【第九十七話】氷の軍勢 5
トモダチは舌打ちした。
「ちっ……今、ガントレット持ってねぇのに……」
トモダチは自己主義な人間である。
彼は接近戦が得意である。しかし、明らかに接近戦では不利な相手にも、接近戦を仕掛けたりする。何故か。
簡単なことである。彼は殴り合いが好きなのだ。
殴り合いがしたいから接近戦をするのだ。他愛主義な友人を困らせたいからイベントに誘うのだ。孤独を感じたくないから『トモダチ』と呼ばせるのだ。
それは、ただのわがままに近い。
しかし、彼もただの馬鹿ではないのだ。非常識な世界に生きる中で、きちんと常識を弁えた男だ。
敵との体力の差。能力の差。経験の差。どうしても、殴り合いでは勝てない相手の時だけ、本当に、仕方なく、魔法を行使するのだ。
「クケケケケ! どうした、何もできねぇのかよニンゲン!?」
ギュンツ。『霜男』と呼ばれる種族に属する。
当然、常人が素手で挑んで勝てるような存在ではない。
『素手で』。そこがポイントである。
トモダチは殴り合いが好きである。魔法は極力使いたくはない。ならば、どうするか。
彼はその答えを、常人で言う小学校低学年時に思い付いた。
そうだ、ガントレットを着けて戦おう。
それ以来、彼は戦闘をする際、必ずガントレットを装備するようになった。ただし、それは自分から戦いに出向く場合の話。敵からの奇襲時(例えば今の状況のような)には、持ち合わせていないのだ。
そう、だから彼は今、魔法を使ったのだ。使ったのだが―――
「“森林限界”……オレの冷気の前では、全ての草木が朽ちる」
十八番の草魔法を封じられて、この上なくやる気を無くしていたのだ。
「ったく、ちくしょー……」
そう、草魔法を頻繁に使う理由も、敵の隙を作って己の拳で殴るためなのだ。
こうなっては、戦う気力も湧かない。
だが、彼にも自分の拘泥を躊躇なく捨てる瞬間がある。
「クケケケケ、テメエは陛下が元『魔王』を殺すまでの間、大人しくしてりゃいいんだよ!」
元『魔王』を殺す――その言葉にトモダチは眉を吊り上げる。
次の瞬間。巨大な火球がギュンツを襲う。
「ゲッ!?」
ギュンツは間一髪でその火球を横っ飛びでかわす。
今のは、炎魔法第三番の二『メガ・コア』。
「本当は、だ。学校でこんなの使いたくないんだぜ? 校舎が燃えたら洒落にならないしな」
顔を上げると、そこには炎の魔力で体を包むトモダチの姿があった。
「でも、氷魔法しか使わない奴には、これが一番手っ取り早いだろ」
トモダチは、再びギュンツに手を翳した。
彼もただの馬鹿ではないのだ。非常識な世界で生きる中で、きちんと常識を弁えた男だ。
彼は自己主義ながらも、重要な常識を知っている。
彼は、『友達』を大切にする人間である。
ミンデルは、ヒナが念糸で操るサクリを狙って、氷の拳銃の引き金を引いた。
そこから放たれたのは、彼女自身の魔力の塊。
『人間』である彼女個人の能力だ。
ヒナは、難なくサクリをその銃撃から逸らす。
「照準が甘いっつの。そんなんじゃいくらやったって―――」
当たらない。そう言いかけた時、更に魔力の銃弾がサクリを狙う。
「『下手な鉄砲も数撃てば当たる』という言葉を知っているか!!」
彼女の両手には、それぞれ氷の銃が握られていた。
「2挺拳銃ってわけ? でも、一つ増えたくらいじゃそんなに……」
そこまで言って気付く。
ミンデルの両手だけではない。彼女の体から氷の腕が形成され、その腕にも氷の銃が握られている。
「悪いな、私は10挺拳銃だ!!」
十の銃口が一斉にサクリに照準を定める。
「!」
ヒナは慌てて懐から紙切れを取り出す。魔導具『ブルー・シート』だ。
銃弾の雨が襲ってくる。
「出でよ、カブト」
出てきたのは鎧武者の格好をした大きめの人形。
そして、サクリの前へ移動させ、銃弾を防ぐ。
絶え間なく撃ち続けられる銃弾を、カブトはひたすらに受ける。
「大した防御力だ!! ならば、これはどうか!!」
10挺の氷の銃が集まり、また別の形へと変わっていく。
それは、氷の大砲。
「食らえ!!」
ドォン! と爆音が響き、カブトは後ろにあったサクリごと吹っ飛んだ。
鎧の破片や布切れが宙を舞う。
「次はキサマだ!!」
氷の大砲は、再び10挺の氷の拳銃へと形を変える。
ヒナは俯いたまま、黙っている。
そして、十の銃口から一斉に銃弾が放たれ―――
その全ての銃弾がヒナを外した。
「!!?」
ミンデルは目を見張る。
いくら照準が甘くたって、十発中全てを外すほど射撃の腕が悪いわけではない。
これは一体どういうことだ。
「うふふ、うふふふふふ……そうね、最初からカブトで受ける必要なんか無かった……」
自分を嘲るような口調。
ヒナは顔を上げる。
「そうすれば、二人を失うこともなかった」
その眼は、憤怒と悲哀に満ちている。
「うふふ、うふふふふふ……銃を扱って良いのは、その真意を知る者だけ。それが出来ない者に銃を使いこなすなんて到底無理な話よ……」
魔導具『ブルー・シート』。
「人間から『悪』に堕ちたあんたなんかに、わたしに銃弾は当てられないわ」
ヒナは、クロを呼び寄せた。
「『雪女』なんかが、『赤鬼』の俺に敵うと思ってるのか?」
神谷 良介は、リスに言い放つ。
『妖怪』にも格の違いというものはある。
神に近い者から、人間にすら敵わない者まで、『妖怪』の中での力量差は、『人間』のそれとは比べ物にならない。
「良いんですの。わたくし達の目的はあくまでも『足止め』。ただ、持ち堪えるだけで充分ですのよ」
「そうか。だったら、早めに終わらせてもらうぞ」
妖力が渦を巻く。
神谷の額から、鋭い角が二本現れる。
神谷は、真っ赤な火の玉を手の平から出現させる。
「『赤鬼』の灼熱の“鬼火”を食らわせてやる」
『妖怪』の大半は炎を操る。
氷を操る『雪女』は、『妖怪』との戦いでは不利になることが多い。
リスにとって、この戦いが勝機のあるものでは無いということは最初から分かっていた。
「……20秒くらい、頑張ってみますわ」
そして『赤鬼』の“鬼火”と、『雪女』の冷気がぶつかり合った。
「ヴ」
真っ白な丸い巨体が跳躍し、そのまま下に向かって落ちてくる。
「おい、避けろ!」
「言われなくても解ってるッスよ!」
二人の『勇者』はその跳躍の着地点から素早く離れる。
白い巨体が着地した瞬間、もの凄い衝撃が発生し、辺りの木々や岩は崩れ、地面に亀裂が生じる。
「ヴー………」
丸い眼が再び二人の『勇者』を捉える。
「くそ……どうするんだ、あのパワーは結構厄介だぞ」
魚正はウルムの方を注意しながら、英雄に言う。
「相手は雪男ッスからね……相性からしてやっぱ、ここはオイラがやるべきッスね」
コードネーム『カーネリアン』。
『炎の剣士』とも呼ばれる、『勇者』の中でも五本指に入る程の実力者。
清華 英雄は、『アレス』を握る。
「覚悟するッス、雪男」
強大な重圧。
「火傷じゃ済まないッスよ」
ニーズホッグ。
怒りに燃えてうずくまる者。『氷界』に住まう黒のドラゴン。
篭は、召喚獣を扱う者として、魔獣の知識はそこそこにある。
当然、このニーズホッグの事も知っている。
篭はニーズホッグと対峙する。
一体、その眼は何を怒っている?
「どう思う?」
《儂に訊くな》
篭の召喚獣アクーパーラは、ニーズホッグの巨体を足で押し付けていた。
ニーズホッグは、かのフレスベルグと匹敵する程の魔獣。
だが、結局はその程度。神獣クラスの召喚獣に敵うはずもなかった。
「……そんなに素っ気なく答えることもないだろ?」
篭は、唇を尖らす。
《餓鬼が》
「それひどくね!?」
《神の獣は、己の本能によって行動をすることは無い。怒りに身を委ねた者は、所詮は獣の域を超えることは無く、儂に敵うことも無い》
亀の王は、興味が無さそうに言う。
《もう一度、『氷界』に戻って頭を冷やした方が良い》
そう言って、ニーズホッグとアクーパーラは自分の居るべき場所へ還った。
「ところで、ミラーカさん。どうやってあの闇の中で不知火さんを……」
「夜の王が鳥目でどうするのよ?」
「はい、そうですねすいません」
秀は、倒れている『陰』に向き直る。
静寂が辺りを包み込む中、南条が口を開く。
「……噤。君の負けだよ」
「――――」
相変わらずの無表情。
だが、それはどこか哀しげに見えた。
「不知火さん。少し、僕の質問に答えてくれるかな?」
秀は、若干困惑した表情で訊く。
「『不知火』っていうのは、闇の海に浮かぶ光のこと。……その、もしかしたらだけど――」
秀は、ずっと疑問に思っていたことを話す。
「君は、本当は寂しかったんじゃないかな?」
不知火は特に反応を示さない。
「南条君と二人だったけど、その役割は全く逆。君は闇の中で生きるしかなかった」
南条の話を聞いて、秀は思ったのだ。
もしかしたら、同じなのではないだろうか。
自分と、『元魔王』のあの人と同じように。
孤独だったのではないだろうか。
「――――」
だから。
だから、闇の中にいる自分を見つけてほしくて。
「―――っ」
『不知火』という名を付け、そして。
「自分は『陰』だから。表に口出しすることは何も無いから」
『噤』という名で封じた。
「君は南条君に助けてほしかった」
だが、彼はいつも光の中に居たから。
孤独の辛さを知らなかったから。
『陽』は彼女を救うことが出来なかった。
「南条君は君のことを全て理解できないかもしれない。でも、それでも……」
秀は言う。
「誰よりも君のことを想っていたのは、南条君だよ」
想う力。
それは、この世で最もちっぽけな力にも、最も強固な力にもなり得る、『善』の特権なのだ。
「―――そう」
不知火は立ち上がり、背を向ける。
「どこに行くんだ?」
南条が問う。
「―――ここではない場所」
不知火は静かに言った。
「―――ありがとう」
ほんの少し笑みを浮かべ、彼女は姿を消した。
「……秀君。彼女のこと、ぼくからも感謝するよ。ありがとう」
南条君はそう言った。
「……何てことないよ、南条君。ただ、今の状況じゃ、僕しか彼女を解ってあげられる人がいないんじゃないかなって、そう思ったんだ」
少し照れくさい。
「でも、僕は不知火さんのこと、あまりよく知らないからさ。やっぱり……君が彼女の傍に居てあげるのが一番だと思う」
「……そうだね。努力するよ」
僕はいつか聞いた言葉を思い出した。
―――ワタシの同居人に注意するといい―――
もしかしたら、あの人はこのことを見透かしていたのかもしれない。
「……で、大体この学校で何が起こってるかは解ったけど、これからどうするのよ?」
それまで静かにしていたミラーカさんが痺れを切らしたかのように訊いてきた。
「あの氷のドームの結界を破る必要がある、けど……」
今思えば、あの結界は氷魔法も組み合わせた強力な物だ。
『真偽の決定』でどうにかしようと考えてたけど、果たして可能なのだろうか。
「まぁ、行ってみないと分からないし、とりあえずあそこに……」
「ああ、そういえばあんた。今日の分の『アレ』がまだだし、丁度良いからここでやるわ。今日は、私を起こした罰として多めに頂くわよ」
ミラーカさんが、後ろから僕の肩に乗りかかって、僕の首筋に顔を近付ける。
「って、うわぁ!! ちょっとミラーカさんやめてくださいって、こんなところで!!」
「し、秀君……その、訊くの忘れてたけど……誰、なんだい?その女の人……」
南条君が口元を引きつらせた表情で訊く。
やべぇ、あの時の石上先生の顔だ。
「ああああのですね、これは何と言うかその……アレだ、口外無用で頼まれてるっていうか」
「こっちの方から秀さまの魔力が……ひゃあああああああああ!! 何やってるのですか、秀さま!!」
何ともバッドタイミングで、クミさんが教室の中に入って来た。
「麻央さまとあんなことしておいて他の女性に手を出すのですかー!!」
「ちょっ、クミさん!! 今、そのこと言わないで!!」
「何よ、麻央って言うの? あんたの女」
ああ、何でこんなに面倒な状況になるのだろう。もう叫びたい。
「あの……クミさん、だっけ。そこに居る人達はどうして?」
南条君が教室の入り口を指差す。
僕も釣られてそちらの方へ顔を向ける。
「はうー……すぐそこで会ったので、わたしが連れて来たのですよー……」
そこにいたのは―――
第一戦、第二戦、第三戦、第四戦、第五戦、第六戦:決着
残るは、第七戦のみ。