【第九十九話】氷の軍勢 7
『氷王』ユミルは、『氷の宮殿』へ帰還した。
「……さて。今戻ったぞ、汝等」
その声で、ユミルの四副官がどこからともなく現れる。
「先に撤退してしまいました事、誠に申し訳ございません!!」
ミンデルが声を張り上げる。
「……良い。汝は『人間』だ。この中で最も脆い。己の身体は大切にしておれ」
「何と勿体無きお言葉!!」
忠実すぎるのも考え物である、とユミルは思った。
「陛下。どうすんですか? また近い内に攻めるんですか?」
ギュンツが問う。
「いや……暫くは、様子見だ。どうにも、あの学校の連中は手強い。道理であの閣下が手を焼く訳だ」
『氷王』は玉座に腰掛ける。
「『陰』も裏切ったようだ。じっくり策を練ろう。余等が最も力を発揮出来る季節はまだまだだ」
「そうですわね」
「ヴ」
『氷王』が退き、騒動が静まった後。
高田 優は、ある人物へ電話していた。
「……あ、もしもし。お袋? ちょっと訊きたいことあるんだけど」
《何だ何だ珍しいな、お前から電話くれるなんて。ばれるのが嫌で、お前いつも余所のフリしてんのに》
「本題に入るぞ。お袋、『氷王』と会ったことあるのか?」
《あん? ユミルのことか。6年前にちょっと手合わせしたっけな。確か、お前も会ってるぞ?》
「………はぁ。そういうことね」
盛大に溜め息を吐く。
《何だよその言い草。何かあったのか?》
「良いよ、別に。どうせ解るさ」
《おい、優――》
優は電話を切った。
『最強』の息子というのも、なかなか大変なものである。
「キミは……『吸血鬼』か」
「あら。あんたかしら? 『ダンピール』の『吸血鬼ハンター』っていうのは」
英語担当教師、ジェイク=ハウスラーとミラーカ=カルンスタインは、ついに邂逅した。
「……で、何? 見つけたから早速、ハンティングって訳?」
特に興味無さそうに訊く。
「……いや、やめておこう。キミから感じ取れる魔力から判断するに、キミと戦うにはワタシは死線を越える必要が出てくるだろう。今のこんな状況で、そんな決心はつかない」
「意外ね。躊躇無く殺しに掛かってくると思ったのに」
「……What is more……キミは今回、ワタシ達に手を貸した。悪い奴では無さそうだ」
ミラーカは、その言葉に目を丸くした。
「随分と甘いのね、『ダンピール』って。よくそんなので『吸血鬼』に挑む気になるわね」
「特例だ。ワタシは『吸血鬼ハンター』である前に、ここの学校の教師だ。学校に攻め入る者は、敵。その敵と戦う者は、味方。それで充分だ」
ジェイクはそう言った。
「個人的な因縁など、その後にすれば良い。とにかく、今回はキミに感謝しよう」
「……あっそ」
とりあえず、まだ学校に居ることは出来ると思ったミラーカだった。
『氷王』の一件から数日後。
壊れた校舎はほとんど修復が完了し、まるで何も無かったかのような雰囲気を醸し出していた。
……いや、実際は色々あったのだが。
「で、傷は大丈夫? 筧君」
「………問題無い」
僕が訊くと、筧君は短くそう答えた。
まぁ、あのフレディー君が治療したんだから、大丈夫なんだろう。というか、あの人のアレは治療と呼べるのか? 前にも同じことを疑問に思ったような。
「5」
「6」
「……7」
「ダウト」
「あー! 何で判んだよ!?」
今は、この前とほぼ同じメンバーでトランプをしてたりする。
つーか、トモダチ判りやすすぎ。
「えーと、次はぼくから……8」
この前と違うところは、今日は南条君が参加しているということくらいだ。
「おい、南条。それダウト」
「魚正。イカサマするなッス。『聖装』をこんな時に使用するとは、とんだ罰当たりッス」
「つ、使ってねぇよ!」
そんなこんなで、ゲームをしていると、誰かが後ろから近付いて来た。
僕らはその人の方へ振り向く。
そこには、数日前まで『陰』と呼ばれたあの人が居た。
「……どうしたんだ、不知火?」
南条君が訊いた。
「――――」
不知火さんは、俯いて黙っている。
でも、何だろうな。
それは、恥ずかしそうにしているように見えた。
「―――私も、入れてほしい」
小さな声で、彼女はそう言った。
南条君が嬉しそうな表情で、口を開く。
「……うん、良いよ」
彼女は、僕らの輪に入った。
「……おい、秀。南条って、不知火のこと『噤』って呼んでなかったか?」
トモダチが僕にだけ聞こえるように尋ねてきた。
当然、こいつはあの出来事は知らないので、疑問に思った訳だ。
「……さぁね」
「おい、秀。その顔は何か知ってるって顔だぜ。一体、何なんだ?」
「苗字で呼ぶことが必ずしもよそよそしい訳じゃない、って話」
「は?」
彼は、ちゃんと彼女の想いを解ってあげようとしている。
今まで孤独だった彼女の想いを、今度は見逃さないように努力している。
それがどれほど困難なことか、僕には分かるけど。
僕は二人を見て、そう時間は掛からないと思った。
いや―――
もしかしたら、彼はもう彼女を見つけたのかも知れない。