【第九十一話】文化祭の話 後編
「誰も来ないなぁ……」
黒井 麻央は溜め息を吐いた。
トモダチの提案で『お姫様』の役になったが、まるで人が来ないため、退屈で仕方がない。
暗く冷えた場所にいるのも、だんだん辛くなってきた。
と、その時。
「あれ? この魔力……」
ふと『彼』の魔力を感じた。
胸が高鳴る。
「……ちょっとだけ」
気になった彼女は、その場を離れた。
「さあ……私と共に行こうじゃないか?」
「断る、と言ったら?」
さてな、こんなセリフを一日に二回も使うと思わなかったよ。
「私は、実力行使は好かないよ。傷が付いたら大変だからねぇ。あんたも、私も。まぁ、もっとも……」
ヴァイオレットと名乗った魔女は、杖を取り出す。
「あんたが私の美しい魔法を見たいと言うのならば………話は別だけどねぇ」
「ひゃあああああああああ!! 争いはいけないです、危ないです、止めてくださいい!!」
「僕としてもあんまり学校で暴れたくないけど……」
けど。その次の言葉は何だ。いや、よく分からないんだ。
この魔女、危険なのか? それが判断しかねる。
しかし、学校のこんな場所まで来たってことは、学校側の監視をくぐり抜けて来たということ。それだけでこの魔女の実力が高いってことは分かる。
「まぁ……疑わしきは何とやら、ってとこかな」
僕は身構えた。
「秀さま!!」
「『付喪神』さんはちょっと下がってて、危ないよ」
どうでもいいが、この二人称は少し面倒な気がする。あだ名とかで人を呼ぶのは好かないが、何かしら考えた方がいいかもな。あと、さま付けってどうなんだろ。
「フヒヒ……良いねぇ。少しくらい反抗的な方が私も好みだよ。それと―――」
僕は風魔法第六番『ブレイド』を放った。
「人の話の途中で攻撃するくらい、やんちゃなのもね」
その瞬間、僕の魔法は消え、魔女は僕のすぐ正面まで迫っていた。
反対詠唱をし始めたくらいは見えた。が、それ以降は一瞬。反応すらまともに出来なかった。
「四大精霊シルフ……その司るは『風』。象徴は短剣。ちなみに杖は――」
魔女は僕の体に、杖をすうっと押し当てる。
「『炎』のサラマンドラ」
「!」
辺りを業火が包んだ。
「はうー……あ、危ないのです。あと少し遅れていたら、ウェルダンになってしまうところなのですよー……」
しかし、僕は無傷だった。
小さな女の子に助けられて。
「へぇ……魔法障壁かい? この学校の連中はなかなかやるねぇ……フヒヒ」
炎が晴れる。
「君、魔法障壁を張れるのか?」
「え、はい、多少は……でもそんなにもたないのですよー……」
そこはあまり気にしなくていい。問題なのは、今目の前にいるこの魔女だ。
強い。僕なんかより数段は上だ。
「あんた、美しさとは何だと思う? 美貌?それも正解だよ。しかし、美しさを決めるにはそれだけじゃあ足りない」
魔女は言う。
「力だよ。より強力な力を手にすれば、美しさも昇華する。美貌と力、この双方を備えた者こそが美しいんだよ」
魔女はゆっくりと近付いてくる。
「私の魔導書に不可能の文字は無い。さらに魔女が最も力を出せる場所は……こういった閉鎖的な空間。つまり、今の私は最も美しい。美しさが罪だと言うならば、私のソレは極刑に値するだろうねぇ」
魔女はこちらに杖を向けた。
「あんたは、私の美しさに付いて来れるかい?」
まずい。
僕は枷を外し、『真偽の決定』を使う魔力を溜める。いや、駄目だ。相手の詠唱完了の方が速い―――
次の瞬間、魔女の杖は木っ端微塵に砕けた。
「!?」
魔女は一瞬動揺し、それを見た。
そうだ、魔力の気配を消すことくらいできる人は、こちらにだっていたんだ。あの人だってその一人だ。
それは、破壊剣『ハデス』。
『お姫様』がそこに居た。
「! 何だい、あんた………っ!?」
魔女は舌打ちし、右腕を押さえる。
「その腕の骨は、もう『破壊』したよ」
麻央さんは、背丈以上の大きさがある真っ黒い岩の塊を振り下ろし、衝撃波を放つ。
「!」
魔女は5メートル程飛び退いて体勢を立て直す。
って、それより……。
「麻央さん、いつから……」
「うーん……炎が出てきた辺り?」
たった今、ってわけじゃないらしい。
「でも安心して」
「?」
「すぐ終わるよ」
「…………」
……あれ? それ普通は僕が言うべき言葉じゃ……。
「は、はうー……傷付けてはいけないのです、痛いのですよー……」
「大丈夫だよ、クミちゃん。痛みを感じる神経すら『破壊』してるから」
「『クミちゃん』?」
「『【く】じびきBOX』の『付喪が【み】』だから、クミちゃん。いいでしょ?」
姫のコスプレをした麻央さんは、再び魔女に向き直った。
「フ……フヒヒ……そうかい。あんたも、結局そういうことかい……」
魔女は笑っていた。ただし、口元だけ。
「結局、若さかい……フヒヒ……若い娘が良いんかい……」
その目は、全く笑っていない。
「フヒヒ……羨ましいねぇ、その美貌。活力。生気。どれもこれも――」
魔女は麻央さんに手を翳す。
「憎らしい」
その瞬間、何かが手から放たれた。
見えないが、何やら恐ろしい魔力を感じる。
ソレは目にも止まらぬ速さで飛び、そして――
「!」
麻央さんがその場に倒れた。
「ひゃあああああああああ!!」
悲鳴が上がる。
「コイツはあまり使うもんじゃないねぇ……魔力消費が酷い」
「てめぇ……!」
頭に血が上る。
「フヒヒ……そう息巻くんじゃないよ。死んじゃいないんだからねぇ。コイツは永久の眠りを誘う呪いだよ。解き方が一つしかない、ね。私を倒したところで、どうにかなる物でもないよ」
魔女は笑みを浮かべる。
「私はこれで失礼させてもらうよ。これ以上騒ぐと、『上』がうるさそうだからねぇ……」
そして、魔女は闇へ消えていった。
どうやら本当に行ったらしい。
僕は麻央さんのもとへ駆け寄った。
「麻央さん!」
声を掛けても、肩を揺さぶっても反応が無い。
どうすればいい。
解き方が一つしかない呪いなんて、一体どうすればいいんだ。解除方法なんて分かる訳が無い。
その時、僕は麻央さんの姿を見て、あることを思い出した。
いや、待て。違う。多分、僕は知っている。この呪いの、たった一つの解き方を。
思い出せ。眠った『お姫様』の目を覚ます方法を――
「はうー……目が覚めないのですよー……。このままでは、麻央さまがー……」
「いや、クミさん。手はあるよ」
「え?」
僕は、麻央さんの体を抱き起こす。
これで合っていてくれよ。
僕は麻央さんに顔を近付け、そして―――
「おっ、来た来た」
トモダチは、お化け屋敷の出口から出てきたその人物を見る。
「……トモダチ」
「へへっ、どうだったんだ、秀?」
秀は大きく溜め息を吐き、後ろに連れて来た人物をトモダチに見せる。
「ほらよ、『お姫様』だ。豪華景品あんだろ?」
姫のコスプレをした黒井 麻央がそこに立っていた。
「さすがだぜ、秀。お前ならやると思った」
「偶然、出くわしただけだっつーの」
「またまたぁ~……。ところでお前、中でまーさんと何か進展あったか?」
トモダチは、秀にだけ聞こえるように尋ねる。
「訊くな、馬鹿」
『騎士』は少しだけ頬を赤らめた。
「秀くん」
「ん? 何、麻央さん?」
僕が教室から離れようとした時、麻央さんが話しかけて来た。
「言わなくていいの? その……中であったこと」
「あとで先生に伝えるだけでいいよ。トモダチにまで言う必要は無い。下手に混乱させるわけにもいかないし。それに………」
「?」
麻央さんは寝ていたから知らないけど、僕はアレをはっきり覚えてる訳で………。
うわぁ、駄目だ。思い出しただけで恥ずかしくなる。
「秀くん?」
「い、いや、何でもない! とにかく、先生には僕から伝えるよ」
というか、同行されると困る。
「うん、分かった」
……良かった。
いや、ってか先生にアレを伝える必要があるか? ……そりゃあるか。敵の能力はきちんと言うべきだし。あ〜、嫌だな……一体、どんな顔されることか。
何だかんだ思いつつ、僕は職員室に足を運んだ。
「ちっ……少しばかりダメージを受けすぎたねぇ……」
「オーホホホホ、無様なのデースネー!」
「うるさいよ、マリー。この牛オンナが。いくら力があったってね、不意打ちばかりはどうしようもないんだよ」
「アターシなら、不意打ちも避けられマース!」
マリーと呼ばれたブロンドの女性は、ヴァイオレットをからかう。
「で、どうするんデースか?」
「決まっているだろう? 私の魔導書に不可能の文字は無い。今度、会った時は……フヒヒ、必ずあの男を私の物にしてみせる」
「オーホホホホ、頑張ってくだサーイ」
二人は姿を消した。
彼女達は、ある組織の者。
後々、彼らの最大の敵となる『存在』である。