【第九十三話】氷の軍勢
『氷の宮殿』。
「もう一度、汝に仕事を依頼しよう」
玉座に腰掛けた氷の王は、その人物に言った。
「と言っても、今回は『暗殺』ではない。『足止め』だ。それならば、『陽』に逆らったことにはならんだろう?」
「――――」
『陰』は静かに頷く。
「ならば、決まりだ。……汝等、支度は済んでおるか?」
「勿論ですとも、陛下!!」
「クケケケケ、待ちくたびれちまいましたぜ」
「……血の気の多い方々ですこと」
「ヴ」
「良い。ニーズホッグを出せ。あやつで学校に乗り込む」
『氷王』ユミルは立ち上がる。
「出陣だ」
「ほい、4の四枚」
「あっ、トモダチお前また革命かよチクショー!」
「仕組んでないッスか?」
「へへっ、負け惜しみはよくないぜ?」
本当にコイツの『大富豪』での革命使用頻度は異常だ。このトランプの独立試行は狂っているんじゃないか?
「なぁ、次は別のゲームにしろよ」
「あ~、わかったわかった。じゃあ、次は筧がくじ引け」
「………『ポーカー』」
「げげっ!?」
放課後の教室。今日は、筧君が魚正君と英雄君を連れて来て、今はトモダチと篭を入れて5人で遊んでいる。僕は少し観戦にまわっているが。
「ほえー……こんな風に遊ぶのですかー……」
「そうだよ、ああやってカードをね……」
クミさんは遊んでいる様子を興味津々に眺め、麻央さんが解説を入れる。
いつもより賑やかな光景。まぁ、何事も人数が多いことは良い事だと思う。
平和を感じる。
「……秀。そうやって思い詰めた顔をするもんじゃないよ」
傍らで人形を作っているヒナさんが話し掛けてきた。
「あんたの事だし、このまま平和が続けば良いなぁだとか感慨に耽ってるんでしょ。……ま、良いことだけど、みんなが楽しんでるのに暗い顔するなってこと」
ヒナさんは手を止めることなく、僕の方を見ることなく、僕に注意する。
「楽しいことが続いてる時に、苦しそうな顔するのがあんたの悪い癖」
「……自分でも解ってるよ」
「じゃあ、直せよ」
「そう簡単な事でもない、って話」
「簡単な事でしょ。笑えばいいだけなんだし」
「……笑えないよ。また近い未来、この光景が崩れると思ったらね」
昨年の十月、十二月。今年の三月。時期から考えれば、もういつ何が起こってもおかしくない。
「もっと良い未来は想像できないわけ? そんなネガティブ思考だからダメなんだっつの」
「障害の無い道は存在しない。それだけのことだよ」
「障害を乗り越えてこその道でしょ。自分で何とかしようとは思わないの?」
「無理かな。自負できる程の力が無いしね」
「………はぁ。あんたに期待したわたしが馬鹿だった」
ヒナさんは手を止めた。
「麻央がどれだけあんたを頼りにしてるか解ってる?」
「……え?」
「『え』じゃないでしょ、今さら。昨年の十月、十二月。今年の三月。麻央が窮地に立った時、毎回必ず顔を出してたのは誰? 助けたのは誰?」
「…………」
「……あんた達は似てるよ。孤独になる辛さを知ってる。初めから独りだったわたしには解らない。解るはずもない」
ヒナさんは、真っ直ぐ僕の目を見て言う。
「あんただけなんだよ。あいつの『騎士』になれるのは。他の誰でもなくて、あんただけが」
「……僕は」
麻央さんは、僕よりも多分強い。
麻央さんが敵わない相手に、僕が敵うはずも無い。
「自信が無いとか言うんじゃないよ。だったら力を付ければ良いだけでしょ」
「そんな簡単に言われても……」
「これで他の女にうつつを抜かしたりでもしたら、わたしが許さないから」
ヒナさんの本気なんて想像したくも無い。
「……解ったよ」
さてな、何が解ったんだろう。
「おい、お前等!!」
バン! と勢いよく教室の扉を開けて入ってきたのは、神谷先生。
何故か、息を切らしている。
「どうしたんですか、先生?」
と、篭。
「どうしたもこうしたもねぇ!! 早く避難しろ!! 窓の外が見えねぇのか!!」
窓の外―――
僕はソレに気付いた。
黒色のドラゴンだ。こちらに向かって飛んで来ている。もう目と鼻の先。どこまで近付いて来るんだ―――
ドオオオォォォン!!
凄まじい轟音と共に校舎が揺れる。
窓ガラスの破片が一斉に飛び散り、教室中の机や椅子が宙を舞う。
僕らはその場から吹っ飛ばされる……ことは無かった。まぁ、みんなこれくらいじゃ何とも無いよな。
それより気になるのは―――
「あら。案外、人が多いですわね」
「クケケケケ、んなこと関係ねぇぜ」
ドラゴンがぶつかって来たと同時に、窓から侵入してきた四人。
「ヴー……」
「始めるぞ、キサマら!!」
一体、何なんだろな。