【第九十二話】調べ物と正体
文化祭が幕を閉じたその晩。
僕は例の如く、あの場所にいた。
「じゃあ、頂くわよ」
「どうぞ」
保健室。僕は目を瞑って、その行為を受け入れる。
最近ようやくコレを受けても眠くならなくなった。慣れって怖い。
しばらく沈黙が続くと、ミラーカさんは吸血を終えて、顔を上げる。
その顔は何故か、怪訝な表情をしていた。
「……何これ、変な味」
いきなりそんなことを言われても困るのだが。
「あんた今日、魔力が他と交わるような事やったかしら? 戦闘で傷付けられたとか」
戦闘はあったが……結局、あれは無傷だったしな。
「あと、キスしたとか」
「ブッ!」
「あんた反応が分かりやすいわね」
……しまった、油断していた。
「何よ、あんた女がいるの? 意外ね」
「い、いや……そんなんじゃ……」
というか、石上先生がすぐそこにいるのに、そういうことを大声で言わないでほしい。
神谷先生へ伝えに行った時だって凄い恥ずかしかったのに。何か驚愕した表情で僕を見てたし。
「へえ……あんまり良い気はしないわね」
ミラーカさんは指でくいっと、僕の顎を上げる。
「あんたは私の下僕。他の奴に手を出されるのは、ちょっと癪ね」
えらく勝手なものだ。
「まあ、いいわ。今日はもう帰って頂戴。もう一眠りしたいから」
そう言って、寝室へ向かう。
あの満月の晩でのことがあってから、僕は消灯時間より1時間前に来るようにしてる。またあんなことがあったら堪らないし、トモダチや篭に追求されかねない。
結局、彼女は満月の晩に僕に何をしたか何も答えてはくれていない。『儀式みたいなものよ』とか本人は言っているが、詳細は全く教えてくれない。あと、あれ以来、石上先生が軽く僕を避けてるような気がしないでもない。
今さらではあるが、僕は彼女のことをほとんど何も知らない。何故、衰弱しているのか。何故、学校に迷い込んだか。本人に訊いたところで何も答えなさそうだが。
……というわけで、僕はここへ来た。
埃っぽい空気に、棚に並んだ夥しい数の本。
調べ物と言えば、やっぱりここしかないでしょ。
そう、図書館である。
しかしながらこの図書館。生徒はあまり立ち入らない場所である。それと言うのも、ある人物の存在が影響している。
「‥‥‥何か用か」
どすの利いた声が、僕に話し掛けてきた。
そこにいるのは、身長3メートルは優に超える、眼鏡を掛けた巨漢。
図書館の主、大城=ゲー=高広先生だ。
「えっと……ですね……」
そこに立っているだけで物凄い威圧感。それもそのはず。この人、『人間』と『巨人』のハーフ、『半巨人』である。
「『吸血鬼』に関する本を探しているのですが……」
「‥‥‥少し待て」
大城先生は、右手の人差し指をくいっと曲げる。すると、どこからともなく一冊の本が飛んで来た。
大城先生はそれをキャッチすると、僕に見せる。
【夜の王とは】という題名だった。大城先生は、軽くページを開く。
次の瞬間、本からわらわらと奇怪な虫が湧き出し、先生はそれを見て本を閉じた。
「‥‥‥すまん、これは『本の虫』が巣食っていたようだ。‥‥‥他のを探してみよう」
『廃棄』と書かれた段ボールに【夜の王とは】を投げ捨て、先生は再び指をくいっと曲げる。
今度は別の方から本が飛んで来て、先生は片手で取る。
そして中を確認すると、
「‥‥‥これは問題ない」
と言って、僕にその本を渡した。
題名は【亜人型生命体の一覧】。
「って、重っ……」
図鑑にしてもかなり分厚い本で、とても片手で持てるような物ではなかった。
「‥‥‥ではな」
図書館の主は、のしのしと奥の方へ歩いて行ってしまった。
僕はこの学校に来て何年も経つが、どうしてもあの先生は慣れない。
まぁいい。とりあえず、本は見つかったし調べてみよう。えーと……いろは順かこれは。
いろはにほへとちりぬるをわかよたれそつねならむうゐのおくやまけふこえてあさき……あぁ、あったあった。ってか、後ろから探した方が良かったな。
なになに……『西洋においてよく見られる血吸いの種族』―――
5分後、僕はそこに驚くべき記述を見つけたのだった。