたんだな。舐められてたんだな。それからめっちゃわかった。今のオレ、とんでもなく覚醒している。あらゆる感度が大袈裟に反応する。
ええとまず、今のは「タマちゃんはいつも私に興味が有るんでしょ」という意味ですね。それから「どうして今日は私のご機嫌を取ってくれないの?」ですね。愚痴のゴミ箱係をご所望だったのですね。その目はそうしろと仰るのですね。
(いやいやいや、でももうダメ!)
地に足をつけよう。決心してよかった。
「聞かないといけないの?」
全力で意地を張る所でしょう。漢気見せるトコでしょう。速攻で「ヤダよ」と言ってやる。
「オレが聞くことじゃないでしょ、そんな話要らね」
美波ちゃんがあははと笑った。これは可笑しいのではなくて同意の笑いだ。うん、美波ちゃんの様子がとてもよく見える。見える様になった。
「タマちゃんイイね!」
「何がいいんですか」
「そうそうそれからね」
でもこちらの表情感情は一切読まないで自分を貫きますよ、このお嬢さんは。
「私、タマちゃんにお願いがあるの」
「はいはい、次は何かな?」
常に都合のいい様にされているオレは続けて廊下の壁に立たされる。
「うん、あのね」
美波ちゃんはニコニコしながら
「これからもずっと私と友達でいてほしいな」
そう、爽やかにあっさり言い放った。
ずっと友達。
「ずっと?」「うん、ずっと」
何その裏表ない真っ直ぐな瞳は。これからも楽しくお話しましょうね、ってカンジかい。これからも私のご機嫌を取ってね、ってのもあるかな。とんでもねえ。負けるなタマ。
「そっか、不器用過ぎてオトコ友達も作れないんだ」
精一杯返したのに、
「うん、そうなの、ごめんね」
しおらしく素直な防御をされて、
「タマちゃんに嫌われたら、ヒトとして本当にダメだと思う」
更に倍返しで被弾する羽目になった。
「タマちゃんみたいな良いヒトいないよ。真っ直ぐで優しくて、誰のことも見捨てないで。こんな好い人、絶対いないよ」
褒め殺されて好い人ポジションが決定的となった。さて此処ではどう返せばいいのでしょうか。
「これからも不器用なアナタのお守りをすればいいのかな」
「お守りだなんて。私だってちゃんと伸び代はある筈だよ」
どう返せば良いのでしょうか。
「もう誰かの穴埋めは嫌だぜ」
「うん、そんな事、もうしない。てか、ホントにしてない。タマちゃんはタマちゃん。ずっとタマちゃん」
「愉快なタマちゃん?」「うん、素敵なタマちゃん」
固定化に切なくなる。臆面なく言う美波ちゃんに、だけど言質を取りたくなる、タマのクセに。
「後悔すんなよ」
精一杯の背伸びを言う。
「後でどうにかなりたくなっても知らねえぞ」
美波ちゃんがますます嬉しそうに言う。
「うん、いいね!」
ニコニコして言う。
「ああ、これからとっても楽しみ!」
なんだもう、必死に言ったのに。
「だってタマちゃんにはずっと仲良くしてほしいもん。その寛容さを見習いたいよ」
「寛容じゃない」「うん、わかった」「わかってないだろ」
「だからさ、もうちょっと髪伸ばそ?」
話を聞かない美波ちゃんはオレのアタマを屈託無くワシワシ弄る。
「タマちゃん、ちょっと構えば絶対モテ路線になると思うの。プロデュースさせてね」
「今度はオレでトリミングごっこですかそうですか」
「それでどっかの女子に高く売ってやる」
「売る!?」
明るく笑われる。オモチャ扱いに脱力する。今後はペットポジションも兼ねるのか。
「ねえ、それからね」
更にお構い無しの美波ちゃんはオレのパンツから端末を勝手に取り出し、カバーを指差した。
「ほら、やっぱり全部チップとデール!」
「初売りでバアちゃんが買ってくれたんですよ」
美波ちゃんは「おばあちゃま優しいー」と笑いながら、とんでもないコトを言った。
「タマちゃんのキャラ好きって、パイロットのデールさんと関係ある?」
「え」
なんだその会話の流れ。脳内レインフォール。突き抜けるスモーク、青天。
「美波ちゃん、デールさん知ってるの」
真面目な顔をしてしまった。声が掠れてしまった。オレの様子に美波ちゃんがちょっと間を置いて、それから「年末にひろのから聞いて」と言った。クリスマスのコンコースでの件だ。
「それから、お正月に叔母さんからも。叔母さんも光洋OGなんだけど、同級生に『チップ』と『デール』がいたって話してたの。それで、タマちゃんのマスコットと結びついて」
なんだこの青天。こんな所に。どこかに知り合いはいないかと思ってはいたけれどこんな所に!
(デールさんとの接点キター!)
間違いない。同窓……同窓だろ、同級生、十七年前の、光洋高校。うおーマジかーマジかー、頭の奥が痺れる、胸の奥が熱くなる。どんな風だったんだろう。チップさんとデールさんはこの学校で、どんな風に過ごしていたんだろう。校舎は今と変わっていない、制服も。青天青天。突き抜けるスモーク。
「叔母さんてどんなひと?」
「在学中はミス光洋だったって。独身時代はモデルもやってたの」
「大庭家、美人家系じゃん!」
「や、私違う」
いやいやいや。顔が浮かぶ、大人の美波ちゃん。きっと綺麗な、きっとあんな感じ、航空祭の時のあの。
(あ、あの時の、あの航空祭の時の!)
直観突き抜けたバーティカルキューピッド。あの時ナバに言われて慌てて見つけた、あの綺麗な、あの人。美波ちゃんの叔母さんだったかもしれない。同級生のみんなでデールさんの事を見に行ってたかもしれない。ひょっとして高校生の頃に、二人の間になんかあったかもしれない!
(やべ)
わくわくするじゃん面白いじゃんロマンティックじゃん。訳もなく震えてきた。デールさんデールさん、オレの代わりにどうかリア充であってくださいどうかどうか。
「なんか、聞いてる?」
「え」
「叔母さんから、その、デールさん達の、在学中のエピソード、とか」
つい穿って見てしまうのは過大なるファン意識でもある。ゴツいヒロノみたいかとか、イケてる中野太一みたいかとか、ついわくわくと、つい。
だのに美波ちゃんは苦笑いした。
「えーと、タマちゃんには楽しくないエピソードかもしれない」
悪戯っぽく、でも一気に言った。
「郷土研究部の活動を著しく引っ掻き回したのが、当時サッカー部所属のデールさん」
「は」
「それを水面下でサックリ処理したのが、三年間生徒会に所属した双子の兄、チップさん」
「え」
十七年前。駆け抜けるスモーク。今なんとおっしゃいました?
「見ている分には面白かったそうだよ。二人揃ってヤンチャでお調子モノで。という訳で、タマちゃんの部内苦労の大元は、あのヒト達」
美波ちゃんはオレの顔を覗き込む。
「失礼、結論を先に言ってしまったね」
オレは脳天直撃をくらったまま。
(えーと、ちょっと待てよ?)
しかしオレは今、一生懸命に状況を理解するのであった。いや、状況は判った。現在は感情の整理をしているのである。
デールさん達、だったのだ。郷土研究部の路線変更をした張本人。しかし部には所属していない。故に記録には一切記載されていない。
(はー、そうですか)
弱小文化部は超絶リア充に言い様に使われたのだ。それでこんな面倒形体になっているのだ。あの双子さん、美味しいトコだけ楽しんで、面倒な後片付けは全て、歩ゴマに押し付けちゃっていたのだ。
(はー、そうですか)
いつもいつの時でも、立場の強いヒトが上位に君臨する世の習い。そしてその部のお世話をしている現在のオレは、ガチの下僕階級である。オノレの将来も視えてしまった。
「そうなんだー……」
放心するオレにまた、美波ちゃんは畳み掛けるように言った。
「だからタマちゃんが作ったあの二十年史も、ちゃんと双子さん達の手元にも届いたらしいよ。誰かがOB会経由で渡したみたい」
まあっ、オレの書いた薄い本がチップさんデールさんの手元に!
(じゃなくて!)
なんだこの足軽気分。タマちゃんは座り込んだ。そんなに関わってるんなら、せめてOB名簿に名前も残してくださいよデールさん。
小さくてすばしっこいシマリスがチャカチャカと走り去る残像が見えた。気のせいではない。確かに見えた。
「郷土研究部って昔から、あの、地味、だったらしくて、しかも部費の積み立てが割と貯まってたらしくて。双子はそこに付け込んで、自分達の行きたい野外フェスを研修に入れ込んで計画させて、それでその時だけ入部して参加して」
「ちょっと待って。でも夏場のサッカー部ってめっちゃ忙しくね?」
その時期は公式戦はひと段落でも引き継ぎとか合宿とか。あのヒロノ達でさえ大変そうなのに。
だのに美波ちゃんは含み笑いする。それを見てオレは悟る。ああ、デールさんはきっと強行突破するおひとだったのでしょう。間違いない。戦闘機パイロットの合言葉は確か『やる気 元気 負けん気』。
「その当時、部の掛け持ちは校内規定に無くて、お兄さんが速攻で規定変更を掛けて……在校生はみんな賛成だったから、全校で大盛り上がりしたって」
脱力である。
「それにその旅行も、大成功で楽しかったって。郷土研究部も双子と仲良くなって、今でもみんなで集まるみたい。航空祭も観に行ってたって」
「そして我が部は現在に至る……」
「うん、そう」
タマちゃんは脱力満載である。チップさんは参謀。だから現在は弁護の道に。ナニその花道。キャッキャッとはしゃぐシマリスがオレの足元を駆け抜ける。
「そうか、そんな爆撃があったのか」
なんか感嘆、裏山。
「すっげやってくれますね、お二人とも」
美波ちゃんはだけど、また困った顔して更に言った。
「でも叔母さんは在学中に双子に同時で言い寄られて……迷惑したみたい。叔母さん的には当時の二人はチャカチャカ軽薄で苦手だったらしくて」
「あ、じゃあその時二人とも」
美波ちゃんが目だけで笑った。その姿は有り有りと再生出来た。小柄なお調子者ドモが学年一の美少女に瞬殺され屍と化すモノクロシーン。
「あ、ははは」
この最後のオチは美波ちゃんのサービスであろう。下僕なオレへの配慮であろう。
「そこ、そこが一番面白れえ」「うん」
二人で呆れて笑った。冬の昼下がりの匂いがする。
ふいにナバの顔が浮かんだ。ナバに話したくなった。
ナバに言いたい。今聞いた話を全部、ナバに話したい。話して二人で笑ったり、呆れたり、ヤラレたり、したい。
(連絡とりたい)
なあ知りたいか。チップさんもデールさんも、在学中はめっちゃとんでもないヤツだったんだって!
(連絡とりたい)
他に思いつかない。仕方がない。この話題はナバとしか盛り上がれない。ナバしかわかってくれない。やっぱりナバしかいない、オレにはナバしかいない。
おいナバ、お前今何やってる。まさかまた校内でひとりポツンとしてないだろうな。まさかまた腹黒阿呆に嵌められて、ヘコんだままじゃなかろうな?
シャンとしろよ。お前、未来のパイロットだろ。戦闘機に乗るんだろ。空を見上げてろよ。背筋伸ばして胸張って、びしっと決めてろよ。
「タマちゃん、どした?」
「え」
「また何か考えてる。急に真面目な顔して」
美波ちゃんに顔を覗き込まれた。ナバに連絡したい。
「でもよかった、」
美波ちゃんが本当にあり得ない至近距離で言う。
「何が」
「私、タマちゃんとやっと仲直り出来た。ホッとした」
困った様にふっと笑った。これは緊張が取れた笑い。
「本当にちゃんと謝りたかったんだ、年末から」
そう呟かれたその瞬間。オレの肩に寄りかかった。どうしてそんな事するのかわからないけど。
でもオレも、今までとはかなり違う。オレの右手も、美波ちゃんの長い髪のかかる背中に触れる。ポンポンと背中を叩く。何がオレを押したんだろう。今までになく、思いきり接近して、美波ちゃんの髪がオレの頬に触れる。
でもほんの一瞬、親愛のハグだった。ただのお友達としての、照れも緊張もない、親しみのハグ。故に、美波ちゃんの表情もはっきりと見判る。カノジョの瞳に映るオノレの姿も。
「オレも決心ついた。いいネタとチャンスありがとう、チョコも」
「決心、チャンス?」
「うん」
美波ちゃんはしばし黙ってから「……そう」と呟くと、
「よくわからないけど、タマちゃんのお役に立ったんならよかった」
凄く綺麗に笑いながら、そう付け足した。
昼休みがもうすぐ終わる。慌てて外階段に走る。
馬鹿げた意地は消えた。後ろを振り返らないのは加速がついたからだ。これから離陸する瞬間。そう言えば入学してすぐに美波ちゃんに告った時も、こんな風に何かが勝手に背中を押した。
(とりあえず連絡、)
無意識だ。やっぱり、これは自分が離陸する時だ。ナバも今は昼休みだ。直電したいけど、メッセージの方がいいだろうか。
(なんて打とう)
怪我治ったか、とか、今日時間あるか、とか。
(いやいや、もっとわかりやすいヤツ!)
『デールさんの高校話ゲト!』
うん、まんまこれで行こう。オレは相変わらず同じ箇所をぐるぐる回っているだけかもしれないけど。
でも同じ行動でも同じ失敗でも、以前よりはマシかもしれない。螺旋階段みたいに、同じ様でも、少しずつ上がっているかもしれない。ぐるぐる目を回しながら少しずつ、上昇するかもしれない。
ナバは直情的だ。で、オレが螺旋だ。二人それぞれが勢いをつけて、それぞれが上昇出来るといい。
(オレらってコークスクリューじゃんよ)
真っ直ぐに突き抜ける5番機。周りを螺旋で切り付ける6番機。航空祭で見た、ラストの演技科目。まあでもオレらのはしごくみっともなくて、きっと何よりも誰よりも不恰好だけれども。
昼休みの外階段にも全校生徒のざわめきが届く。その上空に、いつもの大音響が響く。空自基地からどこかに向かう金属。今日は青天だ。あの音はF2、一機、二機。ナバのことだ、この離陸もきっと学校の窓から確認済みだろう。
(今日はどっちに飛んだ?)
その話も聞きたい。オレは端末の送信に触れる。
なんだろう、この緊張。でも今は上手く仲直り出来なくてもいい。またぐるぐると何周もすればまた、何処かでタイミングは合う筈だ。
意地の張り合いなんていつも、大した事はないのである。こどもの負けん気なんである。そのうち色々、上手くこなせるようになればいい。そうして大人になれればいい。すぐに返事が来なくても、オレは一向に気にしない。またいつかそのうち、ナバと繋がる時があればいい。
冬の空の雲を見上げてみる。それぞれがスモークを描けるように、空の向こうに祈ってみる。
(おしまい)
初稿は2010年頃でした。2020年にファントムじいさん引退と知り、慌ててお直しアップしました。
むかーし私が見たファントムじいさんのお腹は銀色のスルメのようでした。格好良かったなあ。